22.兄として
別荘に侵入した男を含め、縛り上げられた人数は全部で六名。
他にも、別荘周辺で捕らえた者もいるようで、そちらは別荘に残っている騎士が見張っているらしい。
別荘の中にまで侵入を許してしまったのはエマさんの部屋だけだったらしく、他の使用人たちも全員無事とのことだった。
それを聞いて、私はようやく心の底から安堵できた。
――良かった……。皆が無事で……。
一通りの報告を聞き終えると、アレクシア様は今後の対応について、テキパキと指示を出し始めた。
私は邪魔にならないよう、少しだけ後ろへ下がる。
「あの、マリエーヌ様……」
振り返ると、ランディ君が神妙な面持ちで私を見上げていた。
泣いていたからか、目が少し腫れている。
「ランディ君。少しは落ち着いた?」
ランディ君は小さく頷くと、そのまま黙り込んでしまった。
隣に立つマグナス君が、先を促すようにランディ君の肩を肘で突っつく。
ランディ君は、意を決したように背筋を伸ばし、私と向き合った。
こちらを見つめる大きな瞳にうっすらと涙が溜まり、その水滴が零れ落ちる寸前、ランディ君は勢いよく頭を下げた。
「勝手に飛び出したりして、ごめんなさい」
「僕も、勝手な行動をしてしまい、申し訳ありませんでした」
ランディ君が謝罪したのを見届けて、マグナス君も深く腰を折る。
その様子から、二人が十分反省しているのは伝わってくる。
けれど、今回ばかりはそれだけで終わらせるわけにはいかない。
「そうね。反省はちゃんとしてもらわないといけないわ。だけどその前に、ランディ君はどうして勝手に飛び出して行ってしまったのか、理由を説明できる?」
マグナス君が、ランディ君を追いかけるために別荘を出たというのは分かる。
けれど、ランディ君が飛び出していってしまったのは何故なのか。
まずは彼の言い分を聞いておきたい。
ランディ君はゆっくりと顔を上げると、必死に涙を堪えながら語り始めた。
男が部屋に侵入する前、ランディ君はエマさんとシェリーちゃんと一緒にいたらしい。
そこへ突然、窓を割って男が入ってきた。
そして、窓から近い場所に居たランディ君が一番に狙われた。
剣を手にする男を前にして、ランディ君は恐怖のあまり動くことができず、そこへエマさんがランディ君を庇うようにして前へ出たため、代わりにエマさんが男に捕まってしまった。
すぐにマグナス君が駆け付けたけれど、母親を捕らわれた状態では何もできず、助けを呼ぶこともできなかったという。
母親を守るどころか、自分のせいで母親を危険に晒してしまったのだと、エマさんが無事に解放された後も、ランディ君は何もできなかった自分を責め続けていた。
そんな中、男が逃げていくのを目にした瞬間、頭に血が上り、衝動のままに飛び出してしまった。
「証明したかったんだ。僕だって、ちゃんと戦える。皆を守れるんだって……。だけど……」
森の中で男を見つけたランディ君は、手にしていた木剣で男に挑んだ。
けれど、全く歯が立たたず、危うく返り討ちにされそうになったところを、駆け付けたマグナス君がランディ君を守ってくれたらしい。
語り終えた頃には、ランディ君の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「うっ……ぐすっ……兄ちゃんも……ごめんなさい。僕の代わりにたくさん殴られて……痛かったよね……」
「当たり前だろ」
間髪入れず、マグナス君がきっぱりと答えた。
ランディ君はショックを受けたような顔となり、悲しそうに顔を歪ませる。
マグナス君は、やれやれというように一つ溜息を吐き出すと、優しい笑みを浮かべた。
「でも、俺はお前の兄だからな。弟を守るのは当然だ。お前が無事で良かったよ」
「兄ちゃん……」
マグナス君の言葉に、ランディ君は目を見張って感激を露わにする。
「だがな、ランディ」と、マグナス君は笑みを消し、一切の甘えも許さないというような辛辣な眼差しをランディ君へと向けた。
「お前だって兄になったんだ。だからお前は、妹を守らなきゃならない。それなのに、お前がシェリーの傍から離れてどうすんだよ」
「!」
ハッとしたように、ランディ君が息を呑む。
マグナス君は真っすぐランディ君を見つめたまま、言葉を連ねた。
