13.護衛騎士の誓い
「私は、三年前までレスティエール帝国騎士団に在籍しておりました」
「え?」
私は反射的に身構えた。
レスティエール帝国騎士団の騎士は、定期的に洗脳を受けており、皇帝の命令に逆らえないと聞いていたから。
――でも、三年前の話なのよね……? 確か、騎士への洗脳は、アレクシア様が受けたものと違って、定期的に施す必要があるって言ってたから、今はもう洗脳は解けているってことよね……。
そんな私の懸念を察したのだろう。
ガイゼンさんは左胸に手を添え、はっきりと告げた。
「かつてはレスティエール帝国のため忠義を尽くしていた身ではありますが、今はアレクシア様にのみ忠誠を誓っております。それだけは、何卒ご理解いただけると幸いです」
誠実な彼の心を表しているかのような、真っすぐな眼差しを向けられて、私は強張っていた体の緊張を解いた。
「はい。分かりました」
私が理解を示すと、ガイゼンさんは安堵したように表情を和らげる。
それから落ち着き払った声で、自分の過去について語り始めた。
「三年前、私は帝国騎士団の騎士として、北部で起きている紛争を鎮めるため、戦地へと赴きました。そこで戦闘中に投げ込まれた爆発物に巻き込まれ、左手の半分を失いました」
グッと、喉に何かがつかえるような感じがした。
その光景が一瞬頭を過り、足が竦みそうになる。
けれど、脳内に映し出される光景は、私の想像でしかない。
現実は、もっと壮絶で悲惨なものだったに違いない。
「その爆発は、双方に甚大な被害をもたらしました。戦闘は一時休戦となり、私は負傷兵として帝国へ戻されました。そして帰還すると同時に、私は騎士団から除名宣告を受けました」
「……除名、宣告?」
言葉の意味が分からないわけではない。
けれど、どうしてそんなことになるのか、意味が分からなかった。
ガイゼンさんは、虚無の眼差しを左手に落とし、続けた。
「誉れ高い帝国騎士団にとって、体の一部を欠損しているような人間は、騎士団の汚点でしかないのです。ですから、そういう傷を負った人間は、騎士団からの退団を余儀なくされます。その後の生活の保障もされません」
「そんな……ひどい……」
帝国のために命を懸けて戦い、傷を負った人間を一方的に追い出し、その後の保証もないなんて……。
「ですがこれは、帝国騎士団に限ったことではありません。名だたる騎士団なら尚のこと、満足に戦えない人間をいつまでも籍に置いておく理由はありません。騎士を志す人間なら、誰もがそれを理解しております。……私も、理解していたつもりでした」
最後の言葉が、地に落ちるようにガイゼンさんの口から零れる。
ガイゼンさんは、気を取り直すように息を吐き出すと、沈んでいた顔を上げた。
「私の実家は、代々多くの騎士を輩出してきた家柄で、今は亡くなっておりますが、私の父と祖父も、レスティエール帝国騎士団に在籍しておりました。私と二人の兄も、幼少期から当然のように騎士になるための教育を父から受けておりました。兄は二人とも、今もレスティエール帝国騎士団に在籍しております。私は末っ子ということもあり、兄たちから剣の指導を受けたりと、それぞれの兄との関係は良好でした。ですが私が除名宣告を受けたと知って、兄たちは揃って一族の恥だと私を罵りました。除名宣告されるくらいなら、なぜ戦地で潔く死ななかったのかと。一方的に罵倒され、私は何も言い返すことはできませんでした。最後には絶縁を言い渡され、それ以来、兄とは会っていません。……それから退団手続きを終えて、身の置き場のなくなった私は実家に戻りました。ですが、久しぶりに再会した母は、私とは目も合わせてくれませんでした。私が騎士でなくなったことが相当ショックだったようです。母は日頃から、三人の息子全員がレスティエール帝国騎士団の騎士として、帝国のために戦っているのだと、茶会の席で友人に自慢げに語っていましたから。もしかしたら、噂を聞きつけた友人に何か嫌味を言われたのかもしれません。……結局、居たたまれなくなった私は、実家を出る決意をしました」
粛々と語るガイゼンさんの話を聞きながら、私は何度も息が詰まった。
ガイゼンさんがこんなにも左手に拘る理由。
それを、本当の意味で理解した。
ガイゼンさんが失ったのは左手の半分だけではない。
それをきっかけにして、命よりも大事にしていた誇り、唯一無二である家族との絆、自分の居場所さえも。
全てを失ってしまったのだ。
「家を出たものの、行く当てはありませんでした。ただ、どうしても騎士の道を捨てられず、様々な騎士団に掛け合いました。ですが、どこも入団するためには心身ともに健康であることが必須条件です。こんな左手では入団試験に挑むことさえできませんでした。私が騎士として生きる道は、完全に絶たれてしまったのだと、この時、ようやく本当の意味で理解しました。それまでも理解していたつもりなのですが……まだ道はあるはずだと。諦めきれていなかったのです」
自分の考えの甘さにうんざりしました……と、ガイゼンさんは吐露する。
だけど、騎士としての道を捨てないでいることが、ガイゼンさんにとっての唯一の希望だったのだろう。
