10.早く帰りたい sideアレクシア
全ての食事で毒の有無を調べた結果、毒物の混入が認められたのは、皇太子であるエヴァンの食事にのみだった。
ケイレブ王が即座に招集をかけ、料理長、配膳の担当者など、食事に近付くことができた全ての人間が広間に集められた。
横並びに一列になった彼らに向けて、ケイレブ王の口からエヴァンの食事に毒が盛られていたことを告げられる。
それを聞いて、一人の男が声を上げた。
「国王陛下! まさか私たちを疑っておられるのですか⁉」
その声に触発されるように、次々と抗議の声が上がる。
「私たちよりも、疑うべきはそちらの人間ではありませんか⁉」
「そうです! 私たちがエヴァン王太子殿下に毒を盛るなど、絶対にありえません!」
ケイレブ王が手を上げて制すると、抗議の声は静まった。
「私も、何かの間違いであってほしいと思ってはおる。だが、実際に毒は検出されたのだ。それと、毒の混入を疑ったのはウィルフォード卿だ。彼のおかげでエヴァンは助かったのだ」
実際には、僕が指摘せずとも、エヴァンは自分で毒の有無を確認し、それにより発覚していただろう。
だが、それについてはあえて伏せるらしい。
懸命な判断だ。
「でしたら、自作自演とは考えられませんか⁉ こうして国王陛下が私たちに疑心を抱くように仕向け、この国の秩序を乱そうとしているのです!」
「そうです! その者こそ疑うべきで――」
「黙れ」
威圧を込めて言い放った一言により、賛同しようと口を開きかけた者たちが一斉に息を呑んでこちらを見る。
僕は彼らに向けていた視線をケイレブ王へと向け、小首を傾げる。
「ケイレブ王。あなたは自分の臣下が発言の許可も得ず、好き勝手に騒ぎ立て、あげくに客人に対するこのような無礼を許しているのか? もしも僕がレスティエール帝国公爵としての立場でこの場にいたのなら、彼らの言動は帝国に対する侮辱とみなす。このような小国、いとも簡単に潰してしまうぞ」
「……」
王としての威厳を手放したのか、ケイレブ王は自分の臣下を一瞥しただけで、何を言おうともしない。
彼らは相変わらず反抗的な視線をこちらへ向けているというのに。
臣下との距離が近いのは、小国ならではなのだろう。
この国のやり方にいちいち口を出すつもりはない。
毒の混入についても、恐らくはこの国内部の事情によるものだろう。
だが、喧嘩を売られた以上、このまま黙って引き下がるわけにはいかない。
「そ、それでも……今のあなたは公爵でも何者でもない! ただの罪人のくせに、何を勝手なことを……」
性懲りもなく反論を口にする男に、僕は標的を定める。
「そうだ。今の僕は何の身分も持たない。だが、尋問は得意だ」
ゴキッと指の関節を鳴らし、こちらを睨みつける男の前へ歩み寄る。
正面から僕と視線を合わせた男は、「ひっ」と身じろぎし、竦めた首を僕は片手で掴んだ。
「⁉」
「ウィルフォード卿! そなた何をするつもりだ⁉」
慌てふためくケイレブ王には目もくれず、言葉だけを返す。
「尋問するだけだ。脈の触れ方で、相手が嘘を付いているかを判別する」
「なっ……。し、しかし……そんな強硬手段をとる前に、まずは話を聞くべきでは……」
「時間の無駄だ。こんな問題さっさと片付けて早く帰りたい」
無意識だったが、本音が漏れた。
ケイレブ王は、助けを求めるようにルディオスへと視線を向けた。
ルディオスは、毒が混入されていないと分かった自分の食事を黙々と口に頬張っている。
やがて、縋るようなケイレブ王の視線に気付くと、口内の食物をごくりと飲み干し、口を開いた。
「その人、今まで散々待たされて相当苛立ってるから、下手に長引くと余計に面倒臭くなるぞ」
それだけ言うと、ルディオスは手にしているフォークを赤色の果実に突き刺し、大口を開けて食らいつく。
僕は脳内に積み上げているルディオスの課題に〝食事のマナー〟と大きく付け足した。
一方で、ケイレブ王はがっくりと項垂れ、ふらふらとおぼつかない足取りで自席に着席すると、一国の王らしからぬ投げやりな口調で告げた。
「もうよい。そなたの気の済むままにしてくれ。……はぁ。性格まで父親そっくりとは……」
最後に何か聞こえたが、どうでもいい。
とにかくさっさと終わらせてマリエーヌのところへ帰りたい。
僕は指先で脈の微動を確認しながら、男への尋問を始める。
「お前が、王太子の食事に毒を盛ったのか?」
「……い……いえ……。私は何も……」
うっすらと涙を浮かべながら、男は掠れた声で否定する。
脈拍は相当高いが……。
――……シロか。
そう判断すると、男の首から手を離し、隣の女の首を掴む。
女だからと遠慮は不要だ。
同様の尋問を終え、次の男の首に手を伸ばそうとした時、
「ひいぃ!」
情けない声を上げ、男は仰け反りながら後ずさるが、無駄な足掻きだ。
あっさりと距離を詰め、男の首を強めに掴み上げる。
「お前が、王太子に毒を盛ったのか?」
恐怖に顔を歪めながら、男は必死に首を横に振る。
しかし脈拍は上昇し続け、視線の焦点もブレている。
額に滲んだ複数の汗が頬を伝い、水を被ったかのように次々と滴り落ちる。
「誰かに指示されたのか?」
「……!」
男は大きく目を見開くと、はくはくと口を開閉させながら動揺を露わにする。
ここまで分かりやすい反応をされると、脈拍を確認するまでもない。
――問題は、誰に指示をされたか、だが……。
恐らくは、それなりに身分の高い人間。
それも、王太子が不在となった場合、次の王として候補が上がるくらいの……。
そこへ、エヴァンが割り込むようにして男に訊ねた。
「それは、伯父上ですか?」
「な……何を申すのだ⁉」
男が答えるよりも先に、ケイレブ王が抗議の声を上げた。
エヴァンはその声を無視して、真意を探るようにジッと男を見つめている。
男の脈拍は、エヴァンの言葉により大きく乱れた。
その瞳から零れた涙が汗と混ざり合い、顎から滴り落ちる。
「申し訳……ございません……」
もはや逃れられないと、観念したらしい。
掴んでいた首を離すと、男はその場に崩れ落ちた。
「まさか……兄上が……? なぜ……」
ケイレブ王は、あからさまに狼狽えながら頭を抱え込み、そのまま項垂れた。
苦悶する父親の姿をしばらく眺め、エヴァンはどこか安堵するように息を吐き、「すぐに伯父上をここへ連れてこい」と、毅然とした態度で指示を出す。
――国王の兄……ああ、庶子の方か……。
この国の事情については、あらかた情報を仕入れていた。
その動機は察しが付く。
周囲が慌ただしく動く中、僕は席に戻り、内ポケットから懐中時計を取り出した。
時刻は九時を回っている。
今日のうちに別荘へ戻るのは難しいだろう。
――マリエーヌは今、どうしているだろうか……。
先に寝ていてほしいと伝えたが、マリエーヌのことだから、健気にも僕が帰って来るのを待っているかもしれない。
こんな事なら、泊まるふりをしてでも彼女の睡眠を優先するべきだった。
落胆の溜息を吐き出し、天を仰ぐ。
煌々と輝く照明を眺め、
「マリエーヌに会いたい……」
自然と僕の口から本音が零れる。
隣で水を飲み干そうとしていたルディオスが、再び盛大にむせた。
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