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14.レイモンド様の役割

 厨房から戻る途中、レイモンド様から「二人に話したいことがある」と言われた。


 二人というのは、どうやら私とリディアのことらしい。

 どこか思い詰めた顔をしているレイモンド様が落ち着いて話ができるようにと、私はレイモンド様を自室へ招いた。


 ガイゼンさんは、先ほどと同様に部屋の前に立ち、周囲の警戒にあたっている。

 私とリディア、そしてレイモンド様も加わった三人で、丸テーブルを囲んだ。

 皆のお茶を淹れ終わったリディアが、自分の席に着く。

 少し目がとろんとしているのが気になった。


「リディア嬢。眠いようなら、話はまた今度にしよう」

「いえ! 問題ありません!」


 そう声を張り上げると、リディアは気合を入れるようにパンパンと両頬を叩く。


「しかし、さっきは僕に早く休むように言っていたじゃないか。僕の方から話を振っておいてなんだが、やはり後日に……」

「明日はお休みをいただいているので問題ありません! それよりも、レイモンド様のお話というのが気になります」

「……ああ。そうだな」


 レイモンド様は、手元のティーカップに視線を落とし、水面をジッと見つめる。

 それを口に含むことなく静かに置くと、私、そしてリディアへと視線を移した。


「実は、僕も兄さんたちと一緒にレスティエール帝国へ戻ることになった」

「「え?」」


 私とリディアの声が重なった。

 初耳だった。

 まさかレイモンド様まで、アレクシア様たちと共にここを発つだなんて……。


 途端、ガタッと大きな音を立て、リディアが身を乗り出すようにして立ち上がった。


「な……なんでですか⁉ レイモンド様がレスティエール帝国に戻られて、何のお役に立つのですか⁉」

「リディア……さすがにその言い方は失礼だわ」


 正直者のリディアのことだから、思わず本音が飛び出してしまったのだろう。

 だけどもう少し、こう……もっと優しい言い方があると思う。

 そんな言い方をされたら、レイモンド様だって傷ついてしまうわ。


 そう思いながら、ちらりとレイモンド様の様子を窺う。

 けれど、レイモンド様は、まるで全てを受け入れるような穏やかな笑みを浮かべたまま、緩やかに首を横に振った。


「義姉さん、いいんだ。リディア嬢は本当にそう思っているんだろう。そういう彼女の嘘偽りない正直なところに僕は惹かれているんだ」


 逆に私の方が諭されてしまい、思わず呆気に取られてしまう。

 同時に、ちょっとした既視感を覚えた。


 ――今の、ちょっとアレクシア様っぽかったわ……。


 好きな相手の全てを許してしまうような微笑みも、惚れ直すきっかけがちょっとズレているところも。

 今のレイモンド様のリディアに対する言動は、私に対するアレクシア様の言動と通ずるものがある。


 一方のリディアはというと、立ち上がったままの状態で、真っ赤になって硬直していた。

 さりげなく口にした告白ともとれるレイモンド様の発言に、思考が停止してしまったようだ。


「リディア嬢、とりあえず座って話をしよう」


 平然とした態度でレイモンド様が促すと、リディアはハッとしたように硬直を解き、少し複雑そうな表情を浮かべながら着席する。

 レイモンド様は、優雅な手つきでティーカップを手に取り、お茶を飲む。

 それに釣られるようにして、私とリディアもお茶を飲んだ。

 温かいお茶が流れ込み、じんわりと体の内側に染み込んでいく。

 お茶によるリラックス効果で落ち着きを取り戻したところで、レイモンド様が問うてきた。


「二人は、どうして僕がここに連れて来られたのか、理由を聞いているか?」


 え……? と、私とリディアは揃って顔を見合わせる。


 ――そういえば、レイモンド様がいることについて、アレクシア様からは何も説明がなかったわ。


 どうやらリディアも聞いていないようで、うーん……と口元に手を添えて考え始めている。

 私は、あまり深く考えず、なんとなく思っていた理由を口にした。


「皇帝は、自分の目を欺き、国外逃亡を図ったアレクシア様を捕まえようとしているのですよね。だとすると、レイモンド様はアレクシア様の弟ですから、皇帝に目を付けられる可能性があります。だからレイモンド様の身の安全のため、ここへ避難させたのではないでしょうか」


