09.王城での会食 sideアレクシア
王城へ到着すると、会食までの待機場所として城内にある一室へ案内された。
想定よりも少し遅れての到着ではあったが、会食の予定時刻までは少し余裕がある。
部屋の中には適度な調度品が備えられているが、どれも年季が入った代物だ。
王城の客室としてはかなり質素である。
ここしか客室が空いていなかったのか。
それとも、あえてこの部屋に僕たちを案内したのか。
――どちらにしろ、あまり歓迎されてはなさそうだな。
それも当然だろう。
レスティエール帝国で犯罪者として追われている人間を匿うなど、この国にとってリスクしかない。
こんな小国がレスティエール帝国のような大国から目を付けられる、なんて事になれば、他の国も警戒し、貿易を制限される可能性もある。
だが、そんなリスクを背負ってでも、僕の父親に対して深い恩義を感じている国王は、僕たちの計画に手を貸すことを決めた。
それだけ義理深い人間ではあるが……一国の王として考えるなら、その義理深さは非常に危うい。
僕たちを匿っていることに対して反発心を抱いている者も少なくないだろう。
「あー疲れた」
ベッドに腰掛けるなり、ルディオスは上着を脱ぎ棄て、襟首を緩める。
両手を伸ばして大きく伸びをすると、そのまま後ろへ仰け反りながらベッドへ倒れた。
これから国王との会食があるというのに、相変わらず緊張感の欠片もない。
「あ、やべ。髪セットしてんの忘れてた。まいっか」
ベッドに横たわりながら、ルディオスは後ろで固めていた前髪の一房をつまみ、指先でいじっている。髪の乱れも、服が皺になるのも気にするつもりはないのだろう。
もはや何を言う気にもなれない。
「なあ」
「……」
「なあって」
――マリエーヌは、今頃夕食だろうか……僕がいなくて寂しがっていなければいいが……。
「なんで無視すんだよ」
不満げに顔をしかめたルディオスがベッドから起き上がる。
「なんだ。僕に話かけてたのか」
「いや、どう見てもあんたしかいねぇだろうが。どうせ分かってて無視してんだろ」
「……」
無視されていると理解しているのなら、わざわざ答える必要はない。
僕は無言のまま、近くの椅子に腰掛ける。
ベッドの方からうんざりとするような溜息が聞こえた。
「ったく……。あんたってほんと、マリエーヌさんがいる時といねえ時とで全然態度違うよな」
「人のことをとやかく言う前に、お前こそ態度を改めろ。寝ながら人に話しかけるなどもってのほかだ」
「はいはい。申し訳ありませんでした」
改まったとは思えない口調でルディオスは面倒臭そうに聞き流すと、胡坐をかいていた足を床に降ろす。
「あんた、俺に言ったよな。俺が皇帝にならないと母さんの命は保証しないって。あれは本当にただの脅しだったのか?」
「そうだ。と、僕が言ったところでお前はそれを信じるのか?」
「……」
「お前が僕を信じられないのなら、この問答に意味はない」
「…………信じるよ」
意外な返答に、僕は少しだけ目を眇める。
「ほう……。ならば、どうする? 母親の身柄が保障されていると知ったのなら、お前はまた皇帝になることを拒むのか?」
「……いや」
ルディオスの膝に置かれた両手が、ギュッと拳を握り込む。
「俺は……なるよ。皇帝に。俺だって、あれから色々考えたんだ。ジーニアスだって……俺が皇帝になることを望んでいた。だから、これはジーニアスの望みでもあるんだ……」
まるで自分に言い聞かせるような口ぶりでそう言うと、ルディオスはギリッと奥歯を噛みしめる。
「それに、俺だって……本当は……」
そこで言葉を切り、ルディオスは数秒の沈黙を挟んだ後、僕から視線を逸らした。
「いや……なんでもない」
素っ気なく言うと、ルディオスは再びベッドに倒れ、「そういう事だから、もう変な脅しかけんなよ」と言って、会話に終止符を打った。
間もなくして、城の従者が部屋に訪れたが、その口から告げられたのは、予定していた会食時間が遅くなるというものだった。
会食の予定時刻を大幅に超え、ベッドでいびきをかいているルディオスを尻目に、いい加減帰るかと腰を上げた頃、ようやく呼び出しがかかった。
食堂の広間へと案内されると、奥から二人の人物が姿を現した。
友好的な笑みをこちらに向ける初老の男は、ハレイヤ国王ケイレブ・ハレイヤ。
その隣、緊張した面持ちで佇む細身の青年は、第一王子であり王太子のエヴァン・ハレイヤ。
確か、歳はルディオスの一つ上で十七だったはずだ。
それにしても、一つしか歳が離れていないというのに、ルディオスと比べるとやけに大人びて見える。
隣へ視線を向けると、ルディオスは大口を開けてあくびをしていた。
――違うな。こいつがガキなだけか……。
その後、形式的な挨拶を済ませ、僕たちはそれぞれ席に着いた。
