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04.今更……?

「公爵……様?」


 呆気に取られたまま、突然目の前に現れたその背中に呼び掛けた。


 だけど公爵様はレイモンド様と対峙したまま動かない。

 ふと頭上を見上げると、公爵邸の二階の窓から身を乗り出したジェイクさんが、ポカンと口を開けたまま固まっていた。


 ――公爵様。

 まさか……あの場所から飛び降りてここまで来たのでしょうか……?


 念のため、後ろからではあるけれど、公爵様の体を隅々まで観察し、怪我はしていないようなので安堵した。

 そんな私の心配をよそに、二人は向かい合ったまま微動だにしない。


 先に沈黙を破ったのは公爵様だった。


「レイモンド。僕のマリエーヌに何の用だ?」


 ――僕の……? 今、僕の……っておっしゃいましたか……?


 自分で言うのも恥ずかしいけれど、確かに今まで『僕の女神』とは何度か言われてきた。

 だけど、『僕のマリエーヌ』というのは今初めて聞いたわ……。

 でも……自分の名前の前に『僕の』が付くだけでなんでこんなにもときめくのかしら……⁉

 だって……そんなのまるで所有物みたいな物の言い方なのに……それが全然嫌じゃない……それどころか……嬉しいとすら感じてしまうなんて……!


 嬉しいやら恥ずかしいやらで、すっかり火照って熱くなった頬っぺたを両手で包み込み、にやけてしまいそうな口元をプルプルと震わせていると、ふいにリディアと目が合った。

 生暖かい笑みを浮かべるリディアと、その少し後ろではキラキラと憧れにも似た瞳でこちらを見つめるアイシャ。

 そんな二人と自分との間に、言い知れない温度差を感じて、少し冷静さを取り戻した私は、コホン……とわざとらしく咳をして何事もなかったかのごとく平静を装った。


 すると、小馬鹿にするようにレイモンド様が鼻で笑った。


「ふっ……。僕の……か……。あれだけマリエーヌを邪険に扱っていたくせに、今更よくそんな言葉が出てくるものだな」

「……レイモンド。先に僕の質問に答えろ。何の用があってマリエーヌに会っていた?」


 私の位置からは公爵様がどんな表情をしているかは分からない。

 だけど、その声はいつもよりも低く、機嫌が悪そう。まるで昔の公爵様の口調を聞いているみたいで、少し胸がざわついた。


「別に……挨拶をしていただけだ。ここに来るのは半年ぶりになるからな。自分の義姉にあたる人物に挨拶するのは、特におかしい話ではないだろう」

「ならばその花束はなんだ? お前は挨拶をするだけの相手に、わざわざ花束を用意する奴だったのか?」

「……さすがに、これを見られて言い逃れはできないか」


 レイモンド様は手にしていた薔薇の花束を、テーブルの上にソッと置き、再び公爵様と向き合う。


「僕はマリエーヌを迎えに来たんだ」

「……なんだと?」


 その瞬間、おびただしいほどの冷気が公爵様から漂い出した。思わず身震いしていると、リディアが背後から私の肩へショールをソッと羽織ってくれた。


「兄さんは……世継ぎを作るためだけにマリエーヌと結婚したんだろう? 金の力を利用して」

「……!」

「更には、マリエーヌの実家に多額の金を支給する事で、彼女の逃げ場を失わせていたのだろう? 外出する事も許さず、マリエーヌをここへ閉じ込め、自分の都合良く利用するために」

「……」


 挑発的な口調で言葉を連ねるレイモンド様に、公爵様は何の反論もせずに押し黙っている。

 ただ、その両手は固く握りしめられ、僅かに震えている。まるで何かに耐えるように。


「何の反論も無しか? そうだろうな……反論の余地もないだろう。全て事実なのだから。……それなのに、今更愛妻家を装うなんて、一体なにを企んでいるんだ?」

「……企みなどない。僕がマリエーヌを愛しているのは、紛れもない事実だ」

「はっ……あくまでも白を切るんだな! だが、今更になって彼女を愛する姿を見せたところで、これまでの事が全て許されるとでも思っているのか⁉ 兄さんの態度が、今までどれだけ彼女を傷付けてきたのか分かっているのか⁉ 誰からも歓迎されず、孤独な日々の中で、一人で過ごす彼女が一体どれほど辛い思いをしてきたのかを!」


