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28.謝罪 ※公爵視点

 窓から差し込む月明かりは部屋の半分程まで照らし出しているが、奥にあるベッドまでは届いていない。

 薄暗い闇の中、(あか)りも(とも)さずにマリエーヌはベッドの上で薄手の布団に包まる様に座っていた。


 僕の姿に気付いた彼女はしおらしく顔を持ち上げ、緊張した面持ちで僕を見つめた。


 可愛い。マリエーヌ。可愛い。 


 暗くて顔色まではよく分からないが、僕と目が合うと恥ずかしそうに目線を泳がす彼女は、きっといつもの様に頬を真っ赤に染め上げているに違いない。


 マリエーヌの華奢な体を今すぐ抱きしめたい。


 そんな衝動に駆られ、


 いや、彼女は女神。人が神に触れるなど許されない行為だ。


 と、宗教染みた思考で頭を過る不純な衝動を蹴散らした。


 彼女を包み込んでいる布団にすら嫉妬してしまう程に、感情が高ぶっているのは今夜が満月だからだろうか。


 引き寄せられる様にマリエーヌの元へとゆっくりと歩み寄り、彼女が座っているベッドの隣に無言で腰かけた。

 僕とマリエーヌの距離はいつもと変わらない。

 その筈なのに、やけに彼女の色っぽい息遣い、熱い程の体温が伝わってくる。


 もはや眠気など微塵も感じられない。


「マリエーヌ、寝ようか」


 笑顔を(つくろ)い、とりあえずそう言ってマリエーヌの方へ視線を移し…………は?


 またもや僕の体は凍ったかの様に固まってしまった。


 僕の視線の先には、先程まで包まっていた布団を解き、下着姿のマリエーヌが胸元を手で覆い隠し、恥ずかしそうに目を伏せていた。

 身に着けている肌着はもはや役割を果たしているのか分からない程透けており、彼女の美麗な曲線がハッキリと分かり……。

 

 いや、駄目だろこれは。

 目の毒だ。いや、彼女の体に毒など無い。むしろ癒ししかない。

 ほらみろ。だんだん視力が回復してきて彼女の肌がハッキリと鮮明に見え始めた。

 いや違う。これは暗闇に目が慣れてきただけだ。やはり彼女の肌は目の毒だ……。

 いや、これはもう夢だな。


 そうか、夢なら僕の都合の良いようにしても……って駄目だろうが!

 例え夢でもマリエーヌの体に触れるなど……彼女は神だぞ!


「あの……公爵様?」


 戸惑う様な声でマリエーヌに呼びかけられてハッと我に返る。

 よく見ると彼女の体は僅かに震えていた。

 少し怯える様な瞳で僕を上目遣いで見つめている。


 そんな彼女の姿を前にして、自分の中に二つの欲求が込み上げてくる。


 このまま彼女を力任せに抱きしめて、何もかも忘れられるくらい一心に彼女を求めたいという乱暴じみた思いと、彼女をこの手で優しく包み込んで、存分に甘やかして癒してあげたいという思い。

 

