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31.その人物は誰?

 唇が離れ、静かに目を開けるとすぐ目の前に公爵様の惚ける様な顔がこちらを見つめていた。 

 恥ずかしくなって後ろへ逃げようとした私の後頭部を公爵様の手が遮り、再び体が引き寄せられて唇を奪われた。


 何度も啄む様に、唇に、頬に、額に、少し涙が滲む目尻にも愛しむ様なキスが降らされる。

 

 さっきまではこの身を捧げる覚悟でいた筈なのに、すでに私の頭の中は公爵様からの熱烈な愛で限界を迎えそうになっている。

 嬉しいのか恥ずかしいのかもよく分からなくなってきた。

 

「公爵様……もう……」


 この状況に耐えきれなくなった私はついに音を上げた。


 顔を伏せて公爵様の胸元に手を当て、少しでも距離を離そうとするけれど、私の力なんて全く及ばず。

 体は離れてはくれなかったけれど、公爵様の動きはピタリと止まってくれた。


 公爵様も我に返ってくれたみたいで、惚けていた顔がハッとして引き締まった。

 少しだけ気まずそうに顔を伏せ、反省する様に口を開いた。


「すまない。つい嬉しさのあまり気持ちが先走ってしまったようだ。その……嫌だったか?」

「え……? いえ……嫌では……なかったです……」

「! マリエーヌ……!」

「で、でもさすがにもういっぱいいっぱいです!」


 再び距離がグッと近付いてきた公爵様に、私はパタパタと手を振りながら慌てて制止した。

 少しだけ残念そうに顔を曇らせた公爵様だったけれど、すぐに柔らかい笑顔に変わった。 


「ああ、そうだな。今日はもう寝るとしよう。一緒に寝てくれるのだろう?」


 あ……そうよね。

 私が一緒に寝ましょうって言ったんだったわ。

 

 寝るだけ……寝るだけよね……?

 そこに深い意味は無い……わよね?

 確かに、最初は深い意味があったのだけど、今はもうその覚悟も何処かへ行ってしまったみたい。

 

 ……そういえば私ってば、思いっきり下着姿なのよね。

 しかもこれって、前リディアと買い物に行った時に彼女と店員さんに物凄い勢いで勧められた、勝負下着とか言う物で、露出も高めだし……肌着なんて透け透けだし……。

 こんな物を着てはしたない女って引かれちゃったかしら……?


 ううん。さっき公爵様はどんな私でも好きって言ってくれたじゃない。

 きっと大丈夫。

 でもせめて寝間着を近くに置いておくんだったわ……!


 その時、公爵様がベッドから立ち上がり、備え付けられているタンスの方へと向かうとその引き出しから何か取り出して、再びベッドの方へと戻って来た。


「マリエーヌ。これを着るといい」


 差し出されたのは無地のガウンだった。


「あ……ありがとうございます」


 公爵様の手からガウンを受け取ると、公爵様は私に背を向ける様にしてベッドの端に座った。

 私が着替えるのを見ない様にという公爵様の配慮なのだろう。


 私は体を包んでいた布団を解いて受け取ったガウンを体に羽織った。

 さっきは勢いのまま着てしまった勝負下着は、改めて見るとやはりとんでもない代物だった。

 ガウンをしっかり体に巻き付ける様に着て腰の紐を解けない様にと念入りに締めた。


 これを着るようにと言われたって事は、やっぱりこの後は普通に寝るだけという事よね。

 

 公爵様の隣で眠れるかしら……?

 でも眠れなかったら、公爵様の寝顔が見放題……それも良いかもしれない。


 そんな不純な動機を抱えながら、


「公爵様、お待たせしました」


 そう声を掛けると、公爵様はゆっくりとこちらへ体を向けた。


「マリエーヌは何を着てもほんとによく似合うな」


 ただのガウンを着ただけなのに。

 公爵様はうっとりする様な視線を私に向けている。

 

「ありがとうございます……でもさっきの下着はさすがに無かったですよね」

「そんな事は無い」


 即答だった。物凄く切れの良い言葉だった。

 

 公爵様。

 やっぱり……ばっちり見られてましたよね。





 そうして私は公爵様と同じベッドの上で、公爵様に差し出された腕を枕代わりにと頭を乗せると、そのまま覆いかぶさる様にギュッと抱きしめられた。

 その心地良く幸せな温もりに包まれていると、思っていたよりも早くウトウトと眠気が迎えに来た。


「おやすみ、マリエーヌ」

 

 公爵様の優しい声が耳に響き、私の意識はゆっくりと沈んで行った。



 公爵様。

 ありがとうございます。

 私を愛してくれて。

 貴方に愛されて、私はとても幸せです――。






***






 カラカラカラカラ……。

 

 気付くと私は、見覚えがある草花の咲く道を、両手で車椅子を押しながらゆっくりと歩いていた。


 あれ……?

 私、何をしていたのかしら……?

 また夢でも見ているのかしら?


 私が押している車椅子には誰かが座っているけれど、つばの長い帽子で頭を覆い隠している為、誰なのかは分からない。

 だけど私は足を止める事も無く、足の赴くままにゆっくりと前へ進んで行く。


 カラカラカラカラ……。


 何処までも続く晴天の下で、静かな空間に車椅子の車輪が回る音だけが奏でられる。

 体を撫でる様なそよ風が心地良く、それに合わせて草木がザァッと揺れている。


 カラカラカラカラ……。


 そういえば……昔はよくこうやっておばあ様が座る車椅子を押していたわね。

 じゃあこの人はおばあ様かしら?

 きっと昔の夢を見ているんだわ。


 その時、

 

 ザアアッ!


 と突風が吹き、車椅子に座っている人物の帽子がふわりと飛んだ。


 幸いにも近くの木の枝に引っかかったので、私は車椅子を止めて帽子を取りに行った。

 手を伸ばして帽子をなんとか掴み取り、帽子についている埃を手で払って形を整える。


 その帽子を持って車椅子の所へ戻って来た私は、おばあ様に帽子を被せてあげようとして、ふと違和感を感じた。


 俯き気味に座るその人物の顔はよく見えないけれど、風を受けてサラサラとなびく髪の色は綺麗な白銀色をしている。


 ……あれ?

 おばあ様の髪の毛って、もっと茶色かったわよね?


 再び風がザワザワと吹き荒れ始め、車椅子が揺れたので私は慌てて車椅子が動き出さない様にと、車体をしっかり押さえた。

 車椅子に座る人物は動じる様子も無く、ピクリとも動かない。


 風になびく服の袖から覗く手は、痩せこけているけれど、骨ばった男性の様な手をしている。


 やっぱりおばあ様じゃない……?


 でも……だとしたら……。



 この人は一体誰なのかしら?


ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!

これで一章は完結となります。

二章からはマリエーヌ視点から公爵様視点へと変わり、回帰前のお話になります。


『面白かった』『二章も楽しみにしてる!』と思って頂けましたら、☆評価、イイねで教えて頂けましたら、執筆の励みにさせて頂きます……!

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マリエーヌも回帰前の記憶が残っててちょっとずつ思い出す展開?
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