第10話 変身のおまけ
ここからが正念場だ。貴族とバレることなく彼らに話をつけ、なおかつ彼らの師匠である錬金術師に助けを得なければならない。
ウィンは腰元のポシェットから手紙を取り出し、リオに渡す。
アリエラと2人で練りに練った、偽装の文章だ。
‘’私は隣の領地に住む普通の街娘、ウィリーと言います。
錬金術師になることを夢見て実験をしたところ、このような姿になってしまいました。どうかお助けください。‘’
「…………」
2人の弟子は沈黙した。
まず「普通の街娘はハト人間にならねーだろ」と思ったがそこは黙っておいた。
「一体どんな錬金術をしたら、そんな中途半端なハト人間なるんですか?」
ウィンは腰元の鞄から、1つずつ材料を取り出していく。
市場の怪しい店で買った変身薬キット。 銀の粉、ぱさぱさに乾いた葉っぱ、分離した油。そして説明書の黄ばんだ紙の4点セットだ。
2人の弟子はぼろぼろの説明書をじっくりと読み、粉を見つめたり、油を振ったりした。
「ウィリーさん。ちゃんとこの手順書にしたがって作りましたか?」
眠たげだったリオの目が急に鋭くなる。ウィンは思わず背筋をぴんと伸ばし、おそるおそる画板に文字を書いた。
『ちょっとアレンジを加えました』
「どこを、どう?」
『その葉っぱが乾燥していたから、聖水につけたんです』
2人の弟子は顔を見合わせてため息をついた。
「あー……」
「それっすね」
「ポォウ!?(それだけで!?)」
葉を水につけただけで、愛くるしいハトが、こうも不気味なモンスターになるものだろうか。
兄弟子のリオがパサパサの葉っぱを手に取り、くるくる回す。
「これは月光樹の葉って言いまして、一定の魔法の効果を増幅させるアイテムなんですよ。そのまま使うと効力が強すぎるんで、大抵乾燥させて使ってます。ここまでパリパリに乾いたやつも珍しいですけど……」
リオの手の中で、葉っぱが茎と分離してぽろっと落ちた。
「聖水につけたことで、葉の効力が変に増幅したんでしょう。その結果が、こうなったと」
月光樹の茎の部分で、ハト人間になったウィンを指す。
つまりウィンがハト人間になったのは、素材のせいではなく、完全なる自業自得というわけだ。
ウィンはがっくりと肩を落とした。
「さらに残念なお知らせですが、師匠は今、腰痛を直しに遠方に出かけてます。いつ帰ってくるか分かりませんね」
「ぽうっ」
なんと間の悪いことだろう。頼みの綱の錬金術師が不在とは。
がーん、と効果音付きでしょげるウィン。そんな彼女を横目に、リオは茎で指遊びしながら説明を続ける。
「まあ、心配しなくても効果は無限に続きませんよ。そのうち勝手に変身がとけて戻るんじゃないでしょうかねえ」
『どのくらいでしょうか』
リオは口元を軽く吊り上げる。なんとも意地悪そうな顔だった。
「そうですねえ、ほんの3年くらいでしょうか」
「ぽっ」
「ちょっ、兄弟子」
リオの後ろに隠れていたレグルスが、ひそひそ声で耳打ちする。
「なんでそんないじわるを言うんすかあ? あのくらいなら、俺らでも治してあげられるでしょ」
「はあ〜……。あのな、うちは慈善事業じゃないんですよ。素人の考えなしの尻拭いをほいほいしてやるほど親切じゃない。この子だって、自分が軽率だったから痛い目に合ってるって反省したほうが今後のためになると思いますよ」
「で、でもお、すでに十分痛い目に合ってるでしょ。うら若き街娘が、ハトになっちゃったんですよ。これ以上追い打ちをかけたら、かわいそうじゃないっすか」
何やらひそひそと話している2人を横目に、ウィンは自分の今後について考える。
(さ、3年かあ……)
