書籍4巻&コミックス2巻発売特別SS 意味のある死 ~ジェイク~
前世でのジェイク視点のお話となります。
「公爵様は、なぜ私を助けてくださったのですか?」
口をついて出た問いかけに、私の目の前にいる人物――アレクセイ・ウィルフォード公爵様は、卓上に視線を落としたまま走らせていたペンを止めた。
「……いずれ必要になると思ったからだ」
三拍ほど間を置いて、返答があった。
アレクセイ様は再びペンを走らせる。
「必要に……」
思いがけない返答に、じん……と胸が熱くなる。
ただ一人忠誠を誓う相手に必要だと言われて、嬉しくないはずがない。
「今のところ、まだその時は来ていないが」
しかし、続いて放たれた言葉により、熱くなっていた胸の内側が急速に冷やされた。
つまり、私はまだアレクセイ様に必要とされるに値する人間にはなれていないらしい。
――まあ、当然だろうな。
戦地でアレクセイ様に命を救われた後、護衛兼補佐官として引き抜かれて一年。
護衛とは名ばかりで、アレクセイ様は私など足元にも及ばないほどお強い。
私が守らなくとも、自分の身は自分で守れるお方だ。
それに傭兵上がりの元騎士が、公爵であるアレクセイ様の補佐として十分な仕事ができるはずもない。
だからこそ、わざわざ私を自分の配下に置いたアレクセイ様の意図が分からず、ついそんな質問が出てしまったのだ。
――それでも、私のやるべき事は決まっている。
「ご期待に添えられるよう、これからも精進いたします」
その後も、騎士を引退した身とはいえ、私は剣術の腕を磨き続け、補佐官としての仕事にも精を尽くした。
勤務外の時間にも、少しでも補佐官としての知識を補うために書物を読み耽り、たゆまぬ努力を続けた。
いつの日か、私を助けたことに意味はあったのだと、アレクセイ様に認めてもらうために……。
◇◇◇
「ジェイク、さっさとしろ。置いて行くぞ」
いつも以上に殺気立つ公爵様に急かされ、私は必要になりそうな書類を片っ端から詰め込んだ荷物を抱え、馬車に乗り込んだ。
向かい合わせに座る公爵様の眉間には、深い皺が刻まれている。
機嫌は最悪だ。
というのも、一週間前まで、公爵様は原因不明の高熱により病床に伏していた。
三日間寝込んだ翌日からは、溜まりに溜まった仕事を片付けるため、病み上がりなのにも拘わらず夜通し仕事に没頭した。
ただでさえ常人離れした処理速度で仕事をこなしていた公爵様が、三日間何もできなかったのだ。
そのツケは相当なもので、一日や二日で挽回できるような量ではなかった。
かくいう私も、公爵様の代理として各地へ駆けまわったあげく、公爵邸に帰還後、食事をする間も与えられず執務室に軟禁状態となった。
規格外な体力をお持ちの公爵様と、アラフォー間近の凡人を同列に考えないでいただきたい。
こちとら満身創痍である。
ともあれ、なんとか予定通り隣町の視察に出発したはいいが、その道中、想定外の事態に見舞われた。
「連日の雨で地盤が緩んでおりますので、今はこの先を通らないほうがよいかと……」
隣町に向かうためには必ず通過しなければならない山道で、住民から足止めされたのだ。
――土地勘のある者の助言ならば、素直に聞いた方が良さそうではあるが……。
「ジェイク、行くぞ」
案の定、公爵様は全く聞く耳を持たなかった。
結局、私たちは住民の助言を無視し、馬車に乗り込んだ。
――本当に、大丈夫だろうか……。
なんとなく、不吉な予感がする。
だが、ほんの僅かな足止めだったにも拘わらず、公爵様の不機嫌オーラが更に増している。
声を掛けただけで命取りになりかねない。
――まあ、大丈夫か……。
とりあえず、この出張さえ終えれば、ようやく休める。
我が家に帰れるのも十日ぶりだ。
――さっさと終わらせて、早く帰ろう。
再び走り出した馬車の中で、ふいに殺伐としていた空気が緩んだ。
