24.幸せな日々
朝、目が覚めて最初に思い浮かぶのは貴方の笑顔――。
カーテン越しに差し込む朝の陽ざしを感じて、ふかふかのベッドから体を起こした私は、ベッドのすぐ近くに用意していた洋服を手に取り着替え始めた。
また後でドレスに着替えるのだけど、顔を洗ったり水を頂きに行くのに寝間着のままなのも気が引けるので、いつも簡単に着れる洋服に着替えている。
それに今頃扉の前で待ちわびている人もいるだろうし……。
着替えを済ませた私は廊下へと繋がる扉の前に立った。
一日が始まって、この瞬間が一番ワクワクする。
今日は何のお花を摘んできてくれたのかしら?
それと一緒にどんな言葉を贈ってくれるのか、想像するだけでも嬉しくて自然と笑顔になってる自分がいる。
ドキドキと高鳴る心臓の音さえも心地良い響きと感じながら、ドアノブに手をかけ扉をゆっくりと開いた。
扉の先には期待を裏切らない、優しい笑みを浮かべた公爵様が花束を持って私を出迎えた。
「おはよう、マリエーヌ。今日は君の優しい笑顔によく似合うユリを摘んできたんだ。受け取ってくれるだろうか?」
公爵様から差し出された花束には、真っ白なユリと淡い桃色のユリがバランス良く束ねられている。ユリの葉も差し込められ、それが良いアクセントになりユリの華やかさを一層際立たせている。
前はただ綺麗なお花を摘むだけだった公爵様も、日に日にアレンジが加えられてその腕が上達している様に感じる。
ようやく本格的なフラワーアレンジメントを意識し始めたのかしら?
前に渡された宝石まみれの花束を思い出し、思わずクスッと笑ってしまった。
「おはようございます。とても素敵なユリ……公爵様、いつもありがとうございます」
お礼を告げて花束を受け取ると、公爵様はユリに負けないくらい素敵な笑顔を咲かせた。
そこへ、タイミングを見計らった様に公爵様の後ろからリディアがひょいと顔を覗かせた。
「おはようございます、マリエーヌ様。ではさっそく、こちらのお花を飾る準備をして参りますね」
「おはよう、リディア。よろしくね」
いつもの様に朝の挨拶を交わし、慣れた手つきで公爵様から受け取った花束をリディアに手渡した。
それを両手で受け取ったリディアは、ペコリと公爵様へ頭を下げると駆け足気味に去って行った。
「あ、マリエーヌ。ちょっとそのままでいてくれるか?」
何かに気付いた様に、公爵様が私の右肩に手を伸ばし、まだ櫛を通していない私の長い髪をソッと撫でる様に触れた。
「すまない。ユリの花粉が髪に付いてしまったようだ」
「大丈夫です。櫛で梳かせばすぐ取れますから」
「そうか。そう言ってくれるとは、マリエーヌは優しいな」
なんでもない事なのに、公爵様はすぐに私が優しいと言う。
公爵様の私に対する評価基準はどれだけ甘く設定されているのかしら?
「公爵様の方がずっと優しいですよ」
そう返すと、公爵様は少し驚いた様に目を見開き、まんざらでもない様に顔を赤らめた。
「君にそう言ってもらえると凄く嬉しいな……」
公爵様は、私へ愛を囁く時は何の迷いも無く真っすぐに伝えてくれるのに、私が公爵様の事を褒めると照れて真っ赤になる。
そんな姿が可愛く思えて、私も公爵様を褒める機会を狙うようになった。
もちろん、それが本心なのには変わりはないのだけど。
「マリエーヌ」
急に真剣な声になった公爵様の言葉に、今度は私の顔が熱くなる。
公爵様は私の左の手の平に触れると、ゆっくりと自分の口元へと持ち上げた。
優しく細める赤い瞳が私を真っすぐ捕えている。
「愛してるよ」
そう告げて公爵様は私の左手の甲にキスを落とした。
公爵様の様子が変わってもうすぐ五カ月が経つ。
もう何回目になるかも分からない、毎日行われるやりとりなのに未だに私は公爵様の『愛してる』の言葉に強く心を打たれてしまう。
そして自分の胸の奥底から湧きあがる想いが溢れ出しそうになる。
「じゃあマリエーヌ、ゆっくり支度をするといい。また後で迎えに――」
「いえ、公爵様。今日は私の部屋に迎えに来る必要はありません」
「え……?」
初めて公爵様の言葉を拒否する私に、公爵様はガーン! という音が聞こえそうな程ショックを受けた様で、もともと色白いお顔が真っ青になっている。
だけどこれは私なりに考えがあっての事。
「今日は私が公爵様のお部屋へ迎えに行きます。私も……公爵様と少しでも長く一緒に居たいので……」
少しだけ勇気を出して、公爵様への好意を言葉に出してみた。
まだ直接的な言葉を伝える勇気は無いけれど、これでも少しは伝わってくれるはず……。
「……! マリエーヌ……!」
曇っていた公爵様の表情が一瞬で晴れ上がった。
うん。十分伝わったみたい。
感動した様にキラキラと涙が浮かぶ目を光らせ、公爵様は流れ落ちそうになった涙を人差し指で拭い、
「ありがとう、マリエーヌ。では僕は自分の部屋で君が来るのを待っているよ。いつまでも……ずっとだ」
そう言うと、上機嫌な様子で自分の部屋へと軽快な足取りで戻って行った。
公爵様。
多分そんなに時間はかからないと思います。
公爵様の後ろ姿を見つめていると、背後に気配を感じて振り返ってみれば、ユリを生けた花瓶を抱きしめたリディアが涙目になって佇んでいた。
「マリエーヌ様……素晴らしい勇気でした。ナイスファイトです」
「あ……ありがとう、リディア」
涙目になっているのは、勇気を出した私の姿に感動したって事かしら……?
でもなんだかいつものリディアと様子が違うような……。
「でも独り身の私には時々、二人のやり取りが羨ましくて恨めしくて花瓶を叩き割りたくなる衝動に駆られてしんどくなるんですよね……でも私はマリエーヌ様の事が大好きなので、どうか幸せになってほしいと思っているのですよ。このやるせない気持ちを一体どうやって消化したら良いのでしょうか。ちょっとこの愛が沢山詰まってそうなユリ食べてみてもいいですか?」
「落ち着いてリディア。ユリは毒の成分を含んでるって聞いた事があるから食べない方がいいと思うの。多分あなた疲れてるみたいだから、どこかで休暇を取った方が良いと思うわ」
リディアの心の闇を露呈させてしまった様で、私はしばらくリディアを宥め続けた。
彼女が落ち着き、私も支度を終えて公爵様のお部屋を訪ねると、ノックした瞬間に公爵様が扉を開けて出迎えた。
どうやら扉にずっと張り付いていたみたい。
「マリエーヌ、迎えに来てくれてありがとう」
なんとも嬉しそうにお礼を言う公爵様に、こちらも嬉しくなってくる。
少しずつ……ほんの少しずつだけど、私達の距離は確実に近付いている。
この調子では、ハッキリとした言葉を伝えられるのはまだ先になるかもしれない。
それに消えない不安も残っている。
それでも……。
例え貴方のその姿が、一時の仮初の姿なのだとしても……。
いつか、必ず伝えるから――。
そう思っていたのに。
その日は突然やって来るのだった――。
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