02.侍女とのお茶会
陽気な日差しが降り注ぐ公爵邸の中庭。
彩り豊かな花々には甘い蜜を求めて羽ばたく蝶が集まっている。
展望用の小屋の中で、私とリディアは丸テーブルを囲んで座ると、目の前でアイシャがお茶を入れる様子を興味深く眺めていた。
いつもなら、この時間は公爵様と食後の散歩を楽しんでいる。
だけど、今日は二階の書庫で急ぎの作業があるらしく、公爵様は私との昼食を終えると、待ち伏せていたジェイクさんに急かされながら渋々と去って行った。
私が自室へ戻ると、ちょうどリディアがお部屋の掃除をしているところで。
邪魔になってはいけないと、静かに部屋を出ようとした私を、リディアが呼び止めた。
事の経緯を説明すると、「それでは、せっかくの天気ですし、たまには中庭で食後のティータイムなんてどうですか?」と、提案をしてくれたので、有難くそれに応じた。
手早く掃除を終えたリディアは、お茶に精通しているアイシャも連れて来てくれたので、三人で中庭へと向い、今に至る。
アイシャの故郷は茶葉の生産地としても有名で、アイシャ自身も幼い頃からお茶と慣れ親しんだ生活を送っていたらしい。
聞いた話によると、地元の茶葉だけでは飽き足らず、あらゆる地域の茶葉を集めては飲み比べをするほどお茶が好きらしく。
お茶の入れ方もよく知っていて、アイシャが入れてくれるお茶は魔法がかかったかのように一際美味しくなる。
もちろん、リディアが入れてくれるお茶もとても美味しいのだけど、それとはまた別次元にも感じられて。
同じ茶葉を使っているのに、入れ方の違いでこんなにも香りや味が変わるのかと、初めて口にした時は衝撃的だった。
「お待たせ致しました」
お茶の入ったティーカップが乗ったソーサーを、アイシャが両手で丁寧に持ち、私の目の前のテーブルの上にソッと置いた。
同じようにリディアの前。そして自分が座る席の前へ置き、おずおずと椅子に腰掛けた。
本来ならば、侍女が自分の仕える主人と同じテーブルでティータイムを楽しむ……なんて事はないらしく、傍から見たら異様な光景に見えるかもしれない。
だけど、私はそんな主従関係を重んじるよりも、どちらかというと友人に近い形で接してほしいと思っている。
当然、それはお互いの立場上とても難しい話ではあるけれど、たまにはこういう時間があっても良いと思い、私から彼女たちにお願いした。
リディアはそれに快く応じてくれたけれど、アイシャは根が真面目なのもあってか承諾はしてくれたものの、体がカチンコチンに固まってしまうほど緊張している。
「アイシャ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ? 私からお願いした事だから」
「は……はい! マリエーヌ様と同じテーブルでお茶をいただけるだなんて……光栄の極みでございます!」
「ふふっ……私もアイシャとお茶を飲めるなんて嬉しいわ」
「……! あ……有難き幸せでございます!」
声高らかにお礼を告げると同時に、アイシャは座ったまま勢いよく頭を下げた。
危うく、ティーカップに顔をツッコみそうになったので、思わずドキッとしてしまった。
怪我をしなくて良かった……と胸を撫でおろし、私はティーカップの取っ手を摘まんで口元まで持ち上げた。
ふわっと甘い香りが立ち上り、期待に口が綻ぶ。
そのお茶を一口、二口と口に含めば、コクのある深い味わい、ほのかな渋みが口の中に広がっていく。
「美味しい……。やっぱりアイシャが入れてくれるお茶は格別ね」
「あ……ありがとうございます!」
嬉しそうに頬を赤らめ、アイシャは顔を綻ばせる。
一方で、リディアは眉を顰めてカップの中身に視線を落としている。
何か物言いたげな口が、間もなく開かれた。
「確かに美味しくはあるのですが……私にはちょっと渋みが強いかもしれないですね」
「あ……それでしたら、ミルクを少し入れましょうか? このお茶はミルクとも相性が良いので、飲みやすくなると思います」
そう言って、アイシャはミルクの入った小ぶりのピッチャーを手に取り、リディアが持っているカップの中へ少しだけ注いだ。
それを軽くスプーンでかき混ぜると、再び口にしたリディアはご満悦な様子で口元をにんまりとさせた。
「さすがアイシャ。お茶の申し子と呼ぶに相応しいお手前です」
その口調がとても上からのようにも思えるけれど、アイシャはそんなリディアの言葉にも素直に喜んでいる。
仲良さそうな二人の姿を見て、こちらもほんわかと温かい気持ちになった。
「ふふ……本当にそう思うわ。アイシャの入れたお茶を、ぜひ公爵様にも飲んで頂きたいわ」
「え……公爵様に……ですか……?」
ギクリ……という音が聞こえてきそうなほど、アイシャが狼狽えていると、リディアが横から口を挟んだ。
「マリエーヌ様。それはやめておいた方が良ろしいかと……アイシャはプレッシャーに大変弱いので、その日を想像して眠れなくなってしまいます。それでまた粗相をしてしまっては、今度こそ解雇は免れないですから」
「う……うう……!」
リディアの言葉に、アイシャはみぞおちを抑えて苦しそうに顔を歪めた。
「ほら見てください。さっそくアイシャの胃痛が始まりました」
――私にはリディアがプレッシャーをかけているようにしか見えないのだけど……。
そんなやり取りを微笑ましく見ていると、背後から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「マリエーヌ」
優しく囁くように名前を呼ばれて、胸が高鳴る。
だけど、少しだけ違和感を覚えた。声は同じだけど、何か違うような……?
怪訝に思いながらも振り返ると――。
「……あ!」
思わず声が先走り、咄嗟に私は椅子から立ち上がった。
ライトグレーのスーツ姿の上から、裾の長いロングコートを肩に掛けるようにして羽織り、柔らかい笑みを浮かべて佇んでいる男性。
公爵様の実の弟――レイモンド様だった。




