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63.マリエーヌの誕生日

 私が記憶を取り戻してからも、公爵様はこれまでと変わらず、私に毎日愛を囁き続けている。

 変わった事と言えば、私もその言葉に対して、「私も、愛しています」と答える様になった事。

 それまでの私は、公爵様の愛の囁きに、恥ずかしくて顔を赤く染めるだけだった。


 だけど、お互いの想いを言葉で伝え合える事が、どれだけの奇跡が重なって成り立っているのかを、私達はよく知っている。

 きっとこの先もずっと、私達はお互いの気持ちを確認し合うためにも、伝え合っていくのだろう。


「マリエーヌ様。準備が出来ましたよ」


 物思いにふけていると、私の身支度を終えたリディアが声を掛けてきた。


 私は目の前に置かれている姿見鏡で、自分の姿を確認する。

 全体的に淡いピンク色を基調としたドレスのスカート部分には、繊細なデザインのレースが施されている。

 首元には、公爵様から贈られたフラワーアレンジメントに仕込まれていたルビーを加工し、ネックレスにしてもらった物を身に着けている。


 いつもよりも華やかな姿に仕上げて貰った私は、今から公爵様と繁華街に行ってデートをする予定になっている。

 というのも、今日は私が二十三になる誕生日。

 公爵様の誕生日からちょうど一ヶ月が経ち、公爵様の誕生日をやり直す前に、私の誕生日が先に来てしまったのだ。


 前回の教訓を生かして、ここ数日しっかりと睡眠を取った私の体調はとても良い。

 今日は最後まで公爵様との街デートを楽しめると思うと、ワクワクが止まらない。


「マリエーヌ様。口元がにやけてますよ」

「あ……」


 リディアに言われて我に返った私は、目の前の姿見鏡の中で口元がふにゃっと笑う私と目が合った。


 ……本当ね。とても嬉しそうだわ。


「いいんですけどね。マリエーヌ様の幸せが私の幸せですから。いくらこれまで何百回も愛の言葉を交わし合ってきた二人が、たかが街デートではしゃぎまくろうが、ちちくりあおうが、私はマリエーヌ様が幸せなら本当にいいんですよ」

「そ……そう。ありがとう」


 ……ちちくりあうって何かしら。


「さあ、マリエーヌ様。公爵様がお待ちですよ」


 キリッと顔つきを変えて仕事の表情になったリディアは、私の部屋の扉を開けた。


「ええ、行ってくるわね」


 リディアに見送られて部屋を出ると、正装に身を包んだ公爵様が出迎えた。

 ネクタイを整える右手の中指には、見覚えのある赤い宝石が埋め込まれたシルバーの指輪が輝いている。

 公爵様は私と目が合うなり、その宝石以上の輝きを瞳に灯し、喜びに満ち溢れた表情を浮かべた。


「マリエーヌ! 今日の君はいつも以上に素敵だな……いや、いつも以上というのは語弊があるな。いつもの君も十分過ぎるくらい素敵だが……今日の君は神がかっている。いや、マリエーヌはいつだって神なのだが――」

「公爵様、言いたい事はもう十分過ぎるくらい伝わったので大丈夫です」


 公爵様の言葉は嬉しいけれど、きっとこのままではいつまで経っても出発出来ないと判断して、私はニッコリと笑って声を掛けた。


 それに、私の部屋から見送っているリディアの視線がなんだか痛い。


 私は公爵様の手に指を絡め、


「行きましょうか、公爵様」

「ああ、行こうか。マリエーヌ」


 顔を見合わせて声を掛け合い、私達は手を繋いで真っすぐ歩き出した。





 今日の目的地は繁華街以外にもあるらしくて、どうやら少し遠出をするらしい。

 馬車が苦手な公爵様は、馬を手配していたようだけど、その馬が雄である事が不満だったらしく、「マリエーヌをどこの馬の骨かも分からん男に触れさせる事など出来るものか! 今すぐ別の牝馬を連れてくるんだ!」と抗議し始める中、その事を事前に予測していたジェイクさんが別の牝馬を連れてやって来たので、事態はすぐに収拾した。


 そんなトラブルがありつつも、公爵様に手を引かれて私が馬に乗ると、後ろに座る公爵様が私を抱く様に手綱を手にして、屋敷を出発した。


 公爵様と街デートに行くのはこれでまだ三回目。

 多忙を極める公爵様と外へ出掛けるのは難しい。

 それでも時々、公爵様から街デートに誘われる事があるのだけど、決まってその背後に潜むジェイクさんが、血眼になりながらドス黒いオーラを放って見つめてくるので、丁寧にお断りさせて頂いた。


 オーラって本当にあるのね。と、初めて見た時は感心した。


「あ! マリエーヌ様だ!」

「本当だ! マリエーヌ様! こんにちは!」

「公爵様とマリエーヌ様がいらっしゃるぞ!」


 私達の姿に気付いた人達が、こちらを見て声を掛け合っている。

 ゾロゾロと人が集まり、いつの間にか注目を浴び始めている状態に、少し恥ずかしくなりながらも笑顔で応えた。


「マリエーヌ様が笑ってくれた!」

「マリエーヌ様ぁぁ!」


 …………?

 そんな人々の様子に、なんだか違和感を感じずにはいられない。


「あの……公爵様?」

「なんだ? マリエーヌ」

「さっきから、皆さん私の事ばかり注目してませんか……? 私が自意識過剰なのでしょうか?」

「ああ、その事なら、実際に見てもらった方が良いかもしれない」

「え…………?」


 見てもらう……? それってどういう意味――。


 公爵様のその言葉に、一瞬だけ嫌な予感が過ったのだけど、その予感を振り払う様に首を振った。


 ……そんな筈はないわ。……多分。





 結果的に、その嫌な予感が的中した。


 公爵様から連れてこられた街の中心部にある噴水の中央に、それはあった。


 公爵邸の中庭にも全く同じ物が存在するので、これがどういう物なのか知っている。


 まさにこれは……この石像は……! 羽を生やした私っぽいやつ!!


「屋敷の使用人達に、中庭のマリエーヌ像に毎日お祈りする事を勧めたところ、皆の調子が良いらしい。体の悪い所が良くなったり、運気が上昇した者もいる。きっとマリエーヌ像の加護によるものなのだろう」

「え……ええ……?」


 ……みんな、そんな事を毎日していたの……?


「だからこの街の中心部に同じ様にマリエーヌ像を建てれば、街全体がマリエーヌ像の加護により守り助けられる事だろうと思ってな」

「…………」


 そういえば、私を見る人達が何人か手を合わせていた気がするけれど……あれは私に直接お祈りをしていたという事……?

 そう思っている傍から、数名の人達が私に向けて手を合わせて拝んでいる。


 ……公爵様。

 本当に私を神にするおつもりですか……?


 恥ずかしさで若干涙目になりながら公爵様に視線を移すと、なんとも清々しく良い顔でマリエーヌ像を見つめている。


 何かを決意する様に小さく頷き、意気揚々と口を開いた。


「この通りもマリエーヌ通りと改名――」

「いえ、それはやめましょう」


 以前、私の石像を作ると言い始めた公爵様に対して、笑ってやり過ごした事を激しく後悔する私は、公爵様の新たな提案を即刻斬り捨てさせて頂いた。



 

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