01.君が知らない花の名前 ※公爵視点
※3章が始まる直前のエピソードです。
(マリエーヌが記憶を取り戻す前)
このお話だけ公爵視点となります。
「マリエーヌ」
季節は秋を迎え、どこまでも澄み渡った青空の下。
今日も僕は、この世で最も愛してやまない女性の名前を呼び掛ける。
僕が手を差し伸べると、公爵邸から出て来たマリエーヌは嬉しそうに頬をほのかに赤らめながら僕の手を取った。
彼女の透き通るような白い手からは、春の陽気にも似た心地良い温もりが伝わってくる。
ただそれだけで、僕の胸の内は燃えるほどに熱くなり、満たされた気持ちで一杯になっていく。
互いの指先を絡め、手を繋いだ僕たちはいつものように中庭へと向かった。
中庭には今までに見た事のない花々も芽吹き始めている。
あの時、マリエーヌと過ごす事が叶わなかった時を、今こうして共に過ごせる奇跡――二人並んで歩ける幸福に感動し、心が震える。
――僕のまだ知らない花の名前を、またマリエーヌに教えてもらおう。
そう思った矢先、群青色の花びらを開花させた名の知らない花を見つけた。
「マリエーヌ。あの花は何という名前なのだろうか」
「え?」
マリエーヌは目を見開きキョトンとすると、新緑色の瞳を僕の指さす花へと向けた。しばらくその花をジッと見つめ、小首を傾げて艶のある唇を開いた。
「えっと……ごめんなさい。私もこのお花の名前はよく分からないです」
「そうか。君にも分からない花の名があるんだな」
するとマリエーヌは少し恥ずかしそうに笑った。
「実は……お花は好きなのですが、名前を覚えるのが苦手なのであまり詳しくはないのです。この中庭に咲いているお花の名前も、公爵様に教えて頂いて初めて知った物ばかりですし」
「……え?」
今度は僕が呆気に取られてしまった。
――そんなはずはない。だって僕が知っている花の名前は、全てマリエーヌから教えてもらったのだから……。
あの時のマリエーヌが、一つ一つ丁寧に教えてくれたからで――。
だが、その疑問の答えはすぐに分かった。
――ああ……そうだったのか……。
あの時のマリエーヌは……僕のために花の名前を憶えてくれたんだ。
公爵邸の二階にある書庫は、誰でも自由に出入りができる。
そこには母親が趣味で集めていた花の図鑑も多く収められている。
彼女はきっとそれを見て、花の名前を調べてくれたのだろう。
覚えるのが苦手だというのに、僕が少しでも中庭の散歩を楽しめるように……僕と話が沢山できるようにと……。
新たに知った真実に、目の前にいるマリエーヌへの愛しさが膨れ上がる。
――マリエーヌ。僕のために、ありがとう。
言葉にして伝えたいその想いを飲み込み、心の中で口にする。
あの時の事を覚えていない君にそれを伝えても、きっと困らせてしまうだろうから。
「では、僕が調べておこう。また君に教えられるように」
「ありがとうございます。公爵様」
お礼を告げて笑顔を咲かせたマリエーヌは、やはりこの世で最も美しい。
また君に返せるものが一つ増えた。
それだけでも、今の僕には嬉しくて堪らない。
君が僕のためにしてくれたように、これからは僕が、君に花の名前を教えてあげよう。
君も僕もまだ知らない花々は、この先に続く未来に多く開花するのだろうから。
読んでいただきありがとうございます!
新エピソードは毎週水曜18時更新予定で連載致します。
5月上旬に完結予定です。
お付き合い頂けますと嬉しいです!




