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12.夕日色の髪の侍女

※あとがきにお知らせがございます

「私たちは毎日、ここでマリエーヌ女神像にお祈りを捧げ、穢れを落として日々の業務にあたるようにと言われているのです。レイモンド様もせっかくですし、お祈りを捧げてみてはいかがでしょうか。結構、ご利益があると好評なのですよ」

「……そうなのか?」


 ご利益、あるのか……?


 だが、果たしてこれはマリエーヌなのか、神なのか……?

 もはや誰に対して祈りを捧げれば良いのかも分からないのだが。


 すると、隣にいた侍女はマリエーヌ女神像の足元に花束を置くと、さっそく手を組み祈りだした。

 腑に落ちない点は多々あるが、とりあえず同じように手を組みマリエーヌ女神像と向き合う。


 ――これはマリエーヌではない。ただの女神像だ……。


 そう自分に言い聞かせ、無心になって祈りを捧げた。


 ――この国がこれからも安泰であり、民たちが平穏に暮らせますよう。


 ………………あと……できれば僕も……運命の相手と出会えますように――なんてな。


 そんな願いを付け足してしまった事に、フッと自嘲の笑いが込み上げた。

 あんな兄の姿を見せつけられて、どうやら僕までおかしくなってしまったようだ。


「……めん……ね……い……かね……」


 突如、その呟きが隣から聞こえて顔を上げた。


 その声の主はもちろん、先ほどの侍女なのだが。

 侍女は未だに手を組んだまま、熱心に祈りを捧げ続けている。

 ボソボソと声が聞こえてくるが、何を言っているかはよく聞き取れない。

 口に出してしまうほどの強い思いが込められた祈りを捧げているのだろうか。


 盗み聞きするのは趣味ではないが、さすがに少し気になる。

 さりげなく顔を近付け、耳に神経を集中させた。


「……とこ……金……男……金……できればイケメン……金……イケメン……玉の輿……!」


 ――なっ……!

 本当になんなんだこの女は⁉

 いくら祈りを捧げるとは言っても、こんな品の無い欲望まみれの祈りはさすがに駄目だろうが!

 穢れを落とすどころか、この女が穢れを持ち込んでいるんじゃないのか⁉

 マリエーヌ女神像を何だと思っているんだ⁉

 こんな事が知られたら兄さんに殺されるぞ‼


 その時、僕の手にしていた本が、手元から外れ、バサッと地面に落ちた。

 その音に反応し、侍女がパチッと目を開けると、足元にある本に視線を向けた。


「レイモンド様。何か落ちたようですが」

「あ……ああ。すぐに拾おう」


 落ちた本に手を伸ばして拾おうとした時、その表題を見て思わずギョッとした。


『侍女ですが、主人の弟に見初められました』


 ――なんだこの本は⁉ こんな物を手にした覚えはない!


 ……いや、そういえばさっき兄さんが帰り際に『これも持っていけ』と言って手渡してきたのがあった。それがこれだったというのか?

 だとしても……侍女、主人の弟とは、まさしく僕とこの侍女の関係と一致しているじゃないか!

 

 そう思い、咄嗟に侍女の様子を窺った。

 だが、そんな僕の反応にも気付くことなく、その侍女は落ち着いた様子で本をジッと眺めている。


 僕が気にしすぎなだけなのか?


 ……そうだろうな。

 こんなのただの偶然に決まっている。兄さんだって、特に何も考えずに薦めただけなのだろう。

 そうに違いない。


 それに僕がこんな女を見初めるはずがない。

 つい今しがた欲望ダダ漏れの姿を目の当たりにしたばかりだというのに、一体どうやったらこの女を好きになるんだ。


 あらぬ考えを払拭していると、侍女は足元の本を拾い上げた。


「これは、公爵様の恋愛小説でしょうか?」

「あ……ああ、そうだ。兄さんが適当に見繕って僕に渡した物であって、僕が選んだ訳ではない。だから決して侍女に興味があるとかそういうのではない」


 どこか言い訳めいた事を口走ってしまい、変な汗まで出てきた。

 すると侍女は口元に手を当て、何やら考え始めたかと思うと、その手からポロッと本が零れ落ちた。

 そしてスゥッと大きく息を吸い込み――。


「ああああああ‼」

「⁉」


 突如大声を上げた侍女に、ビクッと肩が跳ね上がった。

 何事かと聞く前に、侍女がこちらを凝視すると、僕の顔面めがけてビシっと人差し指を突き立てた。


「お金! イケメン! 地位! なんという事でしょう……めちゃくちゃドストライク物件じゃないですか‼」

「……?」


 ドストライクぶっけんって何だ……?

