11.マリエーヌ女神像
公爵邸から出ると、ちょうどマリエーヌが中庭から戻って来るところだった。
さっきはつい熱くなり、色々と偉そうな事を言ってしまったので、若干気まずい。
だが、そんな僕に気付いたマリエーヌは、穏やかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「レイモンド様、お帰りですか?」
「あ……ああ。用事はもう済んだからな」
「そうですか。どうかお気を付けてお帰りください」
「ああ、ありがとう。……あと……さっきは事情も知らないまま、余計な事を言ってしまって……すまなかった……」
歯切れ悪く謝罪を口にすると、マリエーヌは一瞬キョトンとした後にクスクスと笑った。
「お気になさらないでください。レイモンド様が、私を心配しての発言だったというのは十分承知しておりますから」
それは、僕が贈ろうとした花束も無かった事にしてくれる、という意味だろうか。
それもきっと、マリエーヌの優しさなのだろう。
兄が変わったのと同じように、マリエーヌ自身も変わったのかもしれない。
もう、以前のように本音を押し殺し、俯くだけの彼女ではないのだろう。
僕が兄さんを一方的に責め立てた時も、押し黙る兄さんの代わりに彼女が反論を述べていた。
きっと僕がいない間も、二人はそうやってお互いを支え合ってきたのだろう。
最初から、二人の間に入る隙なんて無かったという訳か。
「マ……義姉さんの幸せそうな姿が見れて良かったよ」
「あ……ありがとうございます」
頬を赤く染めて嬉しそうに笑う姿を喜ばしいと思う反面、少しだけ寂しくも思えた。
その時、マリエーヌの背後から、ひょっこりと顔を覗かせたのは、先ほどマリエーヌと共にいた侍女だった。
その手には、真っ赤な薔薇の花束が抱えられている。
……て、それはまさか……。
「レイモンド様。こちらの花束はいかがなされますか?」
「……」
――なぜ、それを持って来たのか。
できればそれとなく処分してほしかった……。
さすがに、持って帰る気にもなれない。
「もう必要ない。適当に捨ててくれ」
「……そうですか」
だが、その侍女は不服そうに花束をジッと見つめたまま動かない。
「捨てるのに抵抗があるのなら、別にもらってくれても構わないが……」
「……そうですか」
さっきからなんなんだこの女は?
思い返せば、さっきもこの侍女は兄と僕に向けて何食わぬ顔で無礼な発言を述べていた。
普通なら、あんな発言をすれば解雇されて当然だ。
それなのに、なぜこの女はここにいられるんだ……?
「何か不服があるなら言ってみろ」
「ええ、そうですね。それなら言いますけど……」
その瞬間、マリエーヌが「あ……」と小さく呟いたが、侍女の口は止まらなかった。
「確かに、さっきまではこの花束を燃やしてしまおうと思っていたのですが、あまりにも立派な薔薇なのでそれも勿体なく思えまして。花に罪はありませんしね……ですが、もらうとしても、初めて男性からもらう花束が、意中の女性を口説き落そうとして振られて戻ってきた代物だと思うと、素直に喜ぶ事もできません。まあ、宝石の一つでも入っていれば喜んで受け取っていたと思いますが、残念ながらそれもなさそうですし……。どうしましょう……捨てるのも勿体ない。かと言って、もらうのも縁起が悪い。いっその事、あいだを取ってもう一度これ土に植えてみましょうか。どうなんですかね。切り花って土に植えたら根っこが生えるんですかね」
「…………いや……知らん……」
な……なんなんだこの女は⁉
別にわざわざそんな事を言わなくても、建前でもなんでもいいからそこは「ありがとうございます」と受け取って、僕のいない所で捨てるなり埋めるなりすればいいじゃないか!
なぜわざわざ僕の前でそんな事を言う?
確かに、不服な事を申せとは言ったが、それにしても失礼すぎやしないか⁉
それに宝石だと……?
花束に宝石を仕込む奴がいるか!
「とりあえず何か憑いていたら嫌なのでマリエーヌ女神像へ捧げましょう」
「おい、それはどういう意味だ――って……マリエーヌ女神像……だと……?」
思わずマリエーヌへ視線を向けると、マリエーヌはそれとなく視線を僕から逸らし、なんとも言えない複雑な顔で口を噤んでいる。
「ああ。そういえば、半年ぶりに来られたという事は、レイモンド様はまだマリエーヌ女神像をご存知ではないのですね?」
「あ、ああ……なんだそれは?」
訊いてはみたが、名前からしてだいたいの想像はついてしまう。
しかし……いや……まさかな。
「せっかくですからご覧になられますか? すぐそこにありますので」
「……ああ、そうしよう」
「あ……リディア、私は先に戻っているわね。レイモンド様、私はこれで失礼いたします」
にがにがしく笑って別れの挨拶を告げると、マリエーヌは逃げるように屋敷の中へと去って行った。
「それでは、ご案内いたしましょう。こちらです」
侍女は踵を返し、再び中庭の方へと進んで行く。
夕日色の長い髪が揺れる後ろ姿を見ながらしばらく歩き、侍女が足を止めたその先に見えたのは――。
「なっ……」
その一言だけ発して言葉を失ってしまった。
――まさか……本当にこんな物が……‼
口を開け唖然とする僕の視線の先には、確かにマリエーヌにそっくりの石像がある。
高級感のある石材に彫刻を施した台座の上に佇むその像は、なんとも神々しい存在感を放っている。
胸元で手を組み、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、背中からは羽らしき物が生えている。
その姿は、まさしく女神…………なのか……?
というか……僕にとって大切な思い出の場所でもあるこの中庭に、なんて物を建てたんだ兄さんは!
外伝2は次回で最終話はとなります。
最終話はあす更新予定です。
そして最終話のあとがきに、素敵なお知らせもございますので、ぜひ見て頂けますと嬉しいです!




