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29.夢の私?

「マリエーヌ、ちょっと待ってくれ」


 決死の告白をしたつもりだったのだけど、何故か公爵様は頭を押さえながら顔をしかめている。


「どういう事だ……? 元の人格? 今の僕……とは?」

「あ……」


 しまった。

 この事に関しては公爵様には内緒にしてるんだった。


 公爵様は解せない様子で首を傾げている。


 どうしよう。

 ここまでがっつり言ってしまったのだから、今更隠しても意味は無いわよね……?


「えっと…実はですね――」


 私はお医者様に言われた、公爵様が二重人格の症状を発症している事、それがいつ元の人格に戻るか分からないと説明された事を全て話した。


 私の話を聞き終えた公爵様は、体中の空気を吐き出す様な長い溜息をつき、


「なるほどな。そういう事か……あのヤブ医者め……。いや、僕の説明不足がいけなかったか」


 そう呟くと、公爵様は顔を上げて真剣な表情で私と向き合った。


「マリエーヌ。僕は人格が変わったとか、二重人格だとか、そういうのとは違うんだ。確かに前の僕と今の僕が全く別人の様に見えるのも無理は無い。だが、前まで君に冷たくしていた僕も、こうして君を愛するようになった僕も、どちらも同じ僕自身なんだ。だから人格が前の様に戻る事は絶対に有り得ない。僕はもう二度と君を傷付けたり苦しめたりなんかしない。神に誓ってもいい」


 真っすぐ私を見据えるその姿から、公爵様の誠意が伝わってくる。


 だけどその言葉を信じる為には、この疑問を解消しなければいけない。


「じゃあ、公爵様は何故、突然別人の様になられたのですか? どうして私をそんなに愛してくれるようになったのですか?」


 人格が変わったのでないのだとすれば、公爵様の豹変ぶりに説明がつかなくなってしまう。


 すると、公爵様は少し困った様な笑みを浮かべた。


「そうだな。それを説明しなければいけなかったな。だが、どう言えば良いのだろうか……」


 公爵様は正座していた足を崩し、ベッドの端に座って床に足を降ろした。

 その隣に私も移動し、足を降ろして公爵様と並ぶ様に座った。

 私達の足元の少し先を、月明かりが照らし出し、絨毯の模様が浮かび上がって見える。


「夢を見たんだ」

「夢……?」


 また夢の話……?


 公爵様は虚ろ気な表情を見せたかと思えば、苦しそうに葛藤する様に言葉を詰まらせた。

 体はガタガタと震え出し、グッと唇を噛みしめる公爵様の姿が痛々しくて見ていられなかった。

 公爵様の膝の上で握りしめられている拳に、私がソッと触れるとピクっと公爵様の手が小さく震えた。

 公爵様の手は驚く程冷たくなっていて、私はその手を温める様に両手で包み込む様にして握った。


「公爵様。お辛い様でしたら無理に話す必要はありません」

「……」


 すると、公爵様は暫く私の顔を見つめた後、フッと安心した様に表情を緩めた。


「マリエーヌ、君は本当に優しいな」


 まただ。

 公爵様は何でもない事に対しても、私の事を優しいと言う。

 

「私は……そんなに優しい人間ではありません」

「そんな事は無い。君の優しさに僕は何度も救われたんだ」


 ……どういう事?

 私が公爵様を救った?

 公爵様は、一体いつの話をしているの……?


 心当たりは無い。いや、あるとすればそれは……。


「それはもしかして、その夢の中で……という事ですか?」


 私の問いに公爵様は一瞬だけ目を大きく見開き、すぐに閉じた。口元には柔らかい笑みを浮かべている。


「ああ、そうだな」

 

 何処か懐かしむ様なその言い方に、少しだけ胸の中に(もや)がかかる。


「でも……それはあくまでも夢の中でのお話ですよね? 実際の私はそんなに出来た人じゃ――」

「いや、間違いなく君だ」


 はっきりとした声、確信めいた表情で公爵様はそう断言した。


「夢から覚めた僕は、もう一度君と真摯に向き合い接していく中で、君の沢山の優しさに触れた。その一つ一つが君にとっては些細な事なのかもしれないが、僕にとっては特別な事だったんだ」


 公爵様の言葉は、とても自分に向けられている言葉とは思えない。


 だって優しくしてくれたのは公爵様の方で、私は公爵様に何かしてあげた覚えがないのだから。


 それどころか――。


 あの日、公爵様の様子が変わってから、時々誰かを思い出す様な切ない表情を見せる事があった。

 その謎が、ようやく解けた気がする。


 公爵様は、ずっと夢の中の私を見ていたんだ。

 夢の私の姿を、現実の私の姿に重ねていたんだ。


 だとしたら――。


 私自身には、公爵様に愛される程の価値があるの?


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