 というか人を指さすな。本当に失礼な奴だな。


 心の中で悪態をついてみせるが、こちらを見つめる紫色の瞳は、なぜかキラキラと輝きを放っている。

 アメジストのような光沢感のある瞳の美しさに、思わず目を奪われる。


 だが次の瞬間、その瞳から光が消えた。


「……いや、やっぱり無理。嫌でも公爵様を連想させてしまうこの顔だけは無理‼ こうしちゃいられない……今すぐ公爵様にレイモンド様だけは無理ってお伝えしないと!」

「なっ……待て! それはどういう事だ⁉」


 こちらに背を向け、駆け出そうとした侍女を咄嗟に引き止めた。


 すると振り返った侍女は、キッと睨むような鋭い眼差しを僕に向け、


「どうもこうも……公爵様は私たちを結婚させようとしているのですよ!」

「は⁉ な……なぜそんな事になるんだ⁉」 

「説明するとめんどくさいんで詳細は省きますが……しいて言うなら、マリエーヌ様の幸せのためですよ!」

「な⁉ なんで僕とお前が結婚すればマ……義姉さんが幸せになるんだ⁉」

「それは公爵様に直接お聞きください! とにかく、私は公爵様に抗議してまいりますから! レイモンド様だけは無理だと! ……ああ! でも、もしそうなったらマリエーヌ様を『おねえさま』とお呼びする事ができるの⁉ それはすっごく魅力的な特権だわ……。でも今のところ考えられる利点ってそれくらいしかないし、やっぱり公爵様とそっくりっていうだけでもう生理的に無理――」


 百面相する侍女の姿に圧倒され、唖然と立ち尽くす間に、侍女は屋敷の方へと去って行った。


 嵐のような時間が去り、静けさに包まれたこの場に、冷たい秋風がヒュゥゥと吹き込んだ。


 本当に……なんだったんだ……あの女は……?

 なぜあんなにも包み隠さず本音を垂れ流せるんだ……?


 これまで僕に近付いてきた女性たちは皆、嘘で塗り固められた人間ばかりだった。

 夜会に参加すれば、皇族の血を引く僕の血筋を求めて、純真さを装った多くの女性が詰め寄ってきた。

 だが、滲み出る欲望はそう簡単には隠せない。

 そんな女性たちを目の当たりにして、僕は段々と女性不信に陥っていった。

 そんな時にマリエーヌと出会い、裏表のない純真無垢な彼女に惹かれていったのだが……。


 そう思えば、確かにさっきの侍女も裏表のない女性と言える。

 むしろ、少しは表の顔を作れと言いたくなるほどの正直者だ。

 さっきも本人が目の前にいるというのに、僕だけは無理だと堂々と口にするくらいだからな……。


 だが、そんなの僕も同じだ!

 僕だってあの侍女だけは無理だ!

 あんな欲望ダダ漏れ女と結婚するくらいなら一生独身でいた方がまだマシだ!

 たとえお願いされたとしても結婚なんて絶対にしないからな!


 込み上げる苛立ちと、すっかり熱くなった体の熱を逃がすように大きな溜息を吐いた。 


 それから落ちている本を拾い、パンパンと叩いて土埃を払い、その表題を睨む。


 ――そんな訳がないだろう。誰があんな女を……。


 それに、あれだけ無礼な振る舞いをしているのだから、どうせそのうち解雇されるだろう。

 もう二度と顔を合わせる事もないはずだ。


 まあ、顔は悪くないし、良く言えば素直な性格だ。

 あんな高望みさえしなければ、誰かしら娶ってくれるんじゃないだろうか。

 どちらにしろ、僕は無理だがな。


 フンッと小さく失笑し、手にする本を落とさないようにと固く握りしめ、中庭を後にした。




 その後……。

 伯爵領に戻ってから、夕暮れに染まる空を見るたび、夕日色の髪を揺らす侍女の姿を思い出す事になるとは――この時の僕はまだ、知る由もなかった。


最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!

これで外伝2のレイモンド編は完結とさせて頂きます。


そしておかげさまで、こちらの作品の書籍化&コミカライズが決定致しました!

私にとっても、とても思い入れのある作品ですので、それが本になり、更には漫画になるのだと思うと本当に夢のようです…。

これも応援して下さった皆様のおかげです。

本当にありがとうございました。


そしてこれを機に、こちらの作品はすでに完結済ではあるのですが、二人のもう少し先のお話も描ていてく決意を致しました。

もう山場は超えている作品であり、本当に楽しんで頂ける話が書けるのか…と、不安もありますが、二人の姿をずっと見ていたい…とおっしゃって下さった方のためにも、自分の限界に挑んでみようと思います!


連載時期や書籍に関する情報はまた追ってお知らせいたします!

もう少しだけ、お付き合い頂けますと幸いです!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化とコミカライズおめでとうございます。公爵さまとマリエーヌのお姿が見れるなんて!!楽しみです。 レイモンドと侍女の恋も楽しみですね。 あ〜ほんと楽しみです。
[一言] 不敬すぎて笑いましたw くっ付いたらなんだかんだ仲良くやりそう
[良い点] 書籍化コミカライズやったー!!買います!!おめでとうございます!!!!
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