66.エピローグ
カラカラカラカラ……。
公爵邸の中庭の通路を、車椅子の車輪が回る音が響き渡る。
生い茂る木々や草花が、風になびかれてザァザァと揺れる。
綺麗に並べられている花壇には、彩り豊かな花々が咲き誇っている。
遠い昔、二人で散歩していた時と変わらない景色が、今も目の前に広がっている。
変わった事と言えば……私達がとても年老いたという事だろうか――。
「おじーちゃーん! おばーちゃーん!」
背後から、元気の良い男の子の声が聞こえてきて、私が座っている車椅子がくるりと後ろへ方向転換した。
その先には――今日で十歳になる孫のマルクが、嬉しそうにこちらへ走って来ていた。
私の前までやって来たマルクに笑いかけ、声を掛けた。
「マルク、久しぶりね。お誕生日おめでとう。マルクももう十になるのね……時が過ぎるのは本当に早いわね」
「ありがとう! おばあちゃん! あ、おじいちゃん、僕がおばあちゃんの車椅子押すよ!」
「駄目だ。これは僕の役目だからな。ここは絶対に譲らん」
年甲斐にも無く、全く譲る気の無いアレクシア様の声が聞こえて、くすりと笑ってしまう。
「もう! おじいちゃんのケチ! 分からずや!」
「そんな事よりも、お前は今日の主役だろう。皆が探すから早く戻っておけ。僕達も、もう少ししたらそちらへ向かう」
「はぁーい。おばあちゃん、また後でね!」
「ええ、マルク。また後で会いましょう」
口を尖らせたかと思えばころりと表情を変えて、無邪気に笑うマルクは手を振りながら来た道を戻っていく。
「ふふ……相変わらず頑固ですね。貴方もいい年なのだから、無理しないで下さいよ」
「無理などしていない。僕はこの先、十年も二十年も、この役割を譲る気はない」
「まあ……随分と長生きするおつもりなのですね」
「ああ、君がここに居る限りは、この生にしがみ付いてみせよう」
アレクシア様ももう七十歳。今はもう、公爵様では無くなった。
爵位を息子に譲り、公爵邸を後にした私達は、今は首都から離れた遠い地で暮らしている。
今日、この公爵邸へ訪れたのも、マルクの十歳のお誕生日をお祝いするため。
私は一年前に、自分の不注意で足を痛めてしまい、車椅子生活を送るようになった。
だけど、アレクシア様が……あの時、誓ってくれた通り、私の足となって何処へでも連れて行ってくれている。
それどころか、前よりも一緒に居る時間がずっと長くなった。
それまでも、十分すぎるくらい一緒に居たのだけど――。
カラカラカラカラ……。
再び車椅子が動き出し、展望用の小屋の屋根の下へと入ると、公爵様が車椅子のブレーキを掛けた。
私の隣に来た公爵様は、私と視線を合わせる様に、ゆっくりとしゃがんだ。
車椅子の手すりに乗せている私の手の上に、すっかりしわくちゃになった公爵様の手が重ねられた。
あの時から変わり果てたその手から、今も変わらない公爵様の手の温もりが伝わってくる。
胸に熱く込み上げてくる想い――それを私は口にする。
「アレクシア様……愛しています」
「ああ、マリエーヌ。僕も愛しているよ」
今も変わらない愛の言葉を交わし、私達は口付けをする。
私達は、ずっと長い年月を一緒に生きてきた――。
それはもう……とても幸せな時間を過ごしてきた。
こうして私達が共に過ごせている事は、奇跡以外のなにものでも無い。
だけど――必ずいつか、別れはやって来る。
だからこそ――これからも私達は、互いの愛を伝え合い、確かめ合っていくだろう。
死が、二人を分かつまで――。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
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皆様のおかげで最後まで書き上げる事が出来ました。
本当にありがとうございました。
本編はこれで完結となりますが、番外編を時々、更新する予定です。
それではまた、お会い出来る日を楽しみにしています。
二人の物語を最後まで見届けていただき、本当にありがとうございました。




