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21.まだ会った事は無い? ※スザンナ視点

 とりあえず、気持ちを落ち着かせる様に小さく深呼吸を数回した後、私は眉をひそめて困り顔を作り上げた。


「お姉様は……表向きは無口でしおらしい様に見えると思うのですが……実は以前から男癖が凄く悪くて、色んな男の人に色目を使って誘惑していたらしいのです。夜会の後にはそこで知り合った男の人と姿を消す事も多かったらしくて……。実は私の知り合いにも、お姉様と関係を持った人がいて――」


「そうか……マリエーヌの魅力は自覚無く他者を引き寄せてしまうからな……罪深き女性だ。可憐に美しく咲き誇り、蜜の様に甘美な香りに誘われて虫ケラ共が寄ってくるのは自然の摂理ゆえ……どうにもならない事ではある。いっその事、どこかに閉じ込めて誰の目にも振れさせない様にしたいが……マリエーヌの自由を奪う権利など僕には無い」


 ……え? 何?

 この人、一体何を言い始めたの……?


 全く予想外の反応に、私はぱちくりと瞬きしながら公爵様に目を移せば、公爵様は深刻そうに眉を(ひそ)めていた。次の瞬間、その瞳が冷たく影を落としたかと思えば、ドスの利いた声が聞こえて来た。


「だがそいつは生かしておけないな」

「え……?」


 公爵様は自らのスーツの内ポケットから小さな紙切れを一つ取り出し、私の目の前のテーブルの上に置いた。

 更に胸ポケットから取り出した万年筆のキャップを取り、逆手に握りしめて手を振り上げると、


 ガンッッ!


 とテーブルの上に勢いよくペン先を突き立てた。


 木製のテーブルに切れ込みを入れる程に突き刺さり、それを握る公爵様の手は複数の血管が浮かびあがりフルフルと震えている。

 万年筆からはピキピキときしむ様な音が鳴り、今にもへし折れそうな程しなりあげている。

 

 公爵様の体からはおびただしい程の殺気が(みなぎ)り、冷気まで漂い出している。

 私の体が本能的に危険を察知して再び震え出し、ガチガチと音を立てて歯がぶつかり合う。


「スザンヌ。今すぐこの紙にそのゴミ虫共の名前を書け。その命知らず共を跡形も無く消しに行く。そうすればマリエーヌに触れたかもしれないという疑惑も消し去る事が出来るだろう」

「え……? いえ……あの……えっと……その人達の名前はよく分からなくて……」

「何だと? 貴様はそんな曖昧な情報を僕に教えたのか? つまり、この僕に嘘をついたと?」

「い……いえ! そんなつもりは無くて……!」


 公爵様から(みなぎ)る殺意は今は私へと向けられている。

 私は瞳に涙を滲ませながら、この窮地から逃れる方法を探し出すために必死に頭をフル回転させた。


 もちろん、私の話は全て出任せの作り話。

 お姉様が誰かと寝たという話は聞いた事も無い。

 だけど今更「嘘でした」とはとても言える雰囲気ではない。


 公爵様から提示された紙に適当な人物の名前を書こうかとも思ったけれど、きっと公爵様はその人物を言葉通り消しに行く筈だわ……! 

 私の嘘で誰かが死んでしまうなんて、さすがに私でも責任を感じるわよ!


 でも……それならどうやったらこの公爵様の怒りを鎮められるの……!?

 このままでは私がこの人に殺されてしまうわ!


 今にも私の存在を消されてしまいそうな恐怖から、私はギュッと目を瞑り、


「えっと……! お姉様は昔からとても美人で優しくて素晴らしい方でして、私はそんなお姉様の事をとても尊敬しているのです!」

 

 無我夢中でお姉様を賞賛する言葉を叫んでいた。


 シン……と沈黙が流れた。


 漂っていた冷気が少しだけ和らいだ様な気がして、恐る恐る片方ずつ目を開けて公爵様の様子を伺う。


 すると、殺人鬼の様な瞳をしていた公爵様の目尻が垂れ下がり、表情は一瞬で(ほころ)んだ。


 机に突き刺さったままの万年筆から手を離すと、ソファーに踏ん反り返る様に体を預け、腕を組んで自慢げな様子で笑みを浮かべた。


「そうだろう! よく分かっているではないか! マリエーヌの美しさはまさに奇跡……更には聖母の様に優しくて慈悲深い……マリエーヌの事を讃えようとすると語彙力も消滅してしまう。もはや彼女は人ではない。神そのもの……そう、僕の女神なんだ。彼女は」

 

 虚ろ気な瞳で顔を赤らめながらそう語る公爵様は、さっきまで人を殺しに向かおうとしていた人物とは到底思えない。


 なんとか窮地を脱し、生き延びる事が出来た私は安堵感でガックリと脱力した。


 助かった……の……?


