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08.これはただの偶然か? ※補佐官ジェイク視点

 公爵様の様子が変わって十日後。


 私と公爵様は執務室で溜まりに溜まりまくった仕事に追われていた。


 公爵様は頭の高さまで積み重なった書類の一番上の紙を手に取り目の前に置くと、流れる様にサインをスラスラと書き上げた。

 それを横に置き、再び同じ様に次の書類を取ってサインをする。


 その書類の殆どは公爵様が許可した証としてサインが必要な申請書である。

 まるで流れ作業の様に軽快にサインをしているが、公爵様は一瞬でその書類の全ての内容を把握し、許可すべきかの判断を下している。


 別人の様になって、仕事まで能無しになっていたらどうしようと不安だったが、この鬼才ぶりは以前の公爵様と変わっておらず安心した。


 私は公爵様が処理した書類を種類別の封筒へと入れる作業に集中する。


「む……あれは!?」


 唐突に聞こえた公爵様の声に、私は瞬時に手を止めて勢い良く立ち上がった。


「いけません! 公爵様!」


 叫ぶと同時に、私は廊下へ繋がる扉に向かって駆け出そうとしていた公爵様の前に立ち塞がった。


「何をしている貴様! 邪魔をするな! マリエーヌに今すぐ会わなければ!」

「駄目です! 本日はすでに『仕事中、一回だけマリエーヌ様に会いに行く権利 』を行使しています!」

「何を言う! 緊急事態なんだ! 今すぐ行かなければ!」


 公爵様は苛立ちに顔を歪めて冷たいオーラを放ち出した。

 だが六年間この人に仕えてきた私は、今更そんな事に怖気付いたりしない。

 

「では、その理由をお聞かせください」


 すると、公爵様は人差し指を立てて、青空が見える窓へ向けてビシッと突き立てた。


「虹が出ている! マリエーヌと一緒に虹を見なければ!」


 ……虹……か……。

 ああ、本当だ。虹が出ているな。

 

「やっぱりそういう事だと思いましたよ! 公爵様、虹はまた今度にしましょう! この書類の山を見てください! ここ数日そうやって何度もマリエーヌ様の元へ行かれるから全く減ってません! むしろ増えるばかり! それに一度マリエーヌ様の所に行ったらいつ帰って来るか分からないじゃないですか!」

「知るか! 貴様がやれ!」

「やってますぅ! やってるけど全然追いつかないんですぅ!」


 ここ数日、見兼ねた私は本来なら公爵様が書かなければいけないサインを、筆跡を真似て書いている。


 こんな事、絶対にやってはいけないのだが。


 公爵様は更に怒りを露わにして、禍々しいオーラを放ちながら震え出した。


 さすがの私もこの姿には後ずさる。

 

「貴様……こうしているうちにあの虹が消えてしまったらどう責任を取るつもりだ……? 貴様も虹と同じ様に消滅させてやろうか?」


 悲しいが、虹が消滅するのも私が消滅するのも公爵様にとっては同じ事らしい。


「公爵様。マリエーヌ様が大事なのは分かります。でも限度ってものがあります! やる事はきちんと終えてからにしましょう! あとこの際ついでに言いますが何ですか!? あの宝石商からの請求書の額は!? 公爵邸で使用する予算半年分を一体何に使ったんですか!?」

「フラワーアレンジメントだ」

「はああああ!? フラワーアレンジメントで何で宝石……まさか……マリエーヌ様に贈る花束に宝石を仕込んだ訳ですか……? 予算半年分を……?」

「一度だけだ。マリエーヌからは不評だったからもうやらん」

「当たり前です! はぁ……マリエーヌ様が常識をお持ちの方で良かった……。とりあえず、公爵様はその行き過ぎたマリエーヌ様への愛を少し抑えた方がよろしいかと……あまりグイグイ行き過ぎると逆効果ですよ」

「なんだと貴様……僕に死ねと言うのか!?」

「言ってません! なんでそうなるのですか!」

「貴様には分からんだろうな……僕のこの内に秘めているマリエーヌへの無尽蔵に湧きあがる愛が……」


 いや、全く内に秘められていない。

 むしろダダ漏れだから内に秘めていてほしい。


「早く……早くマリエーヌに会わなければ……胸が苦しい……このままでは死んでしまいそうだ……」


 公爵様は自分の胸を手で押さえながら苦しそうにもだえ始めた。


 死因。恋煩い。

 さすがにそれはよろしくない。

 先代の公爵様に顔向け出来ない。


 だがこのまま黙ってここを通す訳にはいかない。

 

 私も騎士の端くれ。戦場では最後の砦を守る為にこの身を盾にして戦ってきた。

 こんなたった一人の若造の足止めを出来ない程、ひ弱な人間ではない!


 私は自分のネクタイを緩め、上着を脱ぐと着ているシャツの袖のボタンを外し、片方ずつ腕まくりをしていく。

 

「分かりました、公爵様。どうしてもここを通りたいと言うのならば、この私を倒してか――」


 一瞬だった――。





 公爵様の投げ技によって地面に叩きつけられた私は、暫く動けずにいた。


 一人部屋に放置されたまま、冷たい床を背に高く広い天井を虚ろな目で見つめていた。

 開けっ放しにされた扉の向こうでは、公爵様がマリエーヌ様の名を呼ぶ声が聞こえてくる。


 本当に別人になっているな。


 医師の診察では、以前の公爵様とは全く違う人格が現れているのではと聞いたが、まさにその通りだろう。


 仕事以外でこんなに公爵様と会話を交わした事はない。

 あんなに感情豊かに表情を変える公爵様の姿は初めて見た。


 これを喜ぶべきか、嘆くべきかは難しい話だな。

 

 その時、私の顔の上にハラリと1枚の書類が落ちてきた。


 それを手に取り、書いてある文字の羅列に目を通した。既に公爵様のサインは済んである。


「土砂崩れ……?」


 内容に一通り目を通した私は、その書類を掴んだまま勢い良く起き上がった。


 そんな……馬鹿な……!


 その書類には、先日発生した土砂崩れの被害により、横断出来なくなってしまった山道を補修するための予算について書かれていた。


 その土砂崩れが起きた日付と場所。それは本来ならば、私と公爵様が馬車に乗って通る筈だった場所なのだ。


 公爵様はその日の前日、予定していた隣町の視察を突然キャンセルすると言い出した。

 更に、長い期間雨が降ったせいで地盤が不安定になっているだろうからと、通り道である山岳一帯の通行を封鎖していた。

 

 今までの公爵様なら、多分そんな事は気にせず、仕事を優先して予定通り馬車に乗って出掛けていた筈だ。

 その話を聞いた私は、マリエーヌ様と長い期間離れるのが嫌で、無理やり理由付けしたのだろうと思っていたが……。


 まさか本当に公爵様の懸念が的中していたとは……。


 公爵様がこの日、道を封鎖していなければ大きな事故に繋がっていたかもしれない。

 いや、それどころか……もしかしたら公爵様と私自身がこの土砂崩れに巻き込まれていた可能性もある。


 あまりにも出来すぎた偶然に、ゾッと背筋が凍る感覚に襲われた。


 だがこれは本当に、ただの偶然なのだろうか……?

読んで頂きありがとうございます!


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