56.とある男の末路 ※???視点
とある男の断罪。
苦手な方は、このお話は飛ばして頂いて大丈夫ですm(__)m
「はぁっはぁっはぁっ……」
街灯の無い狭い路地裏を、闇夜を照らす月明かりだけを頼りに、俺は一目散に駆け抜けていく。
くそっ! まただ!!
また失敗だ!! 誰なんだよ!? 俺の邪魔をする奴は!!
苛立つ気持ちを何かにぶちまけたいが、今はそんな余裕も無い。
さっきから、俺の後ろを奴が追いかけて来ている。
奇襲は得意だが、真正面からやり合うのは俺の専門外だ。
一度奴を撒いてから仕切り直すしかねえ!
くそが! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ!
成らず者として世間から弾かれた俺は、つるんでいた仲間と共に、殺しを生業として生きてきた。
人を殺すのは初めてでは無かったし、何よりも報酬が破格だった。
それにこの世には、人を殺したい人間が多いらしい。
俺達は次々と舞い込んでくる依頼を引き受け、これまで多くのターゲットを殺してきた。
だがここ数日、殺しが全く上手くいかない。
まるで俺達が殺しに来る事が事前に分かっていたかの様に、いつも直前で邪魔が入る。
次々と仲間は捕まり、殺され、行方を晦まし……気付けば俺一人だけが残されていた。
度重なる失敗に痺れを切らした雇い主から、この仕事が最後のチャンスだと念を押された。
次、失敗すれば、恐らく俺自身が雇い主から消されてしまう。
だから失敗は許されなかった……それなのに……。
深夜、ターゲットが眠る部屋に侵入しようとした矢先、突然奴が俺の前に現れた。
ただならぬ雰囲気を纏うその姿に、危険を察知した俺は依頼を遂行するよりも逃げる事を選んだ。
何処まで逃げたのか分からないが、後ろから迫る気配が消え、ようやく俺は足を止めた。
息を切らせ、ふらつく体を壁に預けて後ろの様子を伺う。
……撒いたか?
視線の先に人の気配が無い事を確認し、再び正面を向き――俺のすぐ目の前に、そいつは居た。
「うわあぁ!?」
飛び退いて距離を取り、腰に帯びていた剣を引き抜き構える。
「何なんだよお前は!?」
頭を覆い尽くす程深く被ったフードのせいでその顔は拝めないが、その体格から察するに、恐らく男だろう。
裏の社会で生きていると、明らかに俺らとレベルが違うヤバい奴と出くわす事がある。
……コイツは間違いなくそのヤバい奴の部類だ。
まともにやり合って敵う相手じゃない。なんとか隙を見て、逃げるしかねえ……!
男は沈黙したまま、俺の方へと一歩……また一歩と歩み寄る。
その動きに合わせて、俺も後ろへ一歩ずつ後ずさる。
だが次の瞬間、男は地を蹴り一瞬で俺との間合いを詰めた。
なっ!? 早っ……!
咄嗟に剣で応戦しようとした矢先、いとも簡単に剣を弾き飛ばされた。
俺の目の先には――フードが外れ、月明かりに照らされた白銀色の髪の隙間から、血の色を連想させる鮮やかな赤色の瞳が覗いている。
俺を真っすぐに捕え、憎悪を感じさせる程の冷たい視線にゾワッと背筋が凍った。
まるで死神を彷彿とさせる様な男の姿を前に、死を覚悟した瞬間、俺の意識は途切れた――。
「…………!?」
目を覚ますと、俺は両手足を鎖で椅子に縛りつけられ、身動きが取れない状態になっていた。
薄暗い空間の中――まだ視界がぼやけてよく見えないが、血の臭いがこの空間に染みついているのがよく分かる。
今の自分の状況とその意味を察し、一瞬で目が冴えた。
まさか……ここは……!?
「目が覚めた様だな」
聞こえてきた声に顔を持ち上げると、自分が座る真正面、少し離れた場所で椅子に座り足を組んでいる男の姿。
その人物は――。
「お……お前は……!? なんでだ……? なんで公爵サマがいるんだよ!」
おいおい。冗談じゃねえぞ!
