00.流星群の夜の誓い sideアレクシア
本日(12/25)、きのなま公爵オーディオブック1巻が配信開始されました!
配信開始を記念して、本編最終章プロローグを投稿させていただきました。
オーディオブック、本編共に何卒よろしくお願いいたします…!
「私は、アレクシア様と共にレスティエール帝国へ戻りたいです」
流星群が降り注ぐ夜空の下。
マリエーヌは、清廉な眼差しを僕に向けて、自ら導き出した答えを口にした。
正直、驚いた。
僕は、マリエーヌには選べないと思っていたから。
選ばないのではなく、選べない。
人の命を天秤にかけるような選択は、彼女には無理だろう、と――。
◇◇◇
先日、会談の場となった応接室で、グレイソンの口から皇帝を殺害するという話が出た時、マリエーヌはあからさまに動揺していた。
恐らくマリエーヌの中では、この計画を遂行するうえで、誰かの命を奪う可能性がある事まで想定していなかったのだろう。
というのも、僕が彼女の不安を煽らないよう、言葉を選んで話をしていたからだ。
横暴無人な振る舞いで己の意のままに帝国を支配する暴君を排するため、奇跡的に生き延びていた皇子を新たな皇帝とする――と、この計画の最終的な目的については話をしていた。
だが、それを実行するための具体的な手段については触れなかった。
『レスティエール帝国に残っているジェイクを含むウィルフォード騎士団と連携を取り、計画を実行するための準備を進めている。折を見て、僕とジーニアスもレスティエール帝国へ向かう。何も心配することはない。全てが終わったら必ず君を迎えに来る。だから、僕を信じて待っていてほしい』
そう告げた時も、マリエーヌが不安にならないよう、いつもと変わらない微笑みを彼女に向けていた。
その甲斐もあり、マリエーヌは時折不安そうにする事はあったものの、比較的和やかに過ごしていた。
公爵邸の自室を模した部屋、信頼できる侍女たち、ジェイクの妻や無邪気な子供たちの存在も、マリエーヌが心健やかでいられる要因となっていたのだろう。
そんな時に、グレイソンが持ち出した血生臭い話は、それまで平穏な日々を送っていた彼女にとって思いがけないものだったに違いない。
そして皇帝を殺害するという話から、この計画に賭けられている多くの命の重みに気付いたのだろう。
更にはジェイクの妻からも、戦争の悲惨さやレスティエール帝国北部で勃発している内戦事情を聞かされたらしく、次々と突き付けられる残酷な現実に、彼女の心は疲弊していった。
――やはりこの計画は、マリエーヌには負担が重すぎる……。
だから僕は、頭の片隅に置いていたもう一つの計画を彼女に持ち出した。
「マリエーヌ。このまま僕と一緒に、どこか遠くへ逃げようか」
「……え?」
僕の言葉に、それまで僕の腕の中で震え続けていた彼女の体が、ピタリと動きを止めた。
真っ青に染まっていた顔が少しだけ血色を取り戻し、キョトンとした顔のマリエーヌが僕を見上げる。
涙で潤んだ新緑色の瞳は、一筋の希望を見出したように煌めいていた。
――それが、君の本音なのだな。
そう密かに確信した。
この計画の中で、マリエーヌが何よりも恐れていたのは、僕の死だった。
震えていた理由も、僕の死を想像し、まともに呼吸ができなくなるほど戦慄していたからだ。
マリエーヌは、僕を守るためならばと、自ら剣を取り戦おうとしていた。
当然、マリエーヌにそんな事をさせるわけにはいかないが、僕を守りたいという彼女の想いは率直に嬉しかった。
しかし、皇帝に狙われているのはマリエーヌだって同じだ。
それでも、彼女はいつも自分のことは二の次で、僕や周りの人間ばかりを気に掛ける。
