23.皆を守るためには
その後、数名の騎士を残して、私たちは別荘へ戻ることになった。
私とアレクシア様の前には、ランディ君とマグナス君、ガイゼンさんが横一列に並んで歩いている。
私が独断でガイゼンさんを正式な護衛騎士として任命したことは、さっきアレクシア様に伝えた。
アレクシア様はものすごく複雑そうな顔をしていたけれど、特に異論はなかったようで、すんなりと了承してくれた。
とはいえ、今はアレクシア様が私の傍に居るため、ガイゼンさんは一時的に私の護衛から外れている。
なので、代わりにランディ君とマグナス君の付き添いをお願いした。
私たちの後ろ、少し離れた先ではルディオス君が一人で歩いている。
あれからしばらく姿が見えなくて心配したけれど、別荘へ戻るとなった時、どこからともなくふらっと姿を現した。
それからなんとなく近寄りがたい空気を纏いながら、帰路につく私たちの後ろを付いてきている。
ランディ君が、ルディオス君を気にしてチラチラと視線を送っていたけれど、結局話しかけることはできなかったらしい。
「え? では、別荘を襲撃した人たちは、国王様のお兄さんの命令で動いていたのですか?」
アレクシア様の話を聞いて、今回の別荘襲撃の全容が見えてきた。
どうやらアレクシア様が向かった王城でも一悶着あったようで、その事態を引き起こした人物が国王様のお兄さんだったらしく、その人物が今回の別荘襲撃にも関わっていたらしい。
「ああ。奴は宰相として国務の一環を担っていた人物で、国王だけでなく臣下や国民からも信頼されていた。だが、その裏では国王に対して憎しみを抱き、王座を簒奪する機会を狙っていたようだ」
その機会の場として選ばれたのが、アレクシア様とルディオス君が出席した会食の席。
その席で、なんとエヴァン王太子の食事に毒が盛られたらしい。
「毒だなんて……アレクシア様とルディオス君は大丈夫だったのですか?」
「ああ。毒が混入されていたのはエヴァンの食事にのみだった。どうやら王太子を毒殺した罪を僕たちに被せるつもりだったようだ。更には僕たちをこの国で匿っていた国王にも責任を追及し、失墜させるつもりだったのだろう。国王も王太子も不在となれば、次に王となる資格を持つのは国王の兄。もしくはその息子となる。奴にとっての邪魔な存在を一掃できるというわけだ」
だけど、その目論見は失敗に終わった。
アレクシア様が毒の存在に気付き、毒殺を未然に防いだのだという。
「以前から、レスティエール帝国へ僕たちの情報を流そうとしている人物の存在には気付いていた。最初は身内の人間を疑い調査していたが、その可能性は低いと判断した。となると、僕たちの存在を知っているのは、国王に近しい城の人間。国王にもそれとなく伝えていたが、あの男の臣下に対する信頼は揺るがなかった。だから国王から会食に誘われた時、その席で何かが起きるであろうことは予測はしていた。当然、食事に毒が盛られる可能性もだ。毒見の習慣がなく、毒を警戒しての銀食器も使用されていない。僕から見れば、毒殺してくれと言っているようなものだ」
「だから、アレクシア様は毒の存在に気付くことができたのですね……」
その後の尋問によって、食事に毒を盛った人物が発覚した。
そして、それを指示したのが国王様の兄だと分かり、すぐにその人物を呼び出し尋問したところ、あっさりと罪を認めたという。
「国王様は、お兄さんを信頼していらっしゃったのですよね……。そんな人に裏切られるなんて、相当ショックを受けられたのではないですか?」
「この世の終わりのような顔をしていたな。その様子を、奴は心底満足そうに眺めていた。よほど国王に対して憎しみが募っていたのだろう。計画は失敗に終わったが、国王への復讐は果たせたと言えるかもしれないな」
「復讐、ですか?」
――つまり、国王様は、自分の兄から憎まれるようなことをしていたってこと……?
