07.あなた誰ですか? ※補佐官ジェイク視点
新キャラ宜しくお願いしますm(_ _)m
私の名はジェイク。三十六歳。
公爵様の元で補佐官として六年間、身を粉にして働いてきた。
その公爵様が先日、原因不明の高熱で倒れた為、私が公爵様の代理として各地を駆けずり回っていた。
へとへとに疲れ果て、一週間ぶりに帰還した公爵邸は、まるで違う場所へ帰って来てしまったのかと錯覚する程様変わりしていた。
使用人の大半が知らない顔になっていたが、常に重々しい雰囲気を漂わせていた屋敷の中は、明るく朗らかな空気で満たされている様だった。
とりあえず見知った使用人に事の経緯を聞いたのだが、耳を疑う様な事を言っていたので事実を確認すべく、公爵様がいると言う中庭へと向かった。
そこで私が目にした信じがたい光景……それは――。
「マリエーヌ、今日も綺麗だな。昨日の君も綺麗だったが、今日の君はもっと綺麗だ。ちなみに夢の中に出てきた君も綺麗だったよ」
「……ありがとうございます」
「でもどうか夢の中の君に嫉妬しないでほしい。僕が本当に愛してるのは、今目の前にいる君だけだから」
「あ……はい、それは大丈夫です」
「そうか……まだ嫉妬はしてくれないか……それにしてもマリエーヌ、どうして君はそんなに魅力的なのだろうか」
「え……そんな事は……公爵様の方がずっと魅力的だと思いますけど」
「本当か? それはマリエーヌも僕の事を好きでいてくれてると思ってもいいのか?」
公爵様がテーブルを挟んで向かい合わせになって座っているマリエーヌ様に、今まで見た事も無い笑顔で口説き続ける姿だった。
「え……えっと……それは……あ! 公爵様! ジェイクさんが戻られましたよ!」
出張の疲れも忘れて目を丸くしていた私に気付いたマリエーヌ様が、私の存在を公爵様に教えてくれた。
私の方へ顔を向けた公爵様は、少し驚いた様に目を見開いていた。
「ジェイクじゃないか! 久しいな!」
久しい……?
まあ、一週間ぶりではありますが……。
お久しぶりですというよりも、「初めまして。あなた誰ですか?」と問いたい。
公爵様の隣に座るマリエーヌ様が、私に向けて少し気まずそうな笑みを浮かべてペコリと頭を下げてきたので、私も反射的に頭を下げた。
とりあえず公爵様の前までそろりそろりと歩み寄り、
「公爵様……えっと……とりあえず、執務室の方で報告をしたいのですが」
そう耳打ちをすると、公爵様は笑顔を引っ込め真剣な眼差しへと変わった。
さすが公爵様。仕事の話になると切り替わりが早い。
「いや、それは後にしよう。今はマリエーヌとお茶をする時間の方が大事だ」
「……はい?」
仕事人間の公爵様が、仕事よりもマリエーヌ様との時間を優先する……だと……?
「そんな事よりもお前は昼食を済ませたのか? まだなら今のうちに済ませて来い。仕事の話はその後にしよう」
公爵様が……私の食事の心配を……!?
これまで私の食事時間など気にした事もなく、一日中飲まず食わずで働かせていた日もあったというのに!?
「はあ……それでよろしいのであれば……。では、私も昼食を頂いてから、執務室の方で報告書を作成致しますので、マリエーヌ様との時間が終わったら公爵様もいらしてください」
「ああ、分かった」
公爵様の意外すぎる気遣いに、気が抜けたのか今度は一気に疲れが襲ってきた。
体をふらふらと左右に揺らしながら、私はその場から離れた。
公爵様がマリエーヌ様へ贈る熱烈な愛の言葉を背中に受けながら。
どうやら使用人から聞いた話は本当の様だ。
公爵様が別人の様になってマリエーヌ様を溺愛し始めたと……。
だが、あんなに存在を無視し続けていたマリエーヌ様の事を、何故急に愛する様になったのだろうか……?
まあいい。
とりあえずは朝食も抜いて急いで帰ってきたから腹が減っている。
せっかく公爵様の計らいがあったのだから、昼食を食べるとしよう。
そうだ。これを機会に私にも優しくしてくれるかもしれないじゃないか。
最高だなそれ。
そんな脳天気な事を考えながら、私は鼻歌交じりに使用人用の食堂へと足を運んだ。
そして昼食を終えた私は執務室に入り、雪崩を起こしている様な仕事の書類の山と、公爵様の机の上に散乱している『女性を口説く方法』『女性が喜ぶ言葉』などと表紙に書かれた数々の書籍を目撃して白目を剥いて倒れた。
結局その日、公爵様が執務室へとやって来たのは、マリエーヌ様との夕食を終えた後だった――。
私がこの公爵邸で働き始めたのは十年前の事。
当時は帝国騎士団に所属する騎士として、この国を守る為に戦地を駆け回っていたのだが、先代の公爵様に見初められ、護衛として雇われた。
そのうち、執務の方にも関わる様になり、補佐官という重要な役割を担う事になった。
だが六年前、先代の公爵様と奥様が不慮の事故で亡くなり、二十二歳という若さでアレクシア様は公爵の爵位を引き継いだ。
「お前の名前に興味など無い。僕が知りたいのは、お前が役に立つのか立たないのかだけだ」
公爵様に仕える補佐官として、改めて挨拶をした時に返って来た言葉がそれだった。
第一印象は、なんだこのクソガキは。
それまでも何度か屋敷内で顔を合わせた事はあったが、こちらが挨拶しても返事が返ってくる事はなかった。
部屋に閉じこもり、食事も一人で済ませ、他者はもちろん、家族とも関わりを持とうとしなかった。
私が知る公爵様は笑う事もなく、怒る事もなく、冷たい表情を貼り付けた無機質な人形の様にも見えた。
その若さ故か、爵位を引き継いだ公爵様を手玉に取ろうと各方面からあくどい貴族達が次々と近寄って来た。
だが、公爵様は領内を占める上流貴族達の情報を全て網羅しており、彼らの持つ弱みに付け込み、逆に掌握してしまったのだ。
一人閉じこもっていた部屋の中では、目まぐるしく変化する領内の情報に目を光らせながら、領地経営学、投資学等、あらゆる方面に関する膨大な量の知識を独学で学んでいたらしい。
公爵様の手腕により税収は増え、公爵家の財産は潤い、それをまた投資に回す事で領内は大きく繁栄していった。
だが、領民に課す税が増えた事により、領内に留まれなくなり去って行った領民達も少なくはない。
謀反を企てようとする者達は武力で弾圧し、その首謀者は公爵様自らが首を刎ねた。
公爵様のやり方は、決して領民を思いやる様なものではなく、まるでボードゲーム上の駒を動かすかの様に、利用できる者は利用し使えない者は切り捨てていった。
それは私も例外ではないだろうと、いつも思っていた。
それなのに――誰だあれは。
一体公爵様に何があったのか、誰か詳しく説明してくれないだろうか。
読んで頂きありがとうございます!
ジェイクの苦難は続きます……。