 目の前の公爵様は今もまだお姉様の事を思い浮かべているのか、うっとりする様な眼差しで遠くを見ている。

 その姿はまるで私の存在なんてすっかり忘れている様に自分の世界に入り浸っている様に見える。


 次第に冷静さを取り戻した私の腹の奥深くから沸々(ふつふつ)と、怒りが込み上げてきた。


 何でよ……。

 なんで私があの女の事を褒め称える様な事を言わないといけないのよ!

 許せない……。

 こうなったら……何としてでもお姉様と公爵様を仲違いさせてやるわ!


 お姉様の強欲さを今ここで晒上げてやるんだから!


「公爵様!」


 吐き出す様に私が叫ぶと、公爵様はようやく私の存在を思い出したらしい。


「ああ、すっかり存在を忘れていたよ。スザンヌ。何か他にあるのか?」


 その様子からは少しも反省する気は微塵も見られない。

 ギリっと奥歯を噛みしめ、私は次の言葉を振り絞った。


「で……でも……! お姉様は外では優しくお淑やかな姿を繕っているのですが、家の中ではそうではなくて……私が高価なアクセサリーやドレスを着るのが許せないらしくて、私の持っている物はほとんどお姉様に奪われてしまったのです! それに嫌な事があると八つ当たりするかの様に罵声を浴びせて――」


 そこまで言った所で、私は気付いた。

 全く興味が無いかの様に無関心な顔をした公爵様が冷めた目で私を見ている事に。


「なんだその話は? 僕はマリエーヌの話が聞きたいんだ。貴様の話など興味が無い」

「え……?」


 再び低くなった公爵様の声――そしてその言葉に、全身から血の気が引いていくのを感じた。


 確かに……今の話は私が今までお姉様にしてきた事を、お姉様がしたかの様に変えて話したのだけど……。

 どうして私の話って分かったの……?


 再び空気がピリピリと張り詰め、凍える程の冷気が漂い出す。その発生源は言うまでも無く公爵様だ。

 私を軽蔑する様に目を尖らせた公爵様のお口がゆっくりと開いた。


「貴様が今まで、マリエーヌに対してどれだけ横暴な振る舞いをしてきたか、僕が知らないとでも思ったのか?」


 その言葉一つ一つに公爵様の怒りが伝わってきて、恐怖のあまり私は声も出せず、体はただ震えるばかり。

 

「貴様が今日、ここへ来たのはどうせ僕の噂を聞きつけたのだろう? 僕に取り入ってマリエーヌから公爵夫人の座を奪おうとでも思ったのか? それとも、マリエーヌの持っている宝石やドレスを持ち帰ろうとしたのか? 『優しくなった公爵様』なら何をしても許されるとでも思ったか?」


 なんで……?

 なんで全部お見通しなの!?


 そうよ! きっとお姉様が公爵様に私の事を話をしたんだわ!

 それ以外に考えられないわ!


 私は息苦しい中、どうにか息を吸い込み力任せに声を張り上げた。


「違います! 私はそんな事をする人間ではありません! 疑うなら私を知る人達に聞いてみて下さい! お姉様に虐められていたのは私の方なんです! 公爵様はきっとお姉様に騙されているのです! あの人の言う事は信用出来ません!」


 私が渾身の力を振り絞った言葉を聞いた公爵様は、特に表情は変えずに怪訝そうにこちらを見つめていた。


「? お前こそ何か勘違いしているのではないか? マリエーヌからお前の話など聞いた事はない」

「え……? では何故、さっきの話が私の話などと思ったのですか!?」

「この目で見たからだ。お前の強欲さを」


 今度こそ――全く意味が分からなかった。


 見た……ですって……?

 そんな事は無いわ。私は外では完璧な淑女を演じていた筈よ。

 それに私は公爵様と会うのはこれが初めてのはずだけど……。


「あの……公爵様? 私達、以前に何処かでお会いしたのでしょうか?」

「……ああ。そういえば、()()会った事はなかったのか」

「え?」


 何それ?

 まだ……って、どういう事?


 公爵様は、一体何を言っているの……?


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