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第1話 時はきたりてハトになる 

 ウィン・キャンベル16歳。

 キャンベル伯爵家に生まれた彼女は、子どものころ錬金術師に憧れていた。

 そして今まさに、その夢の実現に向けて、初めての錬金術を試みている。


 錬金術。

 それはあらゆるものから神秘を生み出すいとなみだ。


 空を飛べる靴、星空を映す水晶、鳥になれる変身薬。

 ウィンが思い描くのは、そんな夢のようなアイテムを次々と作り出す自分。

 街の人からは賞賛の嵐を浴びて、両親も「お前に任せれば領地は安泰だ」と太鼓判を押す。ああ、なんて素敵な将来設計。

 そんな調子のいい将来像を夢見て、初めての錬金術に挑んだ彼女は、今!


「……ポォウ……(なんてこった)」


 頭部がハト、胴体が人という奇怪なハト人間になっていた。


 ウィン・キャンベル、16歳。

 夢への第1歩を見事に踏み外した彼女の明日や、いかに。



 □■□■□■



 さて。なぜウィン・キャンベルが実験に失敗した哀しき合成獣キメラみたいになっているのか。

 それを説明するためには、少々時をさかのぼる必要がある。


 ウィン・キャンベル。キャンベル伯爵の長女で、家族構成は父、母、妹。


 父は鼻筋と顎がすっとしたイケメン、母はお目目ぱっちりの美人さん。

 その美男美女の血を引き継いで生まれた絶世の美少女が()のプルウィア・キャンベル。あまり引き継げなかった平凡な少女が姉のウィン・キャンベルだった。


 幼い頃から妹のプルウィアはモテモテだった。

 吟遊詩人に歌を贈られた回数は数知れず、もらった花束で部屋が埋め尽くされた。

 ウィンもたくさん花束はもらったが、その大半が「妹さんに渡してください」の前口上付きだった。


 幼少期から妹との顔面の格差をつきつけられ続けたウィン。けれど両親の愛は平等だったし、妹のプルウィアもウィンを慕っていたので、ウィン自身は特に卑屈になることはなかった。


 けれどウィンにも悩みはあった。

 それは、プルウィアを手に入れようとする男性たちだ。

 その中でも「将を射んとするならまずは馬から」思考の男たちが、プルウィアと恋仲になるため、ウィンを踏み台にしようとし始めたのだ。

 具体的には、ウィンと仲良くなってプルウィアと接近するきっかけを作り、あとからプルウィアに乗り換えようという寸法だ。

 そして悲しきかな。ウィン自身、それに気づかず何度も男に騙された。

 というのも、ウィンはキャンベル家の長女として、領地経営の勉強にひたすら打ち込んできた。特に8歳くらいからはひたすらに勉強の日々だった。だから恋愛経験がまるっきりなかったのだ。そのため悪い男の判別がつかず、利用されて負の経験値がたまる日々だった。

 しかし、騙されること自体はまだいい。いいのだ。

 問題はそれを知ると、姉を慕うプルウィアが激怒することだ。

 ただ怒るだけならいい。だがしかし、プルウィアはお人形のような顔をして、めちゃくちゃ武闘派だった。


 さかのぼること数年前。

 どこぞの伯爵家の長男とウィンが恋仲になり、3ヶ月くらいたった頃だろうか。

 ウィンがいない時を狙い、長男は「本当はあなたが好きだったんだ!」とプルウィアを口説こうとした。

 家に帰ってきたウィンが見たのは、長男に華麗にアッパーをキメるプルウィア・キャンベルだった。


 それから1年くらい経った頃。

 ウィンの失恋の傷も癒え、どこぞの伯爵家の次男と恋仲になった半年後。

 ウィンが出掛けている隙に、次男は「あなたのことを忘れようとしたが、やはりできない! 私が本当に愛しているのは……!」とプルウィアに迫った。

 帰ってきたウィンが見たのは、次男の顔面に右ストレートをキメるプルウィアだった。


 ウィンは困った。

 妹が姉思いのあまり、3度目には殺人現場を目撃しそうな気がしてきた。

 ちなみにどうしてプルウィアがここまで武闘派かと言えば、父であるサン・キャンベルが、幼少期に2人に護身術を仕込んだからである。

 ウィンはあまり護身術が得意ではなかったが、プルウィアはすっかり才能が開花してしまった。しかしその才能の行き場が、今のところ姉に手を出す悪い男の制裁にしか使われていないのだから、無駄遣いにもほどがある。


 そして3度目の恋。

 男たちにだまされ続けたウィンは、すっかり恋愛をあきらめた。

 相手の選び方も変えた。もう恋愛脳の男はこりごりだ。

 プルウィア目当てではない、家の繁栄に重きを置く男を探すことにした。

 身もふたもない言い方をするなら、キャンベル家の土地目当てに結婚してくれそうな人だ。


 キャンベル家はウィンが8歳くらいの頃に領地を拡大している。今ではそれなりの名家となった。

 ウィンはそんなキャンベル家の長女。2人姉妹で男子もいない。

 つまりウィンと結婚すれば、将来のキャンベル家の当主の地位が確約される。

 結婚の条件としては悪くないはずだ。


 そうしてウィンが出会ったのは、ハイル伯爵家の次男、ジェオジュオハーレーだった。

 彼の――、というかハイル家の思惑はとても分かりやすく、キャンベル領と交友関係を結ぶことを狙っていた。

 理由は立地の関係だ。ハイル領は、キャンベル領の南にあるキャスパー領と交易を行っている。地図で示せば、北から順にハイル領、キャンベル領、キャスパー領と連なっており、キャンベル領が間に挟まっている形だ。