「奴は、先代の国王と第二夫人との間に生まれた庶子だった。長く正妃との間に子が生まれなかっため、奴が次期王として期待されていた。だが、後に正妃が子をもうけ、今の国王が生まれた。六年間、次期王としての教育を受けていた奴にとって、王位継承権を剥奪されことは相当屈辱的だったのだろう」
だけど、国王様の兄は表面上ではそれを受け入れ、次期王となる弟を補佐する側にまわった。
そんな兄を、国王様は尊敬し、信頼していたという。
だから、兄から王位継承権を奪ってしまったという事実を知って、自分が次期国王となることを渋り、兄が新たな王になるべきだと主張していたという。
「それなら、お兄さんが国王になれたのではないのですか?」
「いや、本人が拒んだからと言って、そう簡単に王位継承権は譲渡できない。嫡子と庶子とでは歴然とした差があるんだ。そんな勝手を、当時の国王が許すはずがない。それは両者共に分かっていたはずだ。国王は、兄と敵対したくない一心でそう訴えていたのだろうが、それが余計に兄の自尊心を刺激し、憎しみを増幅させたのだろう」
私は国王様とお会いしたことがないから、どういう人物なのかは分からない。
けれど、お義父様に恩があるという理由で、危険を伴ってでも私たちの味方になってくれているのだから、情が深い方なのは想像できる。
だから、兄に王座を譲りたいというのも、本心だったのではないかと思う。
だけど、たとえそうであったとしても、お兄さんの弟に対する憎しみは消えなかったかもしれない。
生まれ持った境遇の違いだけで憎悪の対象になってしまうなんて……。
大きな権力というのは、それほど人の心を狂わせてしまうのだろう。
「弟への憎悪はおくびにも出さず、味方の振りをして自分を傍に置かせ、虎視眈々と復讐の機会をうかがっていた。十年前に起きた王子誘拐事件についても奴が関与していたらしい。その計画を潰した人物の息子である僕に対しても、少なからず恨みを抱いていたようだ」
その言葉に、私はハッとする。
「だから、その復讐として私を誘拐しようとしたのですか?」
そう訊ねると、アレクシア様は途端に不穏な空気を漂わせ始め、重々しい口調で答えた。
「それもあるだろうが、王太子の毒殺に失敗した場合の保険も兼ねていたのだろう。マリエーヌを人質に取りさえすれば、僕を利用するのは容易だと。それこそ僕に、国王か王太子もしくは両方を殺害しろと命じるつもりだったのかもしれないな。どちらにしろ、双方共に失敗に終わったわけだが……」
そう言うアレクシア様の顔には、抑えきれていない憤怒の色が滲んでいる。
アレクシア様の話には、もう少しだけ続きがあった。
自らの罪を認めた国王様の兄は、牢獄へと連行される際、急にアレクシア様に話かけてきたという。
「そういえば、大層な愛妻家のようですが……いつまでもこんな所に居てよろしいのですか?」
と、意味深な笑みを浮かべながら。
すぐに察したアレクシア様は、騎乗用の馬を借りて王城を飛び出し、ここへ戻ってきてくれたのだ。
――その馬は……ちゃんと許可を得てお借りしてきたのでしょうか……?
