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07.全てを犠牲にしてでも

「レイモンド。お前はいつ、マリエーヌを好きになったんだ?」

「……!」


 執務室へ足を踏み入れるなり、単刀直入に問われた。


 僕がいつマリエーヌを好きになったのか……その明確な答えはあるだろうか。


 ただ……彼女がいつか、次期公爵候補となる子供を出産し、かつての母と同じように子供と隔離され、一人孤独を抱えてこの屋敷で一生暮らしていくのかと思うと、とても放ってはおけなかった。


 最初はそんな同情心が先立って、マリエーヌを気に掛けるようになった。

 仕事の都合でここに来た時には、決まって彼女の部屋を訪ねた。

 と言っても、ほんの少しだけ会話を交わすくらいだったが。

 それでも僕の他愛のない話を、マリエーヌはいつも興味津々で楽しそうに耳を傾けてくれた。

 時折見せる零れそうな笑顔に、胸が高鳴る時もあった。

 耐え難い環境に置かれているのにも関わらず、彼女は僕に不満の一つも漏らさなかった。


 僕の周りに集まる、欲にまみれた令嬢たちとは違う。

 清楚で健気なその姿に、少しずつ特別な感情を抱くようになっていた。


「少なくとも、兄さんよりもずっと前なのは確かだ」

「そうか。ならばなぜもっと早くマリエーヌを迎えに来なかった?」

「……⁉」


 ――もっと早く、だと?

 この男は……何が言いたいんだ……?


 その言葉の意味が分からず、言葉を詰まらせていると、兄さんは更に瞳を鋭く尖らせた。


「お前は、マリエーヌが僕や使用人たちからどのような扱いをされていたのかを知っていたのだろう? ならばなぜ、今まで彼女をここに残したままにしていた? どうしてすぐにでも彼女の手を取り、この屋敷から連れ出さなかったんだ?」

「⁉ なっ……兄さんにそんな事を言う資格があるのか⁉ マリエーヌを苦しめ続けていたのは兄さんの方じゃないか!」

「……ああ、そうだ。だからお前が本当にマリエーヌを大切に思うなら、あの時、お前が彼女をここから連れ出すべきだった。そうすれば……まだ彼女の心の傷は浅かったはずだ」

「それはずいぶんと勝手な事を言ってくれるな。だが仮にもし、僕が彼女をここから連れ出していたとしたら、兄さんだって僕たちを放ってはおかなかっただろう?」

「……そうだな。あの時の僕なら、お前を追い詰め、見せしめにその両足を斬り落とすくらいはしただろう。……マリエーヌの事も……二度と逃げ出せないよう、光も灯さない牢獄に閉じ込め、人との関りを完全に断ち切っていただろう」


 そう告げると、兄さんは視線を地に伏せ、その表情に影を落とした。


「ああ、そうだ。兄さんはそういう人間だ。それを分かっていながら、そう易々と彼女を連れ出せるはずがないだろう!」 

「だが……お前が全てを捨てる覚悟で彼女と共に逃げたのなら、お前にも勝算はあったはずだ」

「……⁉ なっ……さっきから兄さんは何を言っているんだ⁉ たった一人の女性のために、何もかもを犠牲にしろというのか⁉ 」

「そうだ」

「馬鹿げてる! じゃあ兄さんはどうなんだ⁉ マリエーヌのために、その地位も財産も領民も、何もかも捨てられるというのか⁉」

「無論だ」

「じゃあ今すぐその爵位を捨てて見せろ! 彼女のために全てを捧げる覚悟があるのなら、それをこの場で証明してみせろ!」

「それは無理だな」

「ほら見ろ! 自分が出来もしない事を僕にしてみせろだと⁉ 前の兄さんでもそんなふざけた事は言わなかった! 人格が変わって頭までおかしくなったのか⁉」

「いや、今の僕は至って正常だ。頭がおかしいというのなら、それは以前の僕の方だろう。あの時の僕は、何もかも間違えてばかりだったからな……」

「…………は?」


 ――兄さんが……自分の間違えを認めただと……?


 信じられない。


 兄さんとはこれまでに何度も口論してきた。

 だが、兄さんは決して折れなかった。

 僕の訴えは圧倒的な力の差でねじ伏せられた。

 兄さんが白だと言えば、たとえ黒でも白になるのだと、何度も思い知らされてきた。


 そんな兄さんが、こんなにも素直に自分の非を認めるなんて――。


 唖然とする僕に、兄さんは落ち着いた口調で話しかけた。


「レイモンド。僕はマリエーヌのためならば、全てを捧げる覚悟がある。この地位も、財も……あとは……そうだな」


 すると兄さんは両手を広げて僕に見せた。


「この手足すらも差し出していい」

「はぁ⁉」


 ――さっきから何なんだ⁉ やはり兄さんは頭が狂ったのか⁉


「だがそうしないのは、それがマリエーヌのためにならないからだ。この手足も、公爵という地位も、マリエーヌを幸せにするためには必要になる。ゆえに、マリエーヌのためなら全てを捨てられると証明するのは難しい。口先だけではなんとでも言えると捉えられても仕方ないだろう」

「……」


 ――なんだ。そういう事か。


 結局、ここで何を討論しても意味はない。何も証明などできないのだから。


 兄さんが本当にマリエーヌを心から愛しているという事も。


 本当に、彼女のために全てを差し出す覚悟があるのかも――。


「だが、マリエーヌが女神である事は証明できる」

「――は?」


 マリエーヌが……女神……?


 兄さんは一体……何を言い出したんだ……?


読んで頂きありがとうございます!

次回は4/19更新予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] レイモンド、それはまあ驚きますわよね。
[良い点] 楽しくドキドキ読んでます! [気になる点] 弟くんの脳の理解力がどこまでもつだろうか?(笑)
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