「お前の悔しい気持ちは僕にも分かる。僕だって、何もできなかったのは一緒だ。そりゃ悔しいさ……あの男に対しても、自分に対しても……。それでも、どんなに悔しくても、腹が立っても、我慢しなきゃならない時がある。自分の取った行動が、更に最悪な結果を引き起こす可能性だってあるんだ。今回の事だって、お前の勝手な行動が、多くの人たちを危険に晒した。それはお前も分かってるだろ」
「……うん」
ランディ君は私を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
新たな涙を堪えるように唇を引き結ぶランディ君に、私は少しだけ苦い笑みを浮かべ、控えめに頷いた。
ただでさえ対応できる騎士が不足しているという状況で、ランディ君は自ら危険な行動に走ってしまった。
その結果、そちらへ騎士を回さなければならなくなり、すぐに動ける騎士は私の護衛騎士であるガイゼンさんだけだった。
私の守りを優先とするガイゼンさんを向かわせるには、私も一緒に動く必要があった。
更にはガイゼンさんが別荘を離れるとなると、今度は別荘の守りが手薄になる。
咄嗟にレイモンド様にエマさんたちを守ってもらうようにお願いしたけれど、それも苦肉の策だった。
ランディ君の衝動的な行動により、全てが後手に回ってしまったのだ。
皆が無事で済んだのは、本当に運が良かったと言わざるを得ない。
だから、今回の件でランディ君には、ただ反省するだけじゃなくて、何がいけなかったのか、どうしてそうなったのか、自分の行動を振り返りながら理解してほしい。
同じ過ちを繰り返さないためにも。
マグナス君がランディ君の肩に手を置くと、ランディ君の視線はマグナス君へと戻る。
「感情のまま動く前に、何を一番に優先とするか、ちゃんと考えろ。自分の行動が、どういう事態を引き起こすのかもだ。でないと、いつか取り返しのつかない事になる。あとで後悔してからじゃ遅いんだからな」
マグナス君の言葉を聞いて、ランディ君は少しだけ俯くと、ぐっと何かを呑み込むように唇を引き結ぶ。
それからギュッと両手の拳を握りしめ、顔を上げた。
「……分かった」
真っすぐマグナス君を見つめるその瞳は、もう揺らいではいなかった。
二人は何かを確認し合うようにしばらく見つめ合った後、マグナス君がランディ君のおでこを指で突っついた。
「ほら。あれ取って来いよ。持って帰るんだろ?」
軽い口調でマグナス君が言うと、ランディ君はおでこをさすりながら頷いた。
「うん。壊れちゃったけど……お父さんにもらった大事な物だから……」
ランディ君はさっきまで男が倒れていた所へ駆け出した。
そこで半分に割れた木剣を拾い、もう一つの片割れを探し始めた。
ランディ君を見守るマグナス君に、私は声を掛けた。
「マグナス君、すごいわね。私では、あんなに説得力のある言葉はかけられなかったわ」
すると、マグナス君は少し気まずそうに視線を逸らしながら声を潜めた。
「僕も昔、同じようなことを父から言われたので……」
「マグナス君が……ジェイクさんに?」
「……はい」
少し意外だった。
十一歳という若さなのにも拘わらず、マグナス君はいつだって大人顔負けの落ち着きぶりを見せていたから……。
「僕も小さい頃は、すぐカッとなる癖があったので……。父が帝国騎士団を退団した事に嫌味を言う大人もいたので、それにいちいち反応して喧嘩する事もよくありました。母にもたくさん迷惑を掛けましたし、父からも何度も説教されました。だから今のランディを見ていると、昔の自分を見ているようです。……いや、僕の方が酷かったと思います」
言いながら、マグナス君は恥ずかしそうに肩を竦める。
だけど、私は密かに納得した。
きっと、そういう経験の積み重ねが、今の彼の姿なのだろう。
最初から完璧な人間なんていないのだと、改めて思う。
たとえ失敗することがあっても、そこから学びを得ながら成長していけばいい。
私だって、まだまだ学ぶことが多いのだから。
視線を前へ戻すと、割れた木剣を大事そうに抱えたランディ君がこちらに駆けてくるのが見えた。
ついさっきまで泣き腫らしていた顔が、今はまた一つ成長を遂げたように凛々しく見える。
「それなら、ランディ君もきっと、素敵なお兄ちゃんになるわね」
そう言いながら、私はジッとマグナス君を見つめた。
私の言葉の意図に気付いたのか、マグナス君は照れくさそうに視線を彷徨わせ、
「だと……いいですね」
と、嬉しそうに顔を綻ばせた。