「いやはや、せっかくここまで足を運んでもらったというのに、こちらの都合で遅くなってしまって申し訳ない。何かとごたついていたものでな」
ケイレブ王は、疲労の色を隠す様子もなく溜息交じりに愚痴をこぼす。
「それほど多忙なのであれば、無理に会食の席を設ける必要はなかったのでは?」
「そう言うでない。今日の午後は予定を空けていたのだが、急遽会談の申し入れがあったのだ。どうやら、そなたらの存在を嗅ぎつけた輩がいたようでな……。黙らせるのに少々時間がかかった」
「僕たちの存在を?」
「ああ、心配せずとも、そなたらの素性は明かしていない。あくまでも私の個人的な客人ということにしておる。余計な詮索をしないよう念押しもした。しばらくは大人しくしておるだろう」
そう言うと、国王は意味深に唇の端を吊り上げる。
つまり、何かしらの脅しを匂わせたのだろう。
「しかし、見れば見るほどそなたは若い頃の父親にそっくりだ。なあ、エヴァンもそう思うであろう?」
「はい。アレクセイ様には大変お世話になりましたので、身が引き締まる思いです」
居住まいを正してそう言うと、エヴァンは畏敬の念でも抱いているかのような眼差しをこちらに向ける。
六歳の時に誘拐され、僕の父親に助けられたというこの男にとって、僕の父親は英雄のような存在なのだろうか。
あの男から散々暴力を振るわれた身としては、到底理解できないが。
ケイレブ王は、取り繕ったような友好的な笑みを浮かべ、ルディオスへ視線を向ける。
「ルディオス皇子殿下も、これまでの事情はウィルフォード卿から聞いております。今までよくぞご無事でおられました」
「……どうも」
ルディオスは軽く頷くも、その視線はテーブルに運ばれてくる料理を目で追っている。
「海に囲まれたつまらぬ小国ではありますが、この海域でしか獲れない魚もございます。今回の会食のメイン料理でもありますので、ぜひご堪能ください」
ルディオスに対しては、やけにへりくだった言い方をする。
すでにケイレブ王はルディオスのことを、レスティエール帝国次期皇帝として見ているのだろう。
この会食にルディオスを呼んだ理由も、今のうちに少しでも親交を深めようという訳か。
しかしながら、ルディオスの方は話を振られても曖昧な相槌を打つだけで、会話にすらならない。
こんな小国と親交を深めたところで、レスティエール帝国に大した利はないだろうしな……と、僕ならそう思うが、ルディオスの頭にはそんな打算はなく、空腹と寝起きで頭が働いていないだけだ。
会話の進展の無さに、ケイレブ王が疲れたように肩を落とす。
「で、アレクシアよ。今回の計画、勝算はどのくらいだ?」
ルディオスとの親交を諦めたらしいケイレブ王が、今度はこちらに話を振ってくる。
「今のところ、五分五分というところでしょうか」
「ふむ……それは少々厳しいな……。もう少し慎重に進めることはできぬのか?」
「これ以上の引き延ばしはリスクが高まるだけです。あと、この国にとっても、一刻も早く僕たちが立ち去った方が都合がよろしいかと」
「ははは! そう言うな。恩人の息子であるそなたを無碍に扱いはせぬ。エヴァンも、そなたの計画に協力することに賛同しておる」
ケイレブ王が隣に目配せすると、それに応えるようエヴァンは力強く頷いた。
「私も、アレクセイ様を殺害したレスティエール帝国皇帝が許せません。あの男は、皇帝という絶大な権力を己の欲を満たすためだけに利用している。国を治める人間として相応しくありません」
堅実に訴えかける青年の赤紫色の瞳は、真っすぐこちらを見据えている。
――なかなかいい目をしているな……。
わざわざ隣を見て比べるまでもないが、こちらと違ってこの国の王太子は将来有望そうだ。
「……なんだよ」
「何も言ってないが?」
料理にばかり視線を注いでいた男が、急にこちらを見て不満げに口を尖らせた。
「よく分かんねぇけど、なんか今すげえイラっときたんだよな」
こういうところだけは勘が鋭い奴だ。
ケイレブ王は、刈り揃えられた顎髭を撫でながら、「だが……」と会話を繋げる。
「こちらとしても、全くの下心無しにそなたらを匿っているわけではない。そなたらの計画が成功した暁には、このハレイヤ国の入国制限を緩和するつもりだ。いつまでも外敵を警戒して内側に閉じこもってばかりでは、時代に乗り遅れるだけだからな。しかし、このような小国だ。他国の思い上がった貴族に国を荒らされる前に、強大な盾を手にしておきたいのだ」
そう言いながら、ケイレブ王はルディオスを一瞥するが、奴はすでにフォークとナイフを手にして待機している。
苦い笑みを浮かべたケイレブ王は、気を取り直すように「さて」と大きめに声を出し、赤ワインの注がれたグラスを手に取った。
「食事が出揃ったようだ。乾杯としようではないか」
ケイレブ王がグラスを掲げるのを見て、エヴァンも自分のグラスを手に取った。