僕としては、もっと自分の身を優先してほしいのだが……。
この状況も、もとはといえば何の説明もなく、一方的にマリエーヌを連れてきた僕に非がある。
彼女の安全を確保するためとはいえ、少々強引な手だったのは自覚している。
それなのに、マリエーヌは僕を少しも咎めようとしない。
いっそのこと、全てを僕のせいにして鬱憤のはけ口にでもしてしまえば、気持ちも少しは晴れるだろうに……。
だが、そういう彼女だからこそ、僕は救われた。
前世からずっと変わらない。
心が綺麗で、優しい人だと思う。
そんな彼女だからこそ、たとえこの計画から逃れたいと思っていたとしても、それを彼女が口にする事はないだろう。
この計画には、多くの命が懸かっている。
たとえ僕たちが手を引いたとしても、復讐心に燃えるジェイクが首謀となり計画は実行される。
第五皇子という切り札も、あんな状態では使えない。
当初の計画が狂い始めている中で、僕まで手を引くとなれば、計画の成功率も彼らの生存率も確実に下がる。
僕を死なせたくないというマリエーヌの思いは、誰かの犠牲の上で成り立つもの。
それを彼女だって感じ取っているはずだ。
――それを選べと言うのは酷だろう。
これ以上、マリエーヌに負担をかけさせたくはない。
だが、マリエーヌにだって、自分の未来を選ぶ権利はある。
一方的にその選択肢を奪うわけにはいかない。
だから僕は、彼女に考える時間と、もう一つの選択肢を提示した。
このまま計画を進めるか、計画から手を引き僕と共に遠くへ逃げるか。
その選択肢を、僕に託すか――。
僕の答えはすでに決まっていた。
マリエーヌが望まないのであれば、わざわざ危険を冒してまでレスティエール帝国に固執する必要はない。
誰も僕たちのことを知らない土地で、何のしがらみもなく平穏な日々をマリエーヌと共に過ごせられるのなら、それで十分だ。
国外に存在するいくつかの金融機関には、潤沢な資産を預けている。
レスティエール帝国内にある僕の資産は全て没収されるだろうが、国外にまではそう手を出せない。
そもそも国籍も名義も違うため、特定するまでに至らないだろう。
マリエーヌが望むなら、彼女を慕ってここまで付いてきた侍女たちを連れて行っても構わない。
マリエーヌが好きな海が見える場所に新たな邸を立て、その地で一番腕の立つ庭師を雇い、公爵邸の中庭以上に壮麗な庭園を設けよう。
新たな使用人を選考し、彼女が少しでも寂しい思いをしないよう手を尽くす。
何者にも脅かされない、優雅で自由気ままな幸せに満ち足りた日々を、今度こそ約束する。
そう決意していた。
だから、レスティエール帝国へ戻りたいというマリエーヌの選択は、完全に想定外だった。
◇◇◇
「アレクシア様、お願いです。私をあの大陸のあらゆる場所へ連れていってください」
続けてマリエーヌが口にした願いには、慎ましやかな彼女にしては珍しく、必ず叶えてほしいという頑なな意思を感じた。
熱心に語るマリエーヌの話を聞きながら、僕は静かに悟っていた。
マリエーヌが見ているのは、僕たちの未来ではない。
あの大陸全土に住まう、多くの人々の未来を見据えているのだと。
自分の望みを叶えてほしいと訴えながらも、特に関わりがあるわけでもない見ず知らずの人々を救おうとしている。
僕になら、それができると信じて。
そう信頼してくれるのは嬉しい。
だが……。
――それは、君の願いではないだろう……。
期待の眼差しを僕に向けるマリエーヌとは対照的に、僕の心は沈んでいった。
本当は、すぐにでも逃げ出したかったはずだ。
あれほど震えていたのに。不安に圧し潰されそうになっていたのに……。
百年に一度訪れるかも分からない流星群の夜。
