27.後悔 ※公爵視点
「公爵様、今日は私と一緒に寝て下さい」
マリエーヌの口から飛び出した爆弾言葉により、先程まで苦しめられていた悪夢の事など塵になり消し飛んた。
情けなくも完全に硬直して動けなくなってしまった僕に、マリエーヌは何か強い意志を秘めた様な眼差しを向け、
「準備が出来ましたら隣の寝室でお待ちしていますので、公爵様もいらっしゃって下さい」
そう言って恥ずかしそうに顔をプイッと背け、マリエーヌはいつもより速い速度で歩いて僕の部屋から出て行った。
マリエーヌの姿が見えなくなった後も、僕は開きっ放しにされた扉を暫く見つめていた。
……準備って何だ……?
すでに寝間着を着ていたし、準備する事なんてないと思うのだが……まさか心の準備……?
どうしても自分の望む方へと考えてしまう愚かな頭を脳内で叩き割った。
この部屋の隣は、夫婦共有の寝室となっている。
それはもう長い期間、使われてはいないのだが、屋敷の使用人達は何も言わずとも手入れをしてくれているはずだ。
その部屋へと繋がる扉に視線を移し、
「うっ……!」
かつてその部屋で行われた行為を思い出し、自分への嫌悪感で吐き気を催し手で口を覆った。
止めどなく押し寄せてくる後悔に、心臓が切り裂かれそうな程に痛みだしギリリッと歯を噛み締める。
出来る事なら、あの時の自分を殴り飛ばしたい。
悔やんでも悔やみきれない、どうにもならない自分自身への憤りを強く握りしめた拳に込めて、自らの太ももに叩き付けた。
骨がきしむ様な痛みと共に、叩き付けた場所から痺れが広がりじっとりと熱くなる。
だがこんなものじゃ足りない。
マリエーヌが受けた痛みの方がもっと痛かった筈だ!
何度も繰り返し自らの拳を叩き付け、終わりのない罰を自分に与え続けた。
こんな事をしても無意味だと分かっている。
自分を痛めつけた所で、マリエーヌが受けた痛みが無くなる訳じゃない。
マリエーヌだってきっと、こんな事を僕に望まないだろう。
頭では理解していても、自分自身を罰せずにはいられない。
そして考えずにはいられない。
どうして彼女を傷付ける前に戻れなかったのだろうか。
どうせなら彼女と出会う前に戻れたら良かったのに――。
それは贅沢すぎる望みだと分かっている。
あの時、人生を終えるはずだった僕がこうして今ここにいる事――。
マリエーヌの名を呼び、愛を伝える事が出来るこの奇跡に感謝しなければいけないのに。
あの日、目を覚ましマリエーヌと再び出会う事が出来た時に僕は誓った。
もう二度と、マリエーヌを傷付けはしない。
孤独になどさせてなるものか。
ありとあらゆる悲しみから、彼女を守ってみせる。
マリエーヌを必ず幸せにしてみせる――と。
だが、実際にマリエーヌを前にすると愛を囁かずにはいられない。
僕はずっと、その言葉をマリエーヌに伝えたくて堪らなかったのだから。
「おはよう」の一言も、毎朝贈る花束も、手を繋いで二人並んで歩く事、彼女の名前を呼ぶ事、愛を伝えられる事全ての事が、僕にとってどれだけ幸せな事なのか、きっと誰にも分からないだろう。
例えマリエーヌに好きになってもらえなくても、僕はただ彼女の傍にいられるだけで十分すぎる程の幸せを感じている。
だからこれ以上の事なんて望んではいけない。
僕にそんな資格は無いのだから。
冷静さを取り戻した頭で再びマリエーヌの言葉の意図に思考を巡らせる。
恐らく、マリエーヌの言葉に深い意味は無い。
優しいマリエーヌはきっと、僕が安心して眠れる様に一緒に寝ようと言ってくれただけだ。
その言葉に他の意味なんて何もない。考えるな……考えるな……!
というか、一緒に寝れる……だと!?
つまり、目が覚めた時にマリエーヌが隣にいるという事か……!?
待て……マリエーヌが隣にいて果たして僕は眠れるのか?
いや、無理だろう……きっと眠れはしない。
……だとすると……つまりマリエーヌの寝顔を朝までずっと見ていられるという事か!?
良い。朝まで彼女の寝顔を見放題……なんとも良いではないか。
断然やる気が出て来た。
いや違う。何もやらない。やらないって言ってるだろうが!
脳内の煩悩を叩き割り、チラリと再び共有の寝室へと目を向けた。
……マリエーヌはもう来ているのだろうか?
やはりさっきの言葉は僕が都合の良い言葉に変換して聞き取ってしまったのかもしれない。
もしかしたら、マリエーヌは寝室には来ないかもしれない。
だが、もし……もしも本当に彼女が僕を待ってくれているのならば。
マリエーヌに会いたい。
ただ彼女に会いたい。
毎日会っていてもまだ足りない。
少しでも長く、マリエーヌと一緒に過ごしたい。
この時間は決して、永遠ではないのだから。
溢れ出る彼女への想いが抑えきれず、堪まらなくなった僕はベッドから立ち上がり、隣の部屋へ続く扉へと急いた。
慎重に扉を開けて、確認する様に部屋の中を覗く。
マリエーヌの姿は見えない。
だが、微かに香る柑橘系の甘い香りが、彼女が部屋にいるという事を教えてくれた。
僕の大好きな彼女の香りだ。
ドキドキとやたら響く心音と共に、緊張しながら寝室へ入ると、彼女はすでにベッドの上に座って待っていた。