08.もう一人の護衛騎士
夕食は、エマさんからのお誘いもあって、エマさんたちが過ごしている部屋で一緒に摂ることになった。
以前は、エマさんたちも食堂で一緒に夕食を摂っていたけれど、シェリーちゃんが産まれてからは、自室で食事を済ませるようになった。
だから、エマさんたちと一緒に食事をするのはしばらくぶりになる。
私が席に着くと、「マリエーヌ様の隣に座っていい?」とランディ君が嬉しそうに訊いてきたので、私は笑顔で「もちろん」と快諾した。
シェリーちゃんは、赤ちゃん用のベッドで気持ちよさそうに眠っている。
一度眠りにつくと、よほどのことがない限りは起きないらしく、声の大きさを気にする必要はないという。
「やはり港が近いからでしょうか。ここのお魚料理は本当に美味しいです」
エマさんは、切り分けた白身魚のソテーを口に含み、ほぅ……と感嘆の息を漏らす。
「それは私も思いました。アレクシア様が言うには、朝獲れたばかりの新鮮なお魚を仕入れているのと、この辺りの海が綺麗なのも関係しているそうです。あとはやっぱり、シェフの腕でしょうか」
当然、美味しい魚を仕入れられたとしても、その素材を生かせるかどうかはシェフの腕にかかっている。
この別荘で料理を担当しているシェフは地元の住人なので、魚を扱う料理のレパートリーがとても多い。それに加えて魚の種類も多いから、全く同じ料理というのはほとんど出てこない。
「お魚も美味しいけど、やっぱり僕はお肉が好きだな」
もぐもぐと口を動かしながらランディ君が言うと、
「ランディ。口の端にソース付いてるぞ」
ランディ君の向かい側にいるマグナス君が、ソースが付いている場所を教えるように、自分の唇の端をちょんちょんと指差す。
それを見て、ランディ君はナイフとフォークを手にしたまま、唇に付いているソースをペロッと舐め取った。
「お前……もう少し行儀良く食べろよ」
マグナス君が呆れ顔で注意するも、ランディ君は気にする素振りもなくサラダにフォークを突き刺した。
何か言いたげな視線をランディ君に注ぐマグナス君に、私は声を掛けた。
「マグナス君、私がいるからといって気にする必要はないわ。いつも通りに食事を楽しんでもらえる方が私も気が楽だから」
「……はい。分かりました」
少し戸惑いながらも、マグナス君は張り気味だった肩の力を緩め、フォークを手に取った。
自分よりも目上の人間が同席する食事で、礼儀を守ろうとするランディ君の姿勢は当然だし、それが正しいと思う。
だけど私としては、気兼ねなく皆と食事を楽しめる方が嬉しいし、賑やかな方がアレクシア様のいない寂しさも紛れる。
横を見れば、ランディ君が次々とサラダを頬張っている。
エマさんが言っていた通り、苦手な野菜を克服したらしい。
私と目が合うと、少し得意げに笑うランディ君に、思わず吹き出しそうになった。
――そういえばアレクシア様も、人参を克服したばかりの時は、人参を口にすると少し得意げに目を細めていたのよね……。
そのことを思い出し、懐かしい気持ちに浸っていると、ふいにランディ君から声を掛けられた。
「マリエーヌ様。一人で寂しいなら、僕たちと一緒に寝る?」
「え?」
その言葉に、私がキョトンとするのと、水を飲んでいたマグナス君が盛大にむせるのは同時だった。
「ごほっ! ……おい、ラン……ごほっごほっ!」
咳き込みながら、ランディ君に何かを言おうとしているようだけど、言葉にはなっていない。
エマさんはというと、ランディ君の発言に困惑しながらも、ちらりとこちらに視線を向け、私の反応を窺っている。
「だって、今日はマリエーヌ様ひとりなんでしょ? お母さんだって、お父さんと離れなきゃいけなくなった時、寂しそうにしていたし……」
「ランディ……」
エマさんが軽く目を見張る。
私は自分の頬にそっと手を当てた。
――そっか……。きっと、ジェイクさんと離ればなれになった時のエマさんと、同じ顔をしていたんだわ……。
寂しさが紛れたと自分では思っていたけれど、ランディ君は敏感に察したらしい。
だから、私が一人で寂しい思いをしないよう、そう提案してくれたのだ。
私を食事に誘ってくれたエマさんも、きっと私の寂しさに気付いていたのだろう。
――こんなことで周りの人たちを心配させてしまうなんて……もっとしっかりしないと駄目ね。
だけど、おかげで気持ちが引き締まった。
「ありがとう。でも大丈夫よ。遅くはなるけれど、アレクシア様は夜のうちに帰ってくるはずだから。だけどこの先、もしも寂しくて我慢ができなくなったら、その時はお願いしようかしら」
「うん! 僕のベッド大きいから、一緒に寝られるよ!」
「ランディ。一緒のベッドで寝るのは絶対にやめた方がいい」
間髪入れずマグナス君が真顔で忠告すると、それに同意するようエマさんが何度も頷いている。
――それは……ランディ君の寝相が悪いということ? それとも、その状況を知ったアレクシア様の反応を恐れて……?
……多分、後者な気がするわ。
ついその様子を想像し、笑いを堪えられずに噴き出してしまった。
「ふふっ……! そうね。残念だけど、一緒に寝るのは難しそうね」
ランディ君は、皆が反対する理由がよく分からないようで、不思議そうにしている。
けれど、誰かさんが拗ねてしまうから……というのは、アレクシア様の名誉のためにも胸の中に留めておいた。
「マリエーヌ様が寝られる場所は確保しますので、いつでもいらしてください」
にこやかに微笑みながら、エマさんも歓迎してくれる。
その隣でマグナス君が小さく頷いたのが分かった。
皆の優しさに触れて、じんわりと胸が熱くなる。
なんて心強い人たちが傍に居てくれるのだろう。
私はひとりではないのだと、ここにいる皆が教えてくれた。
――うん。大丈夫。
アレクシア様と離れて、寂しくて堪らなくなったとしても……皆がいればきっと乗り越えられる。
「僕、いつでもお母さんとシェリーを守れるように、ベッドの傍に木剣を置いてるんだ。だから、マリエーヌ様のことも僕が守ってあげるね」
堂々と胸を張り、そう宣言するランディ君は、とても勇ましい顔つきをしている。
あどけなくて、けれど頼りがいのある小さな護衛騎士に、私はニッコリと微笑んで頷いた。
「それは頼もしいわ。お願いね、ランディ君」
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