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06.僕と兄

今回より、レイモンド視点に切り替わります。

『僕はマリエーヌを心から愛している』


 僕の前を、颯爽(さっそう)と歩く兄の後ろ姿を見ながら、つい先ほどその口から放たれた言葉が頭から離れなかった。


 ――兄さんがマリエーヌを? そんな事があるものか。


 腹の奥底から込み上げる苛立ちを奥歯で噛みしめ、目の先にある背中を睨み付けた。


 ――だが……驚いたな。

 あの兄さんが、あんなにも冷淡な態度を見せていたマリエーヌに愛を囁き、しかもマリエーヌ自身もそれを受け入れているとは……さすがに予想外だった。

 だが、マリエーヌはここで兄さんだけでなく使用人からもずっと蔑ろにされ続けていた。

 だからこそ、急に兄さんから愛されるようになり、嬉しかったに違いない。

 その言葉を素直に受け入れてしまったのも頷ける。


 だとしても、こんな危険な場所に、いつまでも彼女を置いておく訳にはいかない。


 ――今からでも遅くない。やはりマリエーヌを説得してこの男から引き離すべきだ。


 いつまた元の人格に戻るかも分からない。

 血も涙もない独裁者が再び目覚める前に。マリエーヌをここから連れ出さなければ。

 この男が誰かを愛するなど――絶対に有り得ないのだから。


 ◇◇◇


 僕が物心ついた頃には、既に兄は次期公爵としての英才教育を受けていた。

 公爵家の男児は、二歳を迎えると母親とは引き離され、独自の教育を受けるのが代々伝わる風習である。


 その教育方針は皇室により定められたもので、それを怠る事は帝国に背くのと同じとみなされた。


 このレスティエール帝国の公爵となる人間は、広大な領土と多岐に渡って多くの権限を与えられ、その確固たる地位を手にする。

 だが、有事の際には帝国の盾となり命を懸けて皇帝を守り、時には剣として部隊を率いて戦地へ赴く。

 そのため、文武両道を極め、強固な精神力を養い、帝国に絶対的な忠誠心を誓う人間である必要があった。


 だからこそ、まだ人格の形成されていない幼少期から徹底した教育を義務付けられていた。


 本来ならば僕も同じ教育を受けるはずだった。

 二人以上の男子が生まれた場合は同様の教育を受けさせ、より優秀な方へ爵位を譲渡するようにと定められていたからだ。


 だが、父はそれを拒否した。

 というのも、僕の母はまだ幼かった兄と引き離されたショックが大きく、同じ時期に生まれた僕に酷く依存していた。

 そんな母の精神状態を見た父は、僕を後継者候補から外したいと皇帝に申し出た。

 皇帝はそれを承諾する条件として、兄をより完璧な公爵へと仕立てるようにと命じた。


 それが兄を更なる過酷な環境へと追いやる事になった。


 その結果、教育を終えた兄は人としての感情が著しく欠落した冷酷な人間となっていた。


 その一方で、僕は最低限必要になるマナーや知識を学ぶくらいで、勉強時間が終われば優しい母と共に遊んだり、ティータイムを堪能するなど、兄とは対照的な幼少期を過ごしていた。

 時には、感情表現が乏しく不器用な父も交えて、母が好きな花々が咲き乱れる中庭の散歩にも出かけた。


 同じ屋敷に住んでいるのにも関わらず、僕と兄は別世界にいるような生活を送っていた。

 兄から見れば、そんな僕の姿はもしかしたら羨ましくも思えたかもしれない。


 だが――裏を返せば、僕は誰からも期待されていなかった。


 兄は公爵としての未来が約束されており、いずれ何もかも手にする絶対的な権力者となれる。

 だが僕に待ち受けているのは、公爵家の男子として生を受けたにも関わらず、早々に後継者候補から外され、甘やかされて育った世間知らずの坊ちゃんとして、周囲から冷ややかな視線を送られる未来だった。


 だからこそ、余計に兄との格差を感じていた。

 どうあがいたところで、全てにおいて兄には絶対に敵わない。

 二年遅く生まれたというだけで、僕は何も手にする権利がない。

 いずれ兄が公爵となった時、兄が所持する爵位の一つを僕に譲渡し開拓もままならない辺境の地へと追い出されるのだろうと。


 だから一つくらい、兄が手に出来ない物を持っていたかった。


 両親からの愛だけは僕のものだと。

 そんな小さな優越感に浸っていたかった。


 だが、それすらも決して僕だけのものにはならなかった。


 母は片時も兄を忘れはしなかった。

 母が兄に向ける眼差しを見れば、それは一目瞭然だった。


 母はずっと、兄を愛していた。

 ――それなのに、兄はその事に気付かなかった。


 教育を終えて母と再会した兄は、決してその姿を見ようとしなかったから。


 母からの愛を自ら拒んだのにも関わらず、自分は誰からも愛されなかったなどと、よく言えたものだな――。


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