多くの人々が数多の願いを流星に捧げる日でさえ、彼女は自分の願いよりも、人々の願いを優先するのだ。
――やはりあの時、すぐにでも彼女の手を取って、遠くの地へ逃げ出せばよかった。
深く後悔した。
どうして、彼女にその選択を託してしまったのか。
僕が叶えたいのはマリエーヌの願いだ。
見ず知らずの人間の未来などどうでもいい。
最初から、僕が選んでいれば――。
「――公爵様は――」
ふいにマリエーヌの口から告げられたかつての呼び名に、思わずハッとした。
同時に、混沌としていた気持ちが、急に毒気が抜かれたように軽くなった。
啞然としたまま、僕は目を瞬かせる。
「……マリエーヌ。今……僕を、公爵……と……?」
「はい。レスティエール帝国へ戻るなら、やっぱり公爵様は公爵様でないと」
そう言いながら、マリエーヌはおどけるように笑った。
夜空に煌めく星々のように、淡い輝きを放つ彼女の笑顔に、胸の内側が疼くような、そわそわと落ち着かない気分になった。
まだマリエーヌへの恋心を自覚していなかった頃に感じた、むずがゆさにも似ている。
公爵様――そう呼ばれていた頃が、遠い昔のように思える。
その懐かしい響きに誘発されてか、公爵として過ごした日々の記憶が一瞬で脳裏を駆け巡った。
『公爵様』
そう耳をくすぐるような声でマリエーヌが僕を呼ぶたびに、心が浮き立った。
その誇りを奪われかけた時には、彼女が身を挺して守ってくれた。
公爵位を失ったからといって、それまでの記憶を失くしたわけではない。
マリエーヌと過ごした日々の記憶は、前世も含めて全て覚えている。
だが……。
――呼び名一つで、こんなにも鮮明に記憶が蘇るのか。
まるで時が戻ったかのように……あの時に肌で感じた空気。
彼女の息遣い。
胸を焦がすような疼きも。
一瞬で思い出した。
そしてもう一つ。
大事な事も。
――そうだった。マリエーヌを幸せにするためには……。
彼女だけではなく、彼女が大切にしている人々の事も幸せにしなければならないのだと。
つまりは、多くの人々を救いたいという彼女の想いもまた、彼女の幸せに繋がる願いであることに違いはない。
――僕としたことが……気持ちばかりが急いて、視野がかなり狭まっていたようだ。
途端、スッと肩の力が抜け、思わず笑ってしまう。
「ふっ……そうだな。僕もそろそろ、君にそう呼ばれるのが恋しくなっていたところだ」
もう、迷いはない。
僕がやるべきことは決まった。
マリエーヌの望みのままに、この計画を必ず完遂し、彼女と共にレスティエール帝国へ戻る。
そして公爵位も、二人で過ごしたあの場所も全て取り返してみせる。
言葉と記憶が繋がっているのであれば、きっと場所と記憶も繋がっているはずだ。
これまで辿ってきた二人の軌跡を、もう一度一緒に歩いて回ろう。
そして未知の地へと足を伸ばし、新たな軌跡を繋いでいこう。
そう決心した時、マリエーヌの手が小さく震えているのに気付いた。
それでも、今も彼女は懸命に虚勢を張り、笑ってみせている。
――なんて健気で美しいのだろう……。
その姿に強く胸を打たれ、計り知れないほどの愛おしさが込み上げた。
僕は彼女の手を取り、冷たく白んだ手の甲に口づけを落とす。
「君の願いは、僕が必ず叶える」
強固な誓いをここに立てて。
――マリエーヌ。君は僕だけじゃない。皆にとっての奇跡となり得るだろう。
それなら僕は、君だけの奇跡となり、君の未来を輝かしく照らし続ける存在となろう――。
ついに最終章となりました…
本当にここまでお付き合いくださりありがとうございます!
本格的な連載再開は1月中旬頃~を予定しております。
準備が整いましたら、活動報告の方でお知らせさせていただきます!