 ハイル領は婚姻を結んで、キャンベル領を取り込みたいのだ。

 キャンベル領としても、キャスパー領とのつながりもできるし悪くはない婚姻だった。


 婚約者となったジェオジュオハーレーは、感情の薄い男だった。

 プルウィアにも興味を持たなかったが、同様に婚約者であるウィンにもまったく興味を示さない。

 家のために親に従っているだけなのだろう。

 ウィンの顔も土地の権利書くらいにしか見えていないのか、時々妹と間違って名前を呼ぶ始末だ。

 形式的な贈り物や機械的な交流を繰り返したのち、ウィンとジェオジュオハーレーは婚約した。


 お互いのお家発展を目的とした淡白な結婚。

 そこに情熱的な愛情はなくとも、平和に暮らしていけるだろう。

 そう考えていたウィンだったが、ある日突然この婚約は崩壊する。


 とある雲一つない天気の良い日。ハイル家で食事会が行われた。

 美味しい食事、他愛ない会話。

 ほどよいところで、ウィンはジェオジュオハーレーと庭園を散策することになった。

 庭師の技術のすいがこらされた赤いバラのアーチが並ぶ、色鮮やかな庭園。

 そんな美しい場所で事件は起きた。


「ウィン、あなたとの婚約は破棄させてもらう」

「え」


 突然の婚約破棄。そして同時に、バラのアーチの向こう側から美少女が飛び出してきた。

「誰?」と思う間もなく、ジェオジュオハーレーはウィンを置き去り、彼女の元まで走り出した。見事なスタートダッシュだった。

 そして「ひしっ!」と抱き合う2人。

 舞い散る花びら。頬をつたう美少女の涙。固まるウィン。


「僕は運命の人を見つけたんだ!」

「ああ、ジェオジュオハーレー様……!」


 あまりの展開の速さにウィンはついていけず、ただただ立ち尽くした。

 そんな彼女をさらに置いていくかのように、茂みから楽士が飛び出してきた。

 楽士は近くにあった切り株を模した椅子に腰掛け、タラランポロンとリュートを奏で始めた。

 音楽に合わせて始まったのは、ジェオジュオハーレーの身の上話。


「今まで僕は、人形のように家に従ってきた。だけど彼女に会って変わることができた」

「ジェオジュオハーレー様ー!」

「これからは大切な人のため、愛と共に生きていく! だからウィン、君とは結婚できない!!」

「ジェオジュオハーレー様ー!」


 美少女の合いの手に加えて、タラララン! とひときわ強くリュートが鳴った。


(これ、白昼夢かな)


 湧き上がった感情は、悲しみよりも怒りよりも、ただただ「帰りてえ」だった。

 硬直していたウィンは、はっと我に返って頭を振る。

 停止しかける脳みそに「止まるんじゃねえぞ」とハッパをかけて、ウィンはなんとか婚約者と会話を試みた。


「し……、しかしジェオジュオハーレー様。私たちはもう婚約を交わしています。互いの家のことを考えると、なんの理由もなく婚約解消するのは、ちょっと」


 彼女の言葉に反論するかのように、タラリラリン! と激しいリュートの音がした。


「理由ならある。僕が知らないと思っているのか? ウィン、君は昔の恋人につきまとっているんだろう」

「ええっ?」


 ジェオジュオハーレーから突如聞かされた新事実。

「前の恋人ってアッパーを食らった長男と右ストレートを食らった次男、どちらだろう」と考える。どっちにしてもウィンには身に覚えがなかった。


「言い逃れはできないぞ。相手から証言は取れている。その他の悪行もな。ウィンは屋敷の中では気に入らないメイドに嫌がらせをし、外では身分の低いものに横柄に当たり散らす、そんな貴族をカサに着た女だったと。彼らはそんな君の態度に嫌気がさして別れたと言っていたよ」

「ええ……」


 そりゃあ、恋人の妹を口説いて返り討ちにあったとは言えんだろうけれど。

 だからってそんな根も葉もないうわさをまき散らされているとは思わなかった。


「ご、誤解です、ジェオジュオハーレー様。なんかもう、色々誤解です」

「言い訳は聞かない。僕とは結婚が決まるまで、本性をごまかすつもりだったんだろう。だが諦めろ、僕の心はもうここにはない」


 ウィンの心だってここにはない。

 干潮の時の海くらい引きまくっている。


「ではご家族にはなんと説明するつもりですか」

「ふっ、自分の力ではどうにもならなくなったら家族に泣きつくんだな。だが、僕は負けない。たとえ家が敵に回ろうとも、僕は彼女を守ってみせる!」

「ジェオジュオハーレー様ー!」


 ジェオジュオハーレー様、ノリノリである。若気の至りに火がついて、もう誰も止められない。

 さすがにウィンも白旗を上げた。今の彼とまともに会話をすることはできない。


「分かりました。ですが私だけでは決められません。このお話はまた後日といたしましょう」

「たとえどれだけの時間があっても、僕のこの心の炎を絶やすことは」

「はいっ、さよーならー」


 とりあえずこの2人の小劇場から一刻も早く去りたい。

 ウィンは心の声に従い、猛ダッシュで庭園から逃げ出したのだった。


 新連載開始しました。カクヨムにて先行配信を行っております。

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