 気が狂いそうだ。


 少しでも気を抜けば、頼りない理性が崩壊しそうになる。


 だが……そうだ。


 それよりも……大事な事がある。


 僕は彼女に謝らなければいけない。


「マリエーヌ」


 名を呼ぶと、マリエーヌの瞳から不安が消えた様に綻んだ。

 僕はマリエーヌが包まれていた布団を、もう一度彼女の肩から掛けて肌を隠すように丁寧に覆った。

 マリエーヌはその事に少し驚いた様な戸惑いを見せた後、安心した様な、残念そうな……そんな顔をしていた。


 僕は彼女と向かい合わせになるように位置を取り、ベッドの上に正座をして深く頭を下げた。


「公爵様!? お顔を上げてください!」


 マリエーヌの必死な声が聞こえてくるが、僕は頭を下げたまま口を開いた。


「マリエーヌ、すまなかった。僕の勝手な都合に巻き込んで君の心も身体も酷く傷付けた。本当に申し訳なかった」


 ずっと謝りたかった。

 ここでマリエーヌにした自分の愚かな行為を。


 だけど言い出せなかった。

 マリエーヌに、あの時の不快な気持ちを思い出させてしまうと思って……いや、それはただの言い訳だ。


 僕は全て無かった事にしてしまいたかったのかもしれない。

 今まで、僕がマリエーヌを傷付けて来た数々の行為を……マリエーヌの優しさに甘えて……。


 嫌われたくなかった。

 マリエーヌにだけは拒絶されたくなかった。


 彼女の前では良い姿だけを見せていたいのに、彼女の前だと僕はこんなにも弱く情けなくなってしまう。


 僕はゆっくりと頭を上げ、呆気に取られた様に僕を見つめるマリエーヌと向き合った。


 そんな彼女に僕はいつもの様に微笑んでみせた。

 

「マリエーヌ。僕はもう君を傷付ける事は絶対にしない。世継ぎを産む必要も無い。君の為なら、この公爵という肩書きも全て捨ててもいいと思っている。だから、君が無理をする必要はもう無いんだ」


 あの時の僕は、自分以外の人間を人と思っていなかった。


 自分以外の人間は全てボードゲームの上に存在する駒の様に思っていた。

 自分の思うがままに動かし、そこに人の感情があるなどと考えた事もなかった。


 妻であるマリエーヌの事もそうだった。

 世継ぎを産むための道具としか見ていなかった。


 だから僕は――。


 僕こそがあの時、人である事をやめていた。


 何の感情も持っていなかったのは、僕の方だったんだ。


 だから僕には、マリエーヌを抱く資格なんてないんだ。

 

「いえ、公爵様。私は無理なんてしていません。今ここにいるのも、この姿も……私が自分の意思で決めた事です」


 彼女にしては珍しく、はっきりとした強い口調で告げられた言葉に、今度は僕が呆気に取られた。


 強い決意を秘めた瞳で僕を真っ直ぐに見つめる彼女の姿は、誇らしくて力強く……その姿に懐かしさを覚えて目が潤んだ。


 マリエーヌは一度グッと口を噤んだかと思えば、その口が大きく息を吸い込み深く息を吐いた。


 硬かった表情が柔らかく綻び、切なく愛しそうに笑みを浮かべるマリエーヌの姿に、僕は一瞬にして目を奪われた。


 その口がゆっくりと動き言葉を紡いでいく。


「私はもうずっと前から、公爵様の事をお慕いしておりました。ですが、この気持ちを認める事がとても怖くて、公爵様へお伝えするのが遅くなってしまいました」


 突然のマリエーヌの告白。


 その言葉がとても信じられなくて、僕は目を見開き言葉を発する事も出来ないまま、ただ愛しい彼女から目を離す事が出来ずにジッと見つめていた。


「公爵様がもし、元の人格に戻って再びその瞳に私が映らなくなってしまったらと考えると……辛くて……」


 そう言うと、マリエーヌは辛そうに顔を歪めたが、直ぐに目尻に浮かぶ涙を振り払う様に顔を上げた。


「でも、これがもし限られた時間なのだとしたら、私は少しでも多く今の公爵様との思い出を残しておきたいのです。いつか元の人格に戻った公爵様に拒絶される事になっても、今の公爵様との思い出がきっと私を励まし勇気づけてくれると思うから……だから――」


「マリエーヌ、ちょっと待ってくれ」


 マリエーヌの熱意が伝わる言葉に、胸が熱くなり感激する気持ちとは裏腹に、ある点について物凄く引っかかっている。

 僕は頭を押さえて、どうやってこの突っかかりを問えば良いのかと考えたが、率直に質問する事にした。


「どういう事だ……? 元の人格? 今の僕……とは?」

「あ……」


 マリエーヌは「しまった」という様な顔で口元に手を当てている。


 元の人格に戻ってマリエーヌを拒絶する……?


 マリエーヌは一体何を言っているんだ? 

いつも読んで頂きありがとうございます!

マリエーヌ編も残り3話となりました。

あと少し……お付き合い頂ければと思います!


「最後まで付き合おう!」「面白かった!」と思って頂けましたら、ブクマや↓の☆☆☆☆☆評価で応援して頂けましたら、最後まで突っ切ります……!

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