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15.泣き声

「命を懸けるだなんて、そんな簡単に言わないでください!」

「……リディア?」


 私とレイモンド様が唖然とする中、リディアはキッと目を吊り上げ、レイモンド様を睨む。


「命なんて、懸けなくていいんですよ! 危なくなったら逃げればいいんです!」

「……いや、しかし……」

「馬鹿正直に命なんて懸けないでください!」

「ば……。リディア嬢……それはさすがに……。ガイゼンだって言っていただろう。命を懸けて義姉さんを守ると」

「レイモンド様は騎士じゃないんですから、一緒にしないでください!」


 口にしかけた反論をスパンッと両断するように言い切られ、「うっ……」とレイモンド様がたじろぐ。

 それからこめかみを押さえると、脱力するように息を漏らした。


「それはそうだが……。……参ったな……。これでは格好がつかないじゃないか」


 そう言うと、レイモンド様は小さく笑った。

 その言葉どおり、恰好つけていたのかもしれない。

 話の最中に見せていた穏やかな笑顔よりも、今のレイモンド様の方がずっと自然体な感じがする。


「恰好つけなくていいじゃないですか」


 ぽつりと、リディアが告げる。


「恰好悪くていいんです。生きてさえいれば、またいつか会えるんですから。だから必ず、生きて帰って来てください」

「リディア嬢……」


 レイモンド様の瞳が大きく見開かれる。


 その時だった。


 バンッ! と、突然扉が勢いよく開いた。


 びっくりして振り返ると、神妙な面持ちをしたガイゼンさんが足早に入ってきた。


「ガイゼンさん?」


 私の呼びかけに応える間もなく、ガイゼンさんは風を切るように素早く動き、燭台の火を次々と吹き消していく。


「え? え? どうしたのですか⁉」


 突然のガイゼンさんの行動に、リディアが涙に濡れた目を擦りながら戸惑いの声を上げる。


「まさか……」


 何かを察したのか、レイモンド様は素早く立ち上がると、リディアの傍へと駆け寄った。

 直後、目の前が真っ暗になった。

 燭台の灯りを全て消したガイゼンさんが、暖炉の火まで消してしまったらしい。

 何も灯りが無くなった部屋の中は、真っ暗で何も見えない。


 すると、すぐ近くでガイゼンさんの声が聞こえた。


「マリエーヌ様。侵入者です」

「え?」


 咄嗟に当たりを見回すけれど、やはり何も見えない。

 椅子に座ったまま動くこともできない私の隣で、ガイゼンさんの囁くような声が聞こえてくる。


「たった今、敷地内に侵入しようとした者たちを拘束したという連絡が入りました。しかし、全員を捕獲しきれなかったようで、数名の侵入を許してしまったようです。正確な人数はまだ分かりません。ひとまずは、地下にある隠し部屋へ行き、様子を見ましょう」


 そう言うと、「マリエーヌ様、立てますか?」と、ガイゼンさんがこちらに手を差し伸べる。

 暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと見えるガイゼンさんの手の平に掴まり、私は立ち上がった。


「隠し部屋なんてあるのか?」


 レイモンド様がガイゼンさんに問う。

 私も隠し部屋の存在は初めて聞いた。


「はい。もともとは王族のために建てられたものですので。有事の際に身を隠す場所と、外へと続く脱出経路が備えられています。ただ、脱出経路に関しては、敵の侵入経路になる恐れがあったため、アレクシア様の指示により潰しております」