 私の回答を聞いていたリディアが、コテンと首を傾げた。


「……旦那様が、マリエーヌ様以外の人間にそこまで配慮するでしょうか? 私は、皇子の存在と旦那様の計画を知ってしまったレイモンド様が口外しないよう、ここに監禁しているのではないかと思います」

「え⁉ 監禁⁉」


 私が思わずギョッとすると、レイモンド様が「くっ」と笑いを嚙み殺すような声を出した。

 見れば、レイモンド様は俯いたまま、笑いを必死に堪えるように肩を震わせている。


「くっくく……。一人の人間に対して、そこまで意見が食い違うとは……。ふっ……兄さんが普段から、二人に対してどのように接しているのか、よく分かるな……くくっ……」

「……やっぱりレイモンド様って、笑いのツボがちょっとズレてますよね……」


 今もまだ肩を震わせているレイモンド様を見て、リディアがぽつりと呟く。

 確かに、私もちょっとだけ同じことを思っていた。


 ひとしきり笑った後、レイモンド様は気を取り直すように息を吐き、スッと顔を上げた。


「確かに、二人の答えも、もしかしたら正解なのかもしれない。だが、兄さんが僕を連れてきたのは、この計画を遂行するうえで、ある役割を与えるためだったんだ」

「役割……?」


 すると、リディアが待ちきれないといった様子でレイモンド様に訊ねた。


「それは、どういう役割なのですか?」

「……申し訳ないが、僕の役割については、今はまだ言えない」

「じゃあ、いつなら言えるのですか?」

「そうだな。この計画が終わった後なら言えるだろう」


 その答えに、リディアが僅かに息を呑む。

 そしてキュッと唇を噛み、ぽつりと告げた。


「もしかして、危険な役割なのですか?」

「……」


 レイモンド様は何も答えない。ただ穏やかな笑みを浮かべたまま、視線だけをテーブルに落とす。


 リディアは相手の嘘を敏感に感じ取る。

 だからこそ、建前でも安心させるような言葉を紡げないのだろう。


 つまり……レイモンド様の役割は、それだけ危険を伴うものということ。


「その役割は、レイモンド様でないと駄目なのですか?」


 今にも泣きそうなリディアの声が、空気を震わせる。


「ああ。僕にしかできないことだ」


 落ち着き払ったレイモンド様の声が、もう全て決定事項であることを物語っている。


「……そうですか」


 しん……と、沈黙が部屋を支配する。


 俯いたまま、何も言わなくなくなったリディアを、レイモンド様はジッと見つめている。


 レイモンド様にしかできないこと。

 それはいったい、どういうものなのだろう。


 ――もしかして、私たちがレイモンド様を巻き込んでしまったの……?


 ふと過ったその疑問が、胸の内側をざわめかせる。


 どんな役割かはわからないけれど、それをアレクシア様がレイモンド様に強要したとは考えたくない。だけど……。


「レイモンド様は、本当にそれでいいのですか? 命の危険を冒してまで、それを引き受ける理由が、レイモンド様にはあるのですか?」


 思いがけず強い口調になり、レイモンド様を問い詰めるような聞き方になってしまった。

 レイモンド様は、一瞬目を見張ったものの、すぐに穏やかな微笑を浮かべ、


「ああ、ある」


 はっきりとした声で肯定する。


 レイモンド様は、どこか懐かしそうに遠くを見つめながら、穏やかな口調で語り始めた。


「僕は、昔からずっと兄さんが羨ましかった。僕は早々に後継者候補から外されていたから……次期公爵として皆から期待され、一目置かれている兄さんのことが羨ましくて仕方なかった。後継者教育を受けていない僕は、何をもってしても兄さんには敵わない。だから、勝手に僕を後継者候補から外した父さんを恨んだこともあった。僕だって、同じ教育を受けていれば、兄さんと対等に渡り合えていたはずだ、と。そんな度胸も器量も無いくせに、自分の意にそぐわない境遇を誰かのせいにして、不満ばかりを募らせていたんだ」