家族から見放され、身体も心も傷ついても、騎士としての誇りさえ持っていれば、大丈夫だと。
その唯一の希望を絶たれて、いったいどれほどの絶望を味わっただろう。
「騎士になることを諦めた私は、新たな職を探しました。ですが、何の伝手もなく、戦う以外に能がないくせに左手はこんな状態ですから。まともな職に就けるはずがありません。とりあえずは、勧められるままに傭兵ギルドに登録しました。信じられないほど薄給ではありましたが、なんとか食いつなぐ程度の稼ぎを手にすることはできました。ですが……ふとした瞬間に我に返り、虚しくなりました。自分は何をしているのか。こんな生き恥を晒すくらいなら、兄の言う通り、騎士として戦場で死んだ方がマシだったと」
カチャ、カチャ……と、厨房の方から聞こえてきた音に、私はハッと我に返る。
もうすぐリディアたちがお茶の準備を終えて出てくるかもしれない。
ガイゼンさんも厨房を一瞥し、話を続けるべきか、迷う素振りを見せたけれど、私は「続けてください」と先を促した。
話を聞きながら、頭の中に思い描いたガイゼンさんの姿は、今も闇に囚われたまま。
だから、一刻も早く救ってあげたい。
彼に救いの手を差し伸べるであろう人物は、きっと私の知っている人だから。
ガイゼンさんは小さく頷き、少し早口で続けた。
「それから二年ほどが経過して、ちょうど一年ほど前です。突然、アレクシア様が私の前に現れたのです。『元帝国騎士団の人間で、喧嘩っ早い傭兵というのはお前か?』と。あの時の私は、お恥ずかしながら自暴自棄になり少々荒れておりまして……左手を理由に絡んでくる相手と喧嘩を繰り返し、ちょっとした有名人になっておりました」
――……今のガイゼンさんからは想像できない姿だわ……。
ガイゼンさんは、恥ずかしそうな様子でコホンと控えめな咳払いを一つして、続けた。
「帝国唯一の公爵であるアレクシア様のことは、当然私も存じ上げておりました。ですから、そんな高貴なお方が目の前に現れたことに驚きを隠せませんでした。動揺する私に、アレクシア様は、『騎士に未練があるのなら、ウィルフォード騎士団の入団試験を受けてみろ』とおっしゃられました。私はすぐに左手の傷を見せたのですが、『それがなんだ?』とあっさり言われて、言葉を失いました。ですがあの瞬間、急に道が開けたかのように目の前が明るくなったのです。もう一度、騎士として生きられるかもしれない。そう思うだけで、居ても立ってもいられなくなりました。このチャンスを絶対に逃してはならない。今すぐ動かなければ、と。それからはひたすらに鍛錬を積み重ね、ウィルフォード騎士団の入団試験に挑みました。驚いたのは、私と同じ理由で帝国騎士団から除名された人間が他にも数名いたことです。片側の視力を失った者、片腕を失った者、身体の状態は様々ではありましたが、それを理由に門前払いされる者は誰もいませんでした。そして、無事試験に合格し、私は再び騎士として生きる道を与えられました」
スッと顔を上げたガイゼンさんの瞳は、そこには居ない誰かを見るようにして宙へと向けられる。
「アレクシア様は、私にとって命よりも大事な誇りを授けてくださった恩人です」
その人物を敬愛する眼差しに、私は誇らしい気持ちになる。
アレクシア様は、前世での自分の経験から、体に不自由がある人たちへの支援に力を入れていた。
生活に役立つ自助具の開発、販売、貸出。他にも職場を斡旋したり、リハビリを目的とした施設の建設など、アレクシア様の働きかけにより多くの人たちが救われてきた。
ガイゼンさんをウィルフォード騎士団に誘ったのも、そういった支援の一環だったのだろう。
だけどガイゼンさんにとって、アレクシア様との出会いは、奇跡のような出来事だったに違いない。
アレクシア様の存在が、ガイゼンさんにとっての救いとなり、奇跡となった。
私たちの身に起きた奇跡が、こうして誰かの奇跡として繋がっていることが嬉しかった。
ふいに、ガイゼンさんの視線が私へと向けられた。
敬愛の眼差しが、今度は私の姿へと注がれている。
次の瞬間、ガイゼンさんはその場に跪くと、左胸に手を添え、私を仰ぎ見た。
「アレクシア様が、ご自分の命よりも大事にされているマリエーヌ様を、この命と、騎士としての誇りを懸けて、必ずやお守りすることをここに誓います」
それは二回目となる、ガイゼンさんの騎士としての誓い。
だけど、護衛騎士となることに迷いがあった一回目とは違い、その言葉からは確かな重みが伝わってくる。
「え⁉ な、何事ですか⁉」
厨房から出てきたリディアが、私の前で跪いているガイゼンさんを見てギョッと目を剥く。
その隣にいたレイモンド様は、何かを察したのか、特に驚いた様子は見せなかった。
私はガイゼンさんに立ち上がってもらい、満面の笑みでリディアに告げた。
「ガイゼンさんが、私の正式な護衛騎士になってくれたの」
その瞬間、シン……と静まり返った空間の中で、「え⁉」と一番に声を上げたのは他でもない、ガイゼンさん自身だった。
勝手に決めてしまったけれど、きっと大丈夫。
アレクシア様も、最初からそのつもりだったはず。
だって、こんなにも誠実で優しい護衛騎士なんて、そう簡単に見つかるはずがないのだから。




