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後編

 舞踏会が終わり、薄闇が包んだ学園の大広間。華やかな装飾やテーブルの上に並んで居た大皿も下げられ、賑やかに響いていた声を忘れたように、周囲は寂しさと静けさに包まれる。残っていたのは、窓際に一人佇む男。

 赤と黒の混じり合う空を眺めながら、一仕事終えた充実感を噛み締めていると、男は背後から声がかけられる。


「先生……」


 ゆっくりと振り向くサンレアン伯爵。その視線の先、影の中から現れたのは――アルバン・ダランベールだった。


「いや、サンレアン伯爵と呼ぶべきか」

「僕はどちらでも構いませんよ、呼ばれ方にこだわりはありませんので。それより、約束の物はご用意いただけましたか?」

「もちろんだ」


 サンレアン伯爵に近づいたアルバンは、片手に持っていた革製の袋を差し出す。中には金貨がぎっしりと詰められていた。それはおよそ普通の貴族の子息が用意できるような額ではなく、名門ダランベール家の子息だからこそ出せる金額。

 黙って受け取るサンレアン伯爵は、革袋から数枚の金貨を取り出し中身が本物であることを確認した。


「ありがとうございます」

「いや、助かったのは俺の方だよ。先生のお陰でオリーヴとの婚約を解消してマリーと一緒になれるんだから……感謝してる」


 アルバンはそう言って目を伏せ、小さく頭を下げた。

 金貨を袋に戻すサンレアン伯爵は困ったように眉を寄せ、小さな笑みを返す。


「勘違いしてもらっては困りますが、僕の仕事は"婚約を解消"させるまでです。マリーさんとの結婚はアルバン君がご自身の責任を以て果たしてくださいね」

「ああ、わかってる。これは本当の愛なんだ、絶対に貫いてみせるよ。皆の前で大見得も切っちゃったしな」


 真実の愛にたどり着いたアルバンは、決意が宿る瞳を薄闇に輝かせた。


「でも、まさか先生が噂の"縁切り屋"だったなんて。最初に聞いた時は驚いたよ」

「人は見かけによらないものでしょう? あ、皆さんには内緒ですからね」


 ――今回の騒動は、サンレアン伯爵によって仕組まれたこと。


 二ヶ月前に出会ったマリーと逢瀬を重ねるうちに恋心が燃え上がってしまい、オリーヴとの婚約を破棄したいアルバンが依頼したのだ。

 アルバンにしてみれば、他の女性と結婚したいからといってオリーヴとの婚約を一方的に破棄できるわけもなく、父や婚約者の説得に失敗すれば今後の人生や社交界でどんな悪評が出るかもわからない。

 そこで、半月前にたまたま素性を知ることができたサンレアン伯爵を頼ったのだ。「オリーヴと上手く婚約破棄させて欲しい」と。

 少々割高だが依頼を快く引き受けてくれたサンレアン伯爵からの報告で、マリーがオリーヴから酷いイジメに遭っていたことをアルバンは聞かされる。

 そして、宴の最中にオリーヴの悪行を告発し、皆の前で婚約の解消を申し付ける計画が立てられた。オリーブの"品位と教養"が、家の格式を重んじるダランベール家に嫁ぐ者として相応しくないことをアルバンが主張、細かいところや会話の誘導はサンレアン伯爵が担い、周囲の人にはその出来事の証人となってもらう。

 自尊心(プライド)の高いオリーヴなら、周囲からの視線に耐えきれず潔くアルバンの申し出を受け入れることだろう、と。

 マリーと結婚するという発言は勢いに任せたアルバンの暴走に近いものだが、結果は見事に成功。アルバンは証人を得た上でオリーヴに婚約の解消を約束させ、マリーとの愛を貫く準備を終えた。もちろん、舞踏会の出資もサンレアン伯爵の握る革袋の中に含まれている。