家族には正直に話して謝るしかない。普段の社交パーティーは欠席で通せばいい。
だが妹は、おそらくあと1〜2年で結婚するだろう。そうなれば家族での顔見せは必須。できればその時にはきちんと姿を出したい。
そう考えて、ウィンはきゅきゅっと画板に文を綴る。
『すみません、3年はちょっと……』
「ですよね。ほら、兄弟子」
『できればあと1年くらいで治したいのですが』
「いや1年はそのままでいいの!?」
「い、意外と図太いですねえ」
これにはリオもちょっと面食らったような顔をした。
そんなとき、窓の外からひらひらと2匹の蝶が迷い込んできた。
白く小ぶりな羽に、淡く光る紫色の線が見える。
1匹は直線状に紫の線が羽に広がり、もう1匹はマーブル模様に光っている。
「あ、真珠蝶だ」
レグルスが席を立ち、どこからか網と木の網籠を持ってきた。
ひょひょいっと網で採り、籠の中に2匹の蝶をあっという間に捕まえる。
ウィンは興味本位で尋ねてみる。
『その蝶も、錬金術に使うんですか?』
「ん? そうっすよ。この真珠蝶は少し特殊でね。雄と雌で鱗粉の種類が違うんす。使い方も違ってくるんすよ」
ウィンは感心してぽぽう、と鳴いた。雌雄でそのような差が出るとは、やはり錬金術は奥が深い。
『だから雄と雌で羽根の模様も違うんですね』
「「……え?」」
何気なく画板に書かれたウィンの言葉に、リオとレグルスの困惑した声が重なった。
何か変なことを言っただろうかと、ウィンは首を傾げる。
「……真珠蝶の羽に、模様?」
『ええ。ほら、その2匹も、羽根の模様が違うじゃないですか』
ウィンが2匹の蝶を、羽根のついた指で指す。
「兄弟子、分かります?」
「俺には、いつもの真珠蝶にしか見えないですねえ。……ははあ、もしかして」
リオがずい、とウィンに顔を近づけた。ウィンのくりっとした赤い目に、リオの顔が映る。
しばらくして、リオは戸棚から何やら分厚い本を取り出し、ページを開いて机に広げた。
「ウィリーさん、これが真珠蝶です。本に書かれた蝶と籠の中にいる蝶、同じやつに見えますか?」
「ぽっ?」
ウィンは首を傾げた。何故なら、本に書かれた蝶はまっしろな蝶々で、目の前にいる蝶には紫色の光の文様が見えるからだ。形は同じでも、同じ蝶とは思えない。
ウィンが首を横に振ると、リオが何度も頷いた。
「ふーん、ほお、なるほどねえ」
「なにか分かったんですか、兄弟子」
「おそらく今のウィリーさんには、人には見えないものが見えているんですよ」
人には見えないもの。真珠蝶の模様のことだろう。
確かにウィンはこの姿になってから、色彩がより色鮮やかに見える。鮮やか過ぎて、少しまぶしいときがあるほどだ。これはハト人間になった影響だったのか。
「ハトもどきになったことで、鳥の視界を手に入れた……ってことっすか?」
「そうですね。俺たちでは見分けられない真珠蝶の雌雄も、今の彼女は簡単に見分けることができるってことです」
リオが目を細めてにっと笑った。
ウィンは背筋に寒いものを感じた。友好的な笑顔だが、そこから感じるのは先ほどの意地悪な笑顔と同様のものだ。
「任せてください、ウィリーさん。俺たちがあなたを元に戻しますよ。1年と言わず3日くらいで」
「ぽぽう(3日で)」
3日なら、なんとか家族にバレることもなく帰れそうだ。なんともありがたい。
「その代わり。ウィリーさんにはちょおっと働いてもらうことになりそうですがねえ」
「ぽおう……」
リオの悪い笑顔を見て、ウィンは交渉がうまくいったことを喜ぶべきか、このあと何をやらされるか分からない不安を嘆くべきか迷った。




