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25.悪夢

 気付くと私は暗闇の中に佇んでいた。


 あれ……?

 私……ここで何をしていたのかしら?

 

 キョロキョロと辺りを見渡しても真っ暗で何も見えない。

 何の音も無く、気配も無い。

 だけど酷く寒くて凍えてしまいそう。


 どこまでも暗闇が続いている空間の中で、ただ一人取り残されている様な……そんな感じがする。


 早くこの場から離れたい……。


 私は恐る恐る地面を確かめる様に足を前へ出しながら進み出した。


 行先の方向がこれで合っているのかと不安になりながら、しばらく歩き進んで行くと僅かに明かりが灯る場所を見つけた。 


 そこには一人の人物が私に背を向けて佇んでいた。


「……!」


 白銀色の絹の様なサラサラな髪、背が高く気品のある立ち姿。


 顔はこちらからでは見えないけれど、見慣れた後ろ姿からその人物が誰なのか、私にはすぐ分かった。


 ホッと胸をなで下ろした私は、早くその顔を確認したくて駆け出した。


「公爵様!」

 

 声を弾ませてその背中に向かって呼びかける。


 だけど公爵様は振り向いてはくれない。


 聞こえていないのかしら?


 ようやくその後ろ姿に追いついた私は、公爵様の腕にソッと手を伸ばした。


「公爵さ――」


 公爵様の腕に私の手が触れた瞬間、物凄い勢いで振りほどかれて、その勢いのまま私は後ろに突き飛ばされる様な形で尻もちをついた。


「え……?」

 

 その事にショックを受けつつ、ゆっくりと見上げたその先には――私を突き刺す様な冷たい視線を放つ公爵様の姿があった。


 見覚えのあるその姿は、以前の公爵様そのものだ。


「なんだお前は? 気安く触れるな」


 倒れた私を心配する様子は微塵も見せず、代わりに蔑む様な視線で一睨(ひとにら)みした後、公爵様は素っ気なく私に背を向け去って行った。

 

 公爵様の姿が暗闇の中に消え、再び私は一人闇の中に取り残された。


 じわり……じわりと闇が私の中に侵食していく様に、私を孤独へと誘っていく。


 まるであの物置部屋に閉じ込められた時の様に。


 久々に昔の公爵様の姿を見て、忘れかけていた記憶が蘇る。


 公爵様に『お前』と呼ばれていた事も。


 以前はそう呼ばれても、特に何も思わなかった。


 名前を呼んでくれない事は少しだけ寂しくもあったけれど、それも段々と慣れていった。


 それなのに今は――。

 公爵様にそう呼ばれる事が酷く悲しい……辛い。


 公爵様。

 もう、私の名を呼んではくれないのですか……?


 胸を締め付ける狂おしい程の悲しみは涙となって溢れ出した。


「ううっ……うっ……」


 嗚咽が漏れ、胸の奥を掴まれる様な苦しみで息をする事もままならない。

 立ち上がる気力も無く、私はただひたすら泣き続けた。


 今までは、どんなに公爵様に冷たくされても、こんなに泣く事なんてなかったのに……。


 お父様や義妹からぞんざいな扱いをされても……どんな孤独にも耐えられてきたのに……。


 公爵様に拒絶されるなんてとても耐えられない。


 それ程、私にとって公爵様はかけがえのない大切な存在になっていた――。





 目を覚ました私は泣いていた。頬を伝う涙で枕が濡れている。


「夢……」


 今のが夢だと理解しても、公爵様に拒絶される姿を思い出す度に新しい涙が次々と溢れてくる。


 こんな夢を見るのは、何かの警告?

 もしかして、もうすぐ公爵様の人格が元に戻ってしまうの……?

 

 公爵様の様子が変わってから五カ月が経ち、すっかり今の公爵様の姿が馴染んでしまった。


 だけどそれは公爵様のもう一つの人格であり、いつ元の公爵様の人格に戻ってしまうかも分からない仮初の姿でもある。


 もしも今、公爵様の人格が前の様に戻った時、果たして私は耐えられるのかしら?


 あの優しい微笑み、真っ直ぐに伝えてくれる愛、愛しそうに呼んでくれる私の名前。

 それら全てを失ってしまった時、私はどれ程の絶望を味わうのだろうか。


 そんな事をもう何度繰り返し考えただろうか。


 以前、リディアに私が抱えているこの思いを吐露してしまった時、


「大丈夫です! もしも公爵様の人格が前に戻ってマリエーヌ様が辛い想いをするのなら、私と一緒にこのお屋敷を出ましょう! マリエーヌ様一人くらい私が養ってみせます!」


 と自信満々に宣言し、彼女は自分の胸元に拳を当てて勇ましい姿を見せてくれた。


 嘘がつけない彼女の事だから、それが私を励ますだけの建前じゃなくて本心なのだと分かって救われた気持ちになった。


 可愛くて頼りがいのあるリディアの勇ましい姿を思い出して、少しだけ気持ちが晴れた。


 大丈夫。

 私はもう一人ぼっちじゃない。

 リディアもいるし、他の皆もとても優しくしてくれる。


 たとえ、公爵様が元の冷たい公爵様に戻ってしまっても――皆が居てくれたらきっと大丈夫。


 そう自分に必死に言い聞かせ、私は両手をギュッと握りしめて胸を突き刺す様な痛みを振り払った。


 お水飲もう……。


 ベッドから降り、椅子に掛けていたショールを羽織って、私は自分の部屋を出た。



読んで頂きありがとうございます!


いつも応援ありがとうございます!

第1章も間もなくクライマックスとなります。

今日はお昼、夕方にも投稿します!

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