 これが、アルバンから依頼された婚約破棄の一部始終であった。


 闇が徐々に濃くなってきた大広間で、サンレアン伯爵が微笑する。その表情は、優しげな先生だった頃より幾分か怪しげなもの。


「はっは、これから頑張ってくださいね」

「もちろんだよ先生、絶対にこの愛を貫いてみせる」


 応援されている、と感じたアルバンは、拳を握って胸をトンと叩いた――。



 翌日の朝――よく晴れた空の真下、人通りの少ない裏門。

 ディアナ魔法学園から離れた街の外れでは、二人の女の子がハイタッチを交わしていた。栗毛の娘は元気よく、白みがかったブロンドの娘は少し困ったように。


「イェーイ!」

「……い、いえ」

「違うってオリーヴちゃん、もっとこう、手を高く掲げて!」


 オリーヴに再度手を挙げさせ、楽しそうな歓喜の声とともに手を叩くマリー。満面の笑みを送られるオリーヴは、その貴族らしからぬ振る舞いに苦笑いを返すしかない。


「でも良かったねオリーヴちゃん、無事に婚約解消できてさ」

「いえ、これもマリーさんたちのお陰です。それに私のことより、あの人に泣かされる女の子がいなくなることの方がよほど喜ばしいことですから」

「は〜、殊勝な心掛けだねえ!」


 今までアルバンに散々と弄ばれてきた女の子たちを悲しく想い、オリーヴが胸にそっと手を当てる。

 アルバンはオリーヴという婚約者がいる身でありながら、学園の女の子たちに手を出しては婚約者がいるからと泣かせてきたのだ。その事実を耳にしたオリーヴは、当然怒った。

 そんな酷い人と結婚もしたくないし、どうにかして懲らしめてやりたい。しかし、父に言いつけようも「男は少しくらい遊ぶものだ」と言われるのが目に見えている、所詮女の子が喚いたところでお金を握らされて終わるだけ。そこで縁切り屋に相談したのだ――あのクズ男と最高の形でお別れしたい、と。


「それにしてもマリーさん、よくあそこまであの人を虜にしましたね。何をされたんですか?」

「もちろん、恋の魔法だよ!」


 胸の前で手の平をハート形に作り、ウインクしながらポーズ。キシキシと変わった笑い方で肩を揺らすマリーに、オリーヴはじとっとした白い目を送る。

 形式上でも、こんな女の子に婚約者が取られた事実は受け入れ難かった。


「……あ、そうですか」


 二人が楽しげな会話をしていると、そこに黒塗りの馬車が現れる。キャビンには一目で貴族が乗っているとわかる装飾が施された高級な箱馬車だ。御者台には寡黙そうな男。

 その男に馬を止めさせ、馬車を降りてきた紳士は帽子を取ってオリーヴに会釈する。


「おはようございます、オリーヴさん。新たな人生を歩まれる朝の気分はいかがですか?」

「ええ、とても晴れやかで清々しいものです。先生」


 目を細めて微笑むサンレアン伯爵に、オリーヴはスカートの端を摘み礼を返す。


「本当に、あなたに相談して良かったです。でもまさか、サンレアン伯爵ご自身が学園の講師として赴任してくるなんて思いもしませんでしたが」

「何事も準備が大事ですからね」


 ――全ては、三ヶ月前から始まっていた。

 オリーヴの依頼を受けた縁切り屋は、魔法史学臨時講師サンレアン伯爵として学園に潜入、情報収集を開始する。当然ながら、サンレアン伯爵という人物は存在せず、教員免許も偽装のもの。

 アルバンの人となりを知った縁切り屋は、一月遅れでマリーを学園に編入させる。こちらも同様没落貴族や魔法の才能も全てでっち上げであり、マリーという名前すら偽名。内部と外部から書類を全て偽装し架空の人物を作りあげ、満を持して送り込んだ。

 そこからはマリーの手練手管でアルバンを見事に籠絡。可哀想な生い立ちと才能溢れる女の子、という"アルバン好み"を見事に演じきり、作戦の準備を終える。

 あとは簡単なもので、マリーの囁きでサンレアン伯爵が縁切り屋だと吹き込み、アルバン自身から婚約解消を依頼させた。

 昨日の宴を最終仕上げとして、縁切り屋は婚約破棄の依頼を完遂したのだ。多数の証人を目の前にして――。


「オリーヴちゃんの悪評が立たないように、私は何もされてないよって皆には直接伝えてあるから安心してね! あ、もちろんアルバン君には付きまとわれて困ってたって付け加えたよ」


 キシキシと肩を揺らして笑う女の子が、オリーヴには平気で嘘をつく悪魔のように見えている。学業のテストや魔法の実技を手伝っていたのはオリーヴだが、マリーの振る舞いは恐ろしく堂に入るものだった。


「アルバン君、学園の木の下で待ってるって私と約束してたから、今も待ってるかも。なんかお父さん説得できなかったら駆け落ちするんだって、頑張って純粋な愛を貫いてほしいよね!」