「……それは、ちゃんと国王の許可は得たんだろうな……」


 レイモンド様が呆れ気味に言うのを聞き流し、ガイゼンさんが私の手を引く。


「相手に居場所を知られる前に移動しましょう」

「待ってください! 他の皆にも声を掛けないと……」


 この別荘にいるのは私たちだけではない。

 エマさんとその家族。

 そしてレスティエール帝国から付いてきてくれた侍女たちの部屋もある。

 彼女たちをそのままにして、私だけ安全な場所へ避難するわけにはいかない。


「まずはマリエーヌ様の身の安全が第一です。私の他にも騎士が対応に向かっています。他の者たちはそちらに任せましょう」

「でも……」


 侵入者を許してしまうほど、人手が足りていないというのに。

 そんな状態で、皆の安全が確保できるのだろうか。

 それに、侵入者の人数も分からないと言っていた。


「マリエーヌ様」


 ガイゼンさんが、もう一度促すように私の手を引く。

 だけど、私の足は動かない。

 私だけが安全な場所へ避難するということを、体が拒絶している。


 ――せめて、エマさんたちだけでも一緒に……。


 今、一番避難を優先すべきはエマさんたちとその子供たち。

 ジェイクさんから剣の指導を受けていたというマグナス君とランディ君は、母親と妹を守るためなら勇敢に立ち向かってくれるだろう。

 けれど、騎士の警備を掻い潜って侵入してくるような相手に、無茶な真似はしてほしくない。

 それに、相手が手にしている物は、普段彼らが使用している訓練用の木剣ではなく、本物の武器。

 そんな相手と対峙する彼らを想像するだけでもゾッとする。


 すると、開いていた扉の向こうから、微かに泣き声が聞こえた。

 この声は……。


「シェリーちゃんだわ! もしかして、エマさんたちに何かあったのかも……ガイゼンさん!」

「……」


 咄嗟に呼び掛けたものの、ガイゼンさんは硬い表情のまま、その場から動こうとしない。

 エマさんの部屋へ向かってくれることを期待していた私は一瞬、気が削がれてしまう。


「マリエーヌ様、まずは隠し部屋へ参りましょう」


 私の想いとは裏腹に、ガイゼンさんは依然として私に避難するよう促す。

 エマさんたちについては何も口にしない。


 なんとなく、裏切られたような気持ちになった。


「……隠し部屋へ行けば、エマさんたちを助けに行ってくださるのですか?」


 ガイゼンさんは、僅かに私から視線を外した。


「……私はマリエーヌ様の護衛騎士です。マリエーヌ様の傍から離れることはできません」


 その言葉に、私はハッとする。


 ――そうだわ……。私がここにいるから、ガイゼンさんはエマさんたちを助けに行けないんだわ。


 つまり、私が隠し部屋へ避難したところで、ガイゼンさんはエマさんの所へは向かえない。

 それならばと、私は握っていたガイゼンさんの手を放し、声高らかに宣言した。


「では、私がエマさんの所へ向かいます!」

「‼ マリエーヌ様! それは危険です!」


 私を止めようとするガイゼンさんの声を無視して、私は廊下へと向かう。


「マリエーヌ様!」


 滑り込むようにして、ガイゼンさんが私の前に立ち塞がる。

 私は思いっきり息を吸い込み、ガイゼンさんと正面から向き合った。


「アレクシア様は、私の行動を制限するようなことはさせないとおっしゃいました。自由に行動していいと。ですから、私はエマさんの所へ行きます」

「……!」


 ハッと息を呑み、ガイゼンさんは大きく目を見開いた。

 それから少しの逡巡を経て、何かを飲み込むように一度きつく口元を引き結ぶと、右手を自分の胸元に添え、恭しく頭を下げる。


「承知いたしました。では、私もお供いたします」


 その言葉に、私は密かに胸を撫で下ろした。

 ガイゼンさんの力なら、その気になれば簡単に私を止められたはずだから。


「マリエーヌ様……私は……」


 縋るようなリディアの声に、私ははたと立ち止まる。


 ――そうだわ……。リディアと、レイモンド様の安全も確保しないと……。


「えっと……」


 私は必死に頭を巡らせる。


 二人は隠し部屋の場所を知らない。そうなると、二人だけ先に避難してもらうのは難しい。

 けれど、四人でエマさんの部屋へ向かうとなると、ガイゼンさん一人で四人を守りながら行動しなければならない。

 かといって、ここに二人を残すのも危険な気がする。


 悩んでいる時間なんてない。早く決断しないと……。


 そう思うほどに、正解を導きだすことができない。

 シェリーちゃんの泣き声はまだ聞こえている。

 エマさんが抱き上げれば、すぐに泣き止むはずなのに……。


 ――早く、早く……!


「マリエーヌ」


 ふいに、聞き馴染んだ声で名前を呼ばれ、ハッと我に返った。


 ――アレクシア様……?


 一瞬、すぐそこにいるのかと思った。


 だけど、私を見つめるその人物は、背格好は似ているけれど、違う。

 私を呼んだのは、レイモンド様だ。

 アレクシア様から、私を名前で呼ぶことを禁じられて以来、名前では呼ばなくなっていたのに……。


 ――もしかして、私を落ち着かせるために、わざと……?


 だとしたら、効果は覿面(てきめん)だったようで。

 あんなに焦っていた気持ちが、今はすっかり落ち着きを取り戻している。


 レイモンド様は、私を安心させるように小さく笑んだ。


「僕たちは隠し部屋の場所を知らない。教えてもらったとしても、恐らく部屋に入るためには何かしら手順があるだろう。それなら僕たちも義姉さんに付いて行く方が無難だ」


 落ち着いた声でそう言うと、レイモンド様はガイゼンさんへと視線を向ける。


「ガイゼン、剣を一つ貸してくれないか」


 レイモンド様からの要望に、ガイゼンさんは腰に帯びている二本の剣のうちの一本をレイモンド様に手渡す。


「ガイゼンは義姉さんの守りを優先するだろうから、リディア嬢は僕が守ろう」

「……大丈夫なのですか?」


 リディアが不安そうな声で訊ねると、レイモンド様は余裕のある笑みを浮かべながら頷いた。


「ああ。こういう時のため、兄さんの厳しい指導を受けてきたんだ。君の言う通り、僕は騎士ではない。だが、多少は戦える。だからリディア嬢は、僕から離れないでくれ」

「は……はい!」


 リディアの声に明るさが戻り、ササッと素早く動いてレイモンド様の背中へと回った。

 剣を手にして表情を引き締めるレイモンド様は、まるでリディアの護衛騎士のようだ。


 ――良かった……レイモンド様がいてくれて。


 リディアのことは、レイモンド様が必ず守ってくれる。

 そう思えただけでも、張り詰めていた気持ちが少し楽になった。


「では、行きましょう!」


 私の呼び掛けに皆が頷くのを確認して、私たちはエマさんの部屋へと駆け出した。

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― 新着の感想 ―
やっぱり主の居ない隙を狙って何者かが?! マリエーヌ、確かに赤ちゃんとその母親は守らないとだけど、自分が公爵のアキレス腱だということ忘れてないかしら (汗) ガイゼン頑張れ〜 格好いいレイモンドも見ら…
いつも楽しく読んでます! さて、隠れ家発見は侵入者の努力?の成果で見つけたのか?! または、今回のお城での毒殺未遂が関係してのことなのか?! 公爵様たちが邪魔になってきて切り捨てる派の陰謀論もある…
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