僕はグラスには手を触れず、そこに注がれた赤い液体を眺める。
「毒見はよろしいのでしょうか?」
僕の問いに、国王は驚いたように目を見張り、フッと笑う。
「その必要はない。この城には信頼できる臣下しか置いておらぬ。何代にも渡ってこの国を支えてきた者たちだ。王族が主催する会食で毒を盛るような者はいない。……だが、そなたがそう疑うのであれば、心外ではあるが毒見役をよこそう。それとも、そなた用に銀食器でも用意した方がよいか?」
胡散臭い笑顔で皮肉交じりの言葉を口にする様子から、毒を疑われたのがよほど気に障ったのだろう。
対してエヴァンは何を言うこともなく、辛辣な顔となり自分の料理へ視線を注いでいる。
――息子と違い、この男の検討違いもいいところだ。
こうなった以上、もはや最低限の礼儀を気にする必要もない。
僕は冷ややかな視線をケイレブ王へと向ける。
「僕の食事に毒見の必要はない。たとえ毒が盛られていたところで、僕に毒は効かない。だが、そちらはどうだ? 日常的に毒の訓練を受けているのか?」
「……そなたは、私の食事にも毒が盛られていると申すのか?」
意表を突かれたように、ケイレブ王は目を丸くする。その隣では、エヴァンが静かに僕を見つめていた。
「この場合、僕たちの食事よりも、そちらの食事にのみ毒が混入している可能性が高い」
ケイレブ王の視線がゆっくりと動き、自分の席に展開されている食事へと落ちる。
だがすぐに呆れ果てるような溜息と共に、理解できないというように首を横に振った。
「なぜそのような疑いを……。仮に、もしも私たちを毒殺しようとする人物が城にいたとしても、なぜ今日を選ぶ必要がある? その気になれば、いつでも……」
そこまで言うと、ケイレブ王はハッとしたように目を大きく見開き、僕を見た。
さすがに気付いたのだろう。
「そうだ。王族を毒殺した罪を僕たちに着せるためだ」
「……」
言葉を失っているケイレブ王に、エヴァンが颯爽と話しかける。
「父上。考えるよりも先に、まずは事実確認をしましょう」
そう言って、エヴァンが内ポケットへ手を突っ込み、何かを取り出した。
それを見たケイレブ王は、更に大きく目を見開いて驚愕する。
「……エヴァン……それは……?」
「銀のスプーンです」
「……なぜ、お前がそんな物を持っているのだ?」
信じられないという顔で問う父親に、エヴァンは諦めにも似た笑みを零す。
「私は、父上と違って疑り深い人間ですから……。自分の食事に毒が混入されていないかを確認するため、いつも持ち歩いております」
「なっ……。お前は……自分の臣下を疑っておるのか⁉ 皆、そなたが赤子の時から誠意を持って仕えていた者たちなのだぞ!」
「それについては、私だって恩義を感じております。しかし、人は変わるのです。私も、昔は皆を信頼しておりました。ですが、私が誘拐された時、城内の誰かが関わっていたのは確かなのです。それ以来、私は周囲の人間を信じられなくなりました。表向きは信頼しているように取り繕っていますが、こうして毒の有無を確認しなければ食事に手を付けられないくらいには疑心を抱いております」
「……そんなこと、これまで一度も口にしていなかったではないか……」
「それを私が口にしたところで、父上は私を信じてくれましたか? 先ほどのように、自分の臣下がそんなことをするはずがないと、聞く耳を持たなかったのではありませんか?」
「……」
エヴァンの問いに、ケイレブ王は完全に沈黙する。
すると、エヴァンが僕に向き直り、
「ご指摘いただきありがとうございます。すぐに毒の確認をしますので、少々お待ちください」
そう一礼すると、銀のスプーンを使って自分の食事から毒の確認をしていく。
僕の隣では、カチャカチャと軽快な音を鳴らしながらルディオスが食事を口に運んでいた。
しばらくして僕の視線に気付くと、ルディオスは大きく開けていた口を不服そうに尖らせた。
「なんだよ。仕方ねぇじゃん。腹が減ってたんだからよ。この国の問題なんて俺には関係ねぇし。……あ、毒に関しては、俺も多少は毒の訓練を受けてたから、おいそれと死にはしねぇよ」
フンッと得意げに顎をしゃくり、フォークに突き刺していた魚の切り身を口に放り込む。
その様子をしらけた顔で眺めながら、溜息交じりに告げた。
「ジーニアスが、毒の訓練など受けているはずがないだろ」
僕の言葉に、ルディオスは咀嚼していた口を数秒止めた後、盛大にむせた。
――こいつは馬鹿か……?
実に愚かな男を軽蔑の眼差しで眺めていると、黙々と毒の有無を確認していたエヴァンが深刻げな声を発した。
「……毒です」
その手に握られた銀のスプーンの先は、禍々しい黒色に変色していた。
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