 レイモンド様は声を張り上げ言い放つと、はぁ……と物哀しげに小さく息を吐いた。


「こんな事を言ったところで、兄さんには到底理解できないだろうけどな……」

「……」


 公爵様は何も言わない。

 だけど、その哀愁漂う後ろ姿を見ていると、息が詰まりそうになる。


 確かにレイモンド様の言い分もよく分かる。

 それが私のためを思っての発言である事も……。

 だけど、レイモンド様は分かっていない。

 前まで私に冷たい態度をとっていた事を、公爵様は自分の罪として受け入れ、今も後悔に苦しみ自身を責め続けている事に。


 ――誰から言われるまでもなく、それを一番気にしているのは公爵様なのに……そんな言い方をされたら、何も言えないに決まっている。


 公爵様に代わって反論する言葉を探すけれど、それよりも早くレイモンド様がボソリと呟いた。


「――本当に、何も反論しないんだな」


 しばし沈黙の時が流れると、公爵様が憂いを含んだ声で話し始めた。


「ああ、そうだな。レイモンド……お前の言っている事は正しい。僕がどれだけ変わろうとも、僕がマリエーヌを傷付け、苦しめてきたという事実は変わらない。こんな事で許されるとも思ってはいない。だが――」


 公爵様の声が途切れ、その体はこちらへ向けられた。

 ようやく正面から向き合えたけれど、切なく笑うその姿に胸が締め付けられた。

 すると公爵様は私にソッと手を差し伸べてきたので、私は迷いなく自らの手をそれに重ねる。

 そのままゆっくりと引き寄せられて優しく抱きしめられた。


「僕は心からマリエーヌを愛している。マリエーヌさえいれば、僕は他に何も望まない」

「……!」


 堂々と告げられたその言葉に、足の感覚が分からなくなった。

 抱きしめられていなかったら膝から崩れ落ちていたかもしれない。


 そんな私たちを見て少しだけ唖然としたレイモンド様は、自分の口元に手を当てて呟いた。


「驚いたな……。噂は本当だったのか。兄さんが変わったという……」


 ――! レイモンド様……知っていたの?

 という事は、わざと挑発的な事を言って公爵様の反応を見ていたと……?


 これにはさすがに私も少しムッとしてしまう。


 レイモンド様は何も悪びれる様子もなく、腕を組み小さく息を吐き出した。


「兄さんの噂は僕の所まで届いていた。妻に向けて連日、馬車から溢れるほどのプレゼントを贈るようになり、人々の生活にも気を遣い大事にするようになったと……。とても信じられなかった。どうせ兄さんが世論操作のために、わざとそんな(デマ)を流しているのだろうと。だが……確かに、公爵領の雰囲気はずいぶんと変わっていた。街は活気に満ち溢れ、領民も生き生きとしていた。そのうちの何人かに直接話を聞いてみたが、兄さんの評判も上々だった。それに……耳を疑う話も聞いた。兄さんが……マリエーヌを抱き抱えて嬉しそうに街中を歩いていたと」

「……っ‼」


 唐突にそんな発言が飛び出したので、思わず吹き出しそうになった。


 ――それは……初デートの時の話だわ!

 まさかこの流れでそんな話が飛び出すなんて……さすがに恥ずかしすぎる……!


 再び、リディアとアイシャからの生温かい視線が背後からチクチクと刺さり始める。

 彼女たちが今どんな表情を浮かべているかは、あえて確認しないでおく。


「だが、それを聞いた時、疑問に思った。たとえ演技なのだとしても、あの兄さんがそこまでするはずがない。不用意に人に触れるのも嫌がる人間だったし、媚びを売るのも毛嫌いしていた。そんな兄さんが誰かに物を贈ったり、抱き抱えたり笑顔を向けるなんて有り得ない。だから僕は、ある結論を導き出したんだ」

「……結論?」


 思わず聞き返してしまうと、レイモンド様は気遣うような視線を私に向けた。


「ああ。もしかしたら、マリエーヌにとっては酷な話になるかもしれない……」

「え……? それは……どういう意味でしょうか……?」


 私が訊ねると、レイモンド様は気まずそうに視線を伏せるも、すぐにキリッと表情を引き締めた。


「マリエーヌ。下手にうやむやにするよりも、君にはハッキリと伝えた方が良いだろう」


 そう告げて私を真っすぐ見つめる真紅の瞳。

 レイモンド様は何を言おうとしているのだろうと、ゴクリと固唾を呑んで言葉を待った。

 その口がゆっくりと開かれ――。


「今の兄さんは恐らく――二重人格を発症している」

「「……」」


 堂々と告げられたレイモンド様の言葉に、誰もが口を閉ざし沈黙した。



沈黙する皆の心の声=サブタイトル


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― 新着の感想 ―
[良い点] レイモンドさま。。。かわいいですねww 思わず笑ってしまいました。
[気になる点] レイモンド様は思い込んだら真っ直ぐなタイプかな? なんとなくそうだと、兄弟だなと思う。 兄さんも思ったら真っ直ぐだしね(笑) [一言] 一人恥ずかしさにふるえるマリエーヌさん!
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