 当時のレイモンド様の境遇については、お義父様の手記の中でも触れられていた。

 優秀な兄との比較対象にされ、劣等感を募らせていたことも。

 だけど、お義父様がレイモンド様を後継者から外したのは、お義母様とレイモンド様を守るためでもあった。

 それについては、お義父様の手記を読んだレイモンド様なら、もう分かっているはず。


「父さんの手記を読んで、その教育の全貌を知った。僕も同じ教育を受けていたかもしれないと思うとゾッとした。特に兄さんは、僕を後継者教育から外す条件として、毒の量を増やされていた。恐らく皇帝は、兄さんを殺すつもりだったんだ。兄さんが死ねば、僕が後継者にならざるをえない。父さんの申し出は白紙となり、皇帝の命令に背いた父さんはいずれ処刑される。それこそが、自分に逆らった父さんに対する罰だったんだろう。だが、結果的に兄さんは生き延びた。そして僕は、兄さんに救われた。僕が当たり前のように過ごしていた家族との時間も、兄さんの存在があったからこそ、守られていたんだ。それなのに、兄さんだけが、家族と共に過ごすことを許されなかった。誰にも救いの手を差し伸べられることなく、たったひとりで、過酷な日々を耐え続けていたんだ」


 ギリッと、奥歯を噛みしめる音がした。

 苦悩するように顔をしかめながら、レイモンド様は続ける。


「誰も信用しない、人の心を持たない冷酷無慈悲な人間。兄さんがそうなるのも当然だ。信じられる相手なんていなかったのだから。誰も、兄さんに対して人の心を持って接しなかった。優しさも、慈悲も、かけてはくれなかった。終わりのない苦痛だけを与え続けたあの教育が、兄さんをそんな人間に仕立てたんだ」


 だから……と、レイモンド様の視線が私へと向けられる。


「義姉さんに対して冷たく接していたのは、兄さんだけのせいじゃないんだ」


 その言葉に、私はハッとする。


 ――レイモンド様……もしかしてアレクシア様を庇っているの……?


 切実な眼差しをこちらに向けてそう訴えるレイモンド様の姿に、私は密かに感激する。


 私を冷遇していた過去を持ち出し、アレクシア様を責める人はいても、擁護する人は誰もいなかったから。


 前世でのレイモンド様も、そうだった。

 だけど、今は違う。

 弟として、家族として、アレクシア様の名誉を守ろうとしている。

 後継者教育により捻じ曲げられた二人の関係が、本来あるべき形へと変わりつつあるのかもしれない。


 ――良かった。アレクシア様のことを、理解してくれる人がいて……。


 その相手が、血を分けた兄弟なのだから、なおさらだ。


「分かっています。アレクシア様が、本当はとても優しい方だということは」


 ニッコリと笑ってそう言うと、レイモンド様は安堵したように微笑んだ。


「義姉さんのおかげで、兄さんは変わった。まだ義姉さん以外の人間に対する警戒心は強いが、それでも、信じようと努力している。だからこそ、兄さんは僕に役割を与えた。危険ではあるが、この計画を成功させるためにも、重要な役割だ」


 そう語るレイモンド様の顔は穏やかで、その役割を引き受けたことに対する迷いの欠片も見られない。

 むしろ、自分の役割が与えられたことを誇らしく思っているように見える。


「僕は、兄さんに幸せになってほしい。ただ幸せになるだけじゃなくて、今度こそ家族と共に過ごす幸せな時間を築いてほしい。過去は取り戻せないが、未来なら望みがある。そのためにも、僕にできることがあるのなら、何でもする。たとえこの命を懸けることになっても、構わない」


 その発言に、リディアが弾かれたように顔を上げた。


「命を懸けるだなんて、そんな簡単に言わないでください!」


 そう声を上げた彼女の瞳は、涙の膜で揺らいでいた。

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― 新着の感想 ―
ウィルフォード家の男子は、みんな溺愛男子なんですねwww 自覚したら強www あんな皇帝がもし居なくて、普通に平和だったなら、この公爵家きっと嫁さん溺愛スパダリ親子でかなり面白い家族だったでしょうに。…
いつも楽しく読んでます! リディアさんのレイモンド様への発言は、キツめだったけどここまで見てきてると心配な気持ちを隠しての『何の役にてんてんてん・・・』な発言になったのかな〜と思ってしまう! (勝手…
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