冷血公爵……血に飢えた殺人鬼……拷問魔……様々な異名を持つこの男は、俺達が最も警戒していた人物だ。
最近はすっかり丸くなったとは聞いていたが、それでも殺しの依頼はこの男と無関係の人物に絞っていたはずだ。
それなのに……いつの間に目を付けられてたんだ!?
「まさか……今までの依頼もお前が邪魔してたのかよ!?」
「ああ、お前の仲間の一人に協力してもらってな。大金をちらつかせたら簡単に情報提供してくれた」
くそ! やっぱり裏切者がいたのかよ!
「でも……なんでだよ! 別に公爵サマの邪魔になる様な仕事はしてなかった筈だ! 俺らの他にも、もっと悪いヤツは一杯いるだろうが! なんで俺達に目を付けた!?」
「……片腕の無い神父は知っているだろう?」
「……!! あ……ああ。一ヶ月程前に……確かに、公爵サマの殺害依頼を持ち掛けてきた。だが、すぐ断ったんだ! そんなヤバい依頼に手を出す筈がないだろ! それにあの神父ともあれ以来会っていない! 本当だ! 信じてくれよ!!」
「ああ、そうだろうな。僕が殺したからな」
「……は?」
殺した……?
自分の殺害依頼を俺らに持ち掛けたから殺したって事か?
それも裏切った奴が言ったのか……?
「そ……それじゃあ、この話はそれで終わりでいいじゃねえか! なんで受けてもいない依頼のせいでこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ!」
「……今回は依頼を引き受けなかったんだな。やはりあの時は、僕の体の状態をある程度知っていて、依頼を引き受けたという事か……」
何だ? 何訳の分かんねえ事ブツブツ言ってやがるんだ!?
「なあ、どうか命だけは助けてくれよ……そうだ! 公爵サマの殺したい奴を代わりに殺してやるよ! むしろ俺を殺し専門で雇ってくれ! 今回みたいに邪魔が入りさえしなければ殺しは確実に遂行する! 公爵サマだって、他に殺したい奴は沢山いるだろ? だから――」
「その必要は無い。僕が殺したいと思うのは、お前で最後だ」
「は……? 俺……? なんでだよ……俺が一体何をしたってんだよ!!」
「しただろう。多くの人間を、殺してきたんだろ?」
「そ……! それは……それならお前も一緒だろ!? 知ってるんだぜ……お前が自分にとって都合の悪い人間に、罪を被せて罰を与えてたって事を! そんな奴が、今さら正義感から俺を殺すってのか!?」
「何を言っているんだ? 人を殺す事が正義なものか。これはただの個人的な感情だ」
「はぁ!? じゃあ尚更意味がわかんねえよ!! 俺がお前に何かしたか!?」
「相変わらずお前はうるさいな。もういいからさっさと始めよう」
呆れた様子でそう言うと、公爵は椅子から立ち上がり、いつの間にか手にしていたナイフを逆手に持ち替えた。
「は……始めるって何をだよ!」
「ゲームと言っていたな。ナイフを順番に突き刺して、なるべく殺さない様にするんだろ? 今すぐにでもお前を殺したいが、ギリギリまで殺さない様に善処しよう」
「な!? なんだよそれ!? 悪趣味すぎだろうが!」
「知らん。お前が考案したゲームだろ」
「はあぁ!? そんなの知らねえよ! さっきから訳わかんねえんだよ!」
目の前の死神はナイフを握る手に力を込め、無表情で俺の前へと歩み寄ってくる。
「やめろ……来るな……やめてくれ……やめろおおおおおおお!!」
いくら体を動かしても、ガチャリガチャリと鎖が擦れ合う音が鳴るだけで、俺の体は全く動かない。
「怖いだろうな。体が全く動かない……目の前の脅威に何の抵抗をする術も持たない、無力な自分は……」
俺のすぐ目の前で足を止めた死神は、瞳を大きく見開き、積年の恨みでもあるかの様な、おびただしい程の殺意を滲ませている。
「やめろ……助けてくれ……」
その手がゆっくりと動き、ナイフを持つ手を頭上にかざした。
なんでだよ……。
俺がお前に……一体何をしたってんだよ……?
程なくして、その刃は俺の体に突き立てられ――地獄の時間が始まった。