 悪魔のよう、ではなく、悪魔そのものだった、とオリーヴは思い直した。拳を握って鼻を鳴らすマリーの言い草は当事者ではなくまるで他人事。

 付け加えるように、サンレアン伯爵がポンと白手袋の両手を叩く。


「僕の方からは、二人のご両親宛に手紙をしたためておきましたよ。アルバン君がパーティの最中に騒ぎを起こしたこと、心の喪失が疑われますと。やはり、"心身ともに健康"でなければ納得のいく結婚はしがたいですからね」


 楽しそうに、微笑を浮かべながら。

 これにて、アルバンはマリーに付き纏った挙句、恩師が主催する舞踏会の最中にオリーヴを謂れなき罪で罵倒し、乱痴気騒ぎを起こした頭のおかしい人、として周囲から認定されることとなる。


「そうそう、なんであなたはあの時アルバン君とオリーヴさんの間に入ったんですか。お陰でこちらは冷やっとしましたよ」

「何言ってんの! あの場で私入んなかったらアルバン君絶対ヒヨってたから!」

「全く、毎度勝手なことを。あの構図ではオリーヴさんが本当の悪者みたいに――」


 腕を振り憤るマリーとため息を吐くサンレアン伯爵に、オリーヴはくすくすと笑う。三ヶ月の間尽力してくれた縁切り屋の二人には、とても感謝していた。


「サンレアン伯爵。あの、少ないですがこちら」


 オリーヴが差し出す革袋、中には当然謝礼の金貨が入っている。マリーは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。

 しかし、サンレアン伯爵は目を瞑って首を振る。


「お代はもう頂きましたので結構です」

「え? でも……」

「良いのですよ、それはあなた自身のためにお使いになって下さい」


 微笑みを携えるサンレアン伯爵に、オリーヴは困った表情を返すしかない。自分から頼んだことなのに何も失うことができないと、罪悪感だけが残ってしまう。

 サンレアン伯爵は戸惑うオリーヴを意に介した様子もなく、馬車へ踵を返す。


「傷ついた人のために自分の幸せを投げ出せる貴女なら、きっと良い伴侶に巡り会えますよ」


 背中越しにそう言いながら、サンレアン伯爵は馬車に乗り込んだ。ニヤニヤとするマリーがオリーヴを肘でつつく。

 言葉の意味を悟ったオリーヴは、バレていたのか、とバツが悪そうに俯くしかなかった。

 どんなにクズな男でも、幼い頃からずっと一緒。将来は結婚すると思い込んでいたアルバンに、好意を抱いていないはずがなかった。好きだったから、アルバンに傷つけられた人がいると知った時に怒ったのだ。

 黙って来年の卒業を待てばアルバンも落ち着いて、幸せな結婚生活を送れたかもしれない。でも、誰かが傷ついた自分の幸せを許すことなんてできない――そう思ったからこそ、縁切り屋に依頼した。

 結果は成功したが、待ち焦がれていた期間が長かった分気持ちの喪失感は大きい。周囲の耳目が集まる中で罵倒された悲しさもあれば、あのアルバンから全てを投げ打ってでも愛を貫くという勇ましい覚悟が見られた嬉しさもあった。その純粋な心を、オリーヴ自身に向けてもらえなかった情けない悔しさも――。


「また、婚約解消の依頼がございましたらぜひ。……まあ、アルバン君が自分の行いを心から悔い改めることができたなら、迎えに行ってあげても良いかもしれませんね」


 帽子を取って別れの会釈をする紳士は、余計な一言を付け加えてから馬車を出発させる。寡黙な男が軽く鞭を振るうと黒い馬がゆっくりと歩き出し、車輪がギシギシと音を立てて回り始めた。

 目頭に込み上げてくる熱いものを堪えながら、オリーヴは俯く。その心の中では、様々な想いと感情が渦巻いてた。ただ、涙だけは零さないようにと一生懸命に唇を結んで。


「あ!」


 突然、マリーが驚愕の表情を浮かべて叫んだ。


「おい、こらクソ紳士! 私の取り分を出せ――!」


 走り出した馬車を追いかけるマリーの憤慨した背中。顔を上げたオリーヴは、ぼやけた視界で縁切り屋の二人を見送る。

 溢れてくる涙は、止まらなかった――。







面白かったらいいジャンを押してね!

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