表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/188

01.二度目の目覚め

※公爵様が過去に戻り、マリエーヌと再会を果たした日の夜からのお話です。

(『03.一時の夢』でマリエーヌが眠った後)


 ――マリエーヌ……。


 僕の目の前に横たわるのは、既に事切れている彼女の姿。


 床に倒れ伏し、涙で歪む視界の中。

 彼女へ向けて手を伸ばす。

 すぐ目の前……手を伸ばせば簡単に届く場所に居るのに。


 僕の手は彼女に届かない。……届くはずがない。

 僕の体は、もうずっと前から動かないのだから――。


 ――すまない……マリエーヌ……。


 君を傷付けた、愚かな自分の数々を。

 君を守れなかった、無力な自分の不甲斐なさを。

 僕のせいで、君が殺されてしまった事を。


 ――本当に……すまなかった……。


 言葉にする事の出来ない謝罪を、頭の中でただただ繰り返した。


 そしてもう一度、動かない自分の手に力を入れる。

 今にも消えてしまいそうな彼女へ向けて――。


 ――最後に……一度だけでいいから、その手に触れたい……。


 優しい温もりを宿す彼女の手が、僕は好きだった。

 その手に触れられるたび、自分は大事にされているのだと……胸の奥が熱く疼いた。


 今となっては、その手からはもう、以前の様な温もりは感じられないのかもしれない。

 それでも……僕はひたすらに手を伸ばす。

 彼女だけを求めて――。



 ――――その時。


 動かなかった僕の手が――。


 ゆっくりと動き始め……。


 彼女の手を、しっかりと掴んだ。


 その手は確かに……温かかった――。





「――っはぁ!!」


 大きく息を呑み込み、目を覚ましたその先に彼女――マリエーヌの姿はなかった。


 薄暗い部屋の中、先程まで硬い床に倒れていたはずの僕の体は、今は馴染みのある自室のベッド上にある。


 ――夢……? だったのか……?


「マリエーヌ……」


 ――!? 声が……出る!?


 自分の口から発せられた声に酷く動揺する。そしてその名前にも。

 咄嗟に起き上がり……思いのままに動く自分の体に首を傾げた。

 自らの手を目の前まで持ち上げ、握ったり開いたりを繰り返す。


 ――体が……なぜ動くんだ……?


 ……いや……そうだ……。

 あの時、死んだはずだった僕はここで目覚めて……酷い頭痛があって……体がやたらと熱くて……。


 気付けば、着ている寝間着は汗でぐっしょりと濡れている。

 だが、おかげで熱は下がったようだ。

 酷かった頭痛も嘘の様に引いている。体も段違いに軽い。


 小さく息を吐き、混在する記憶を一つ一つ整理していく。


 かつて事故に遭い、体が動かなくなった事。

 マリエーヌと出会い、心身共に彼女によって救われた事。

 彼女からの愛を受け取り……僕もまた、彼女を愛した事。

 

 その彼女は、僕のせいで殺され……。

 僕もまた、命を落とし――。


 過去(ここ)に戻ってきた。


 そして目覚めた僕は、もう一度マリエーヌと出会った。


 今度こそ、はっきりと思い出した。


 ――そうだ……。さっきまで……マリエーヌはここに居た。


 彼女の温もり……手の感触が、今もこの手に残っている。

 少し戸惑う様な表情で、僕の手を優しく握り返してくれた事も覚えている。


 だが、肝心のマリエーヌがここには居ない。


 彼女がいた時はまだ日が昇って間もなかった。

 だが、今はすっかり夜が更けてしまっている。

 一体どれだけ長い時間、僕は眠っていたのだろうか。


 ――マリエーヌに会いたい……。


 ベッドから立ち上がり、地に足を着けて立ち上がった。

 一歩一歩、床の感触を確かめながら歩いていく。


 ――本当に……歩けるんだな。


 未だに信じられない。

 夢でも見ている様だ。

 

 ――いや、夢でも何でもいい。


 もう一度、マリエーヌに会えるなら……。


 ただ、熱く滾るその思いを胸に、僕は歩く足を速めた。

 

 部屋を出ると、廊下がずっと続いている。

 マリエーヌの部屋はこのまま真っすぐ進んだ先にある。

 今日ばかりはこの屋敷の広さが恨めしい。


 だが……今までの僕は、彼女が会いに来てくれるのをベッドの上で待っている事しか出来なかった。

 それが今は……自らの足で、愛する彼女の元へと会いに行ける。

 

 ただそれだけの事が、嬉しくて堪らない。


 ――マリエーヌ……会いたい……。

 早く会いたい……!

 早く……早く……!


 気付けば廊下を走り、彼女の部屋へと急いていた。





 マリエーヌの部屋の前に来た瞬間、勢いのまま扉を開けようとして、ギリギリのところで踏みとどまった。

 時間を確認していなかったが、辺りの静けさから察するに、今は皆が寝静まっている時間だろう。

 恐らく、マリエーヌも部屋の中で眠っているはず。


 それでも、一目だけ……本当に彼女がここに居る事を確認したい。


 ドアノブに手をかけ、音を立てない様にゆっくりと扉を開けた。


 その瞬間、開いたドアの隙間から、あの甘い柑橘系の香りが鼻をかすめた。

 じわり……と視界が滲む。

 胸の奥底から熱く込み上げる何かを、僕は必死に押し留めた。


 ――マリエーヌがここに居る。


 そう確信した。

 

 静かに部屋の中へと入り、慎重に扉を閉める。

 窓から差し込む月明かりを頼りに、ベッドの方へと進んだ。


 そのベッドの上に……彼女は居た。


 ――マリエーヌだ……本当に……もう一度会えたんだ……。


 再び視界が歪む。

 彼女の姿を見ていたいのに、涙が溢れて止まらない。

 

 瞳を閉じ、静かに呼吸を繰り返す彼女の姿は……。


 どこか幸せそうな笑みを浮かべていた――。


読んで頂きありがとうございます!


公爵様の目覚めから一週間のお話を、公爵様視点の外伝として連載開始します。

ただ、今までの様に毎日更新は難しく、不定期での連載とさせて頂きます。

一つのエピソードが複数話に渡る場合は、今回の様に連日更新する事もあります。


時間は遡りますが、語られなかった二人のお話も楽しんで頂けると嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 再開嬉しいです!楽しみに読ませて頂きます。
[一言] 再開 嬉しいかぎりでございます ( ノ^ω^)ノ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