そんな疑問が過ったけれど、「あの男……どう処理してやろうか……」と、ぼそぼそと不穏な言葉を呟くアレクシア様を前にして、それを追及することはできなかった。
――まさか、この国でも私たちと同じように、王座を簒奪しようとする人がいたなんて……。
アレクシア様曰く、こういった事例は他の国でも割と起きていることらしい。
対して、レスティエール帝国では、これまで帝位を巡っての争いはほとんど起きていない。
四百年と続くレスティエール帝国では、兄弟間での継承権争いを防ぐため、皇子は一人だけと定められていた。
けれど、およそ百年ほど前、唯一の継承権を持つ皇子が若くして病死。
皇族の血が途絶える危機に直面した。
幸いにも、すぐに新たな皇子が生まれたため、その危機は脱したものの、それを機に皇子の人数は定めないことになった。
しかし、原則として皇帝になれるのは第一皇子と決まっており、それ以外の皇子は折を見て公爵位と領地を与えられ、皇宮を去ることになる。
けれど、皇族の血を引く者をそのまま放任するわけにはいかず、公爵位を与える際、帝国に反旗を翻さないという誓約を交わし、同時に危険思想を取り払う洗脳を受けることになった。
更には新たに生まれる子に対しても、皇室が定めた後継者教育に則り、皇帝に対する忠誠心を植え付ける洗脳を施すことになった。
つまり公爵家は、その血が途絶えない限り、レスティエール帝国と皇帝の支配下に置かれ続けなければならないのだ。
全ては、何者にも皇帝の座を脅かされないため。
正当な皇族の血を守るためにも、必要な措置だと考えられているらしい。
それは同時に、帝国の存続を守るためでもある。
帝国民の多くは血統主義を唱えていて、皇族の血が途絶えることは、帝国の崩壊を意味するとも言われている。
それほど皆が皇族の血に拘るのは、初代皇帝の存在があるからだ。
帝国設立者である初代皇帝は人格者として知られ、人望にも長けていた。
帝国民の声に耳を傾け、身分の分け隔てなく救いの手を差し伸べた。
乱世を終わらせ、帝国を繁栄へと導いた英雄。
その功績は数知れず、後に生まれた皇帝の息子、孫ともに非常に優れた人物だったという。
そういった歴史の後押しもあって、レスティエール帝国では血統主義者が多い。
もしかしたら、皆、信じているのかもしれない。
またいつの日か、初代皇帝の再来とも思えるような、素晴らしい皇帝が誕生することを。
「マリエーヌ?」
黙りこくってしまった私を気にしたのだろう。
アレクシア様が心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ……いえ。つい物思いに耽ってしまって……」
咄嗟に笑顔を繕い、頭を切り替える。
とりあえず、色々とあったけれど、別荘を襲撃した人たちがレスティエール帝国とは関係のない人たちだったことには安堵した。
「では、まだ帝国側には、私たちがここにいるという情報は流れていないのですね?」
「今のところはな。だが、油断はならない。この国に目星は付けている可能性はあるからな。帝国の使者が来るのも時間の問題かもしれない」
そう言うと、アレクシア様は思案するように口元に手を添える。
アレクシア様が不在の間に帝国の使者が来た場合を想定しているのかもしれない。
私も、今回の件でよく分かった。
大切な人たちを守ることの難しさを。
アレクシア様たちが駆け付けてくれなかったら、きっと守りきれていなかったと思う。
――どうすれば、皆を守ることができるのかしら……。
危険を覚悟の上で、ここまで付いてきてくれた人たちの事も、無事にレスティエール帝国へ帰してあげたい。
エマさんたちだって、ジェイクさんとの再会を信じているし、子供たちの未来のためにも、犯罪者の家族という立場ではなく、ちゃんとした身分を取り戻すべきだと思う。
それに、父親を尊敬して騎士を目指すランディ君と、文官を目指すマグナス君の夢も守りたい。
私は、前を歩くマグナス君とランディ君へと視線を移す。
ランディ君は眠気が限界にきたのか、歩きながら頭を上下に揺らしていた。
隣を歩くマグナス君がランディ君に話しかけ、身を屈める。
その背中にランディ君が覆い被さると、マグナス君はランディ君を背負って歩き出した。
――マグナス君……本当に良いお兄ちゃんよね……。
その光景を眺めながら、しみじみと感心する。
「やっぱり、本物の兄弟には敵わねぇな……」
ふいに、小さな呟きが後ろから聞こえた。




