54.看病
私を抱きかかえた公爵様が食堂から出てくるなり、リディアが慌てて駆け寄って来た。
「公爵様!? まさか……まだ朝ですよ! それはさすがに早いかと! 夜まで待てないんですか!?」
「何を言ってるんだ貴様は! マリエーヌが熱を出している! すぐに医者を呼べ!」
「なんですと!? 分かりました! すぐに手配致します! あと食事の片付けも私にお任せ下さい!」
「待て! マリエーヌの作った料理は僕が全て食べるから、勝手に処分するなよ」
「ええ!? じゃあ私の朝ごはんは!?」
「知らん! あれは僕の為にマリエーヌが作った料理だ! 勝手に手を付けたら絶対に許さんからな!」
公爵様……リディアの朝食分だけでも……。
と言おうとしたけれど、一連の流れの恥ずかしさやリディアの(余計な)発言もあり、もはや恥ずかしくて私は公爵様と顔を合わせられなかった。
公爵様に抱きかかえられたまま自室に戻った私は、息を切らせて駆け付けて来た医師の診察を受け『季節の変わり目によくある風邪』と診断され、ベッドに横になり休養する事になった。
朝は全然平気だったけれど、公爵様に食事を食べて頂けて気が抜けてしまったのかもしれない。
昨夜はあまり眠れなかった上に、今日はいつもより早く起きて寝不足気味。
処方された薬を飲んだ私は、眠気に誘われるまま深い眠りについた。
目を覚ました私の視界には、優しい眼差しでこちらを見つめる公爵様が居た。
どれくらい眠っていたのか分からないけれど、寝間着が汗でぐっしょりと濡れている。
公爵様の手にはタオルが握られていて、それで汗ばむ首元を拭ってくれた。
眠っている間中、こうしてずっと付き添ってくれたのだろうか。
「ごめんなさい。今日は公爵様の誕生日だったのに……。私の自己管理がなっていませんでした」
そう告げると、私の左手がギュッと握られた。
どうやら公爵様はずっと私の手を握ってくれていたみたい。
手のひらから公爵様の優しさが伝わり、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちでなんだか泣きそうになってくる。
「僕の事は気にしなくていい。今日はゆっくり休むんだ」
「……本当にごめんなさい」
「そんなに謝らないでくれ。君はいつも人の事を優先してばかりだからな。もっと自分の事も大事にするべきだ」
公爵様は握っていた私の手を持ち上げて手の甲に触れる様に……だけど長い口付けをした。
「マリエーヌ。愛してるよ」
口元に添えられたままの私の手の甲に、囁く公爵様の熱い吐息を感じる。
ただでさえ熱が出ているというのに、更に熱が跳ね上がるのを感じて公爵様に必死に声を掛けた。
「公爵様……熱が上がってしまいます……!」
「そうか。それはいけないな」
残念そうに言うと、公爵様はベッドの上へとその手を戻した。
その時、コンコンと部屋をノックする音が響き、開いた扉からリディアが顔を覗かせた。
「マリエーヌ様、起きられましたか。汗をかかれたのではないですか? 体を一度拭いておきましょうか」
「ありがとう、リディア。そうするわ」
「では、すぐに準備して参りますね」
そう言うと、リディアは顔を引っ込め、扉が閉まった。
――と、そこまでは良かったのだけれど。
「さあ、マリエーヌ。体を拭こうか」
「……」
意気揚々と私に声を掛ける公爵様は、とても凛々しい顔をしている。
公爵様の隣には、リディアが用意したお湯の入った桶とタオルが積み重なっている。
体を拭く準備を終えたリディアに「あとは僕がやろう」と言い出した公爵様は、目を丸くしたままのリディアを半ば強引に退室させた。
どうやら、公爵様が私の体を拭いてくれるらしい。
公爵様に裸を見られるのは初めてでは無いのだけど……。
まだ明るいし……それに汗も沢山かいてるから汗臭いかもだし……とにかく色々と恥ずかしい……!
出来る事ならこの状況をなんとか回避したいけど……今日は公爵様の誕生日だし、ここで断ったらきっと公爵様は悲しむわよね……?
でもさすがにこれは心の準備が……!
「公爵様。あの……やっぱり自分でやるので大丈夫です」
「駄目だ。まだ体が辛いのだろう? 今日はもう何もしなくていい。どうか、全てを僕に委ねてはくれないだろうか」
「でも、公爵様の手を煩わせるわけには……」
「僕は大丈夫だ。君の辛い時に力になれる事はこの上ない喜びと言える」
「その……えっと……ちょっと裸を見られるのが恥ずかしくて」
「それも心配いらない。さすがの僕も、熱で苦しむ君の体を見て不純な事を考えたりしない」
「……」
これはもう、何を言っても全く譲る気は無さそう。
それなら私も……腹を決めるしかないわね……!
大丈夫。体を拭くだけよ。
そう、不純な事なんて何もないの。
ただ、体を綺麗にしてもらうだけ。それ以上でもそれ以下でも何も無いの。
自分でも何を言っているのかよく分からないけれど、少しだけ気持ちは落ち着いた。
「分かりました。では、服を脱がせていただきますね」
覚悟を決めた私だけど、せめてあまり見られない様にと、公爵様に背を向けて胸元のリボンを解き、服を緩めて肩から脱ぎ始め――。
ガタンッッ!!
突如、大きな物音が背後から聞こえて振り向くと、真っ赤な顔をした公爵様が椅子を倒して立ち上がっていた。
「……公爵様?」
「……すまない、マリエーヌ。すぐにリディアを呼ぼう」
私から視線を逸らしたまま早口でそう言うと、公爵様は私に背を向けて勢い良く部屋から出て行った。
……公爵様。
考えたんですね。不純な事を……!
再び急上昇する体温を感じながら、私は布団に倒れ込む様に身を預けた。
結局、その後ブツブツと愚痴を零しながらやってきたリディアが、私の体を丁寧に拭いてくれた。
「お体熱いですけど大丈夫ですか? また熱が上がってきたみたいですね」
そう声を掛けられても、私は俯いたまま無言で頷く事しか出来なかった。