見れば、公爵様がうたた寝をしている。
――公爵様がこんな姿を見せるとは……珍しいな……。
連日の仕事漬けに加え、やはりまだ本調子ではないのだろう。
正直、私も寝たいところだが、さすがにそういうわけにはいかない。
なにせ、私は護衛兼補佐官。
こういう時こそ、護衛として気を引き締め、周囲を警戒しなければならない。
しかし、先ほどから代わり映えのしない山道が続くばかりで、さすがに見飽きてしまった。
公爵家の馬車は乗り心地も快適で、衝撃を最大限抑えた微かな揺れが、更に眠気を誘発する。
何度も頭を振り、必死に意識を叩き起こす。
ピシッ……。
微かに聞こえた音に、ふと不吉な予感がした。
ピシッ……。
もう一度、同じ音。
それと、何か異臭が……。
気付けば、いつの間にか目覚めていた公爵様も怪訝な顔で外を見ていた。
こんな時でも勘は冴えているようだ。
「公爵様……」
すぐに外へ――そう声を掛けるまでもなく、公爵様は即座に扉を開け、御者に声を掛ける。
――が。
ビキィッ‼
耳をつんざく落雷にも似た轟音と同時に、馬車が大きく傾いた。
視界が回り、体が浮き上がる。
――落ちる!?
その瞬間、まるで時の流れが遅くなったかのように、全てがゆっくりと動いて見えた。
騎士時代にも経験がある。
差し迫った状況で、周囲の動きが止まって見えたことが。
瞬時に神経を研ぎ澄まし、状況を把握する。
開け放たれた右の扉には公爵様がいる。
公爵様の判断力と行動力があれば何かしらアクションを起こすはずだ。
右の窓。遥か先に地上が見える。この高さから落下すればタダでは済まない。
左の窓。地盤が崩れたせいか、上部でも土砂崩れが発生している。
奇跡的に生き延びたとて、このままでは生き埋めだ。
絶望的な状況を前に、思考が途切れかけた時――。
『必ず生きて帰る。約束だ』
かつて、戦地へ向かう際に妻のエマと交わした約束が脳裏に過った。
その約束を、私は一度放棄した。
敵地にて、自国と家族を守るために立ち塞がった少年兵を前にして、侵略者である私は戦意を失い、自ら戦死することを選んだのだ。
妻のお腹に宿る子供にとって、誇れる父親でありたいと思ったからだ。
だが結局、私は先代に命を救われた。
そのおかげで私は生還し、息子の出産に立ち会えた。
そして、あのまま死んでいたら存在することすらなかった、次男も産まれた。
エマはもう一人、できれば女の子がほしいと言っていたな……。
途端、体が活性化したかのように、全身に血が駆け巡る。
――死んでたまるか……!
咄嗟に左の扉を蹴破り、馬車からの脱出を試みる――が――。
ふと気付いた。
先ほどから、公爵様が全く動く様子を見せない。
いつもの公爵様ならば、私などお構いなしに要領よく行動し、窮地を脱するはずなのだが……。
――やはり本調子ではない、か……。
『息子たちを頼みたい』
再び脳裏に過ったのは、先代の言葉。
いや、今思えば、それは遺言だったのかもしれない。
――すまない、エマ。
次に取るべき行動に、一切の迷いはなかった。
即座に公爵様の背後に立ち、視線を走らせる。
存在感を放つ大岩が視界に映った瞬間、公爵様の背中を突き飛ばした。
「――⁉」
公爵様は驚愕の表情でこちらを振り返るが、馬車の落下速度が速く、視線は交わらなかった。
あの公爵様では受け身が取れないかもしれないが、体は頑丈だ。
運が良ければ、死ぬことはないはずだ。
――問題は、運が巡ってくるだけの徳を積んでいないことだが……。
こんな時でさえ、そんな皮肉が頭をよぎる。
地上まで、もうあとわずか。土石流もすぐそこまで迫っている。
私が助かる術は、もう残っていない。
――先代に助けていただいた命も、これまでのようです。
死を目前に、覚悟を決めるのはこれで二度目。
だが、ただ命を投げ出そうとしたあの時とは違う。
これは、意味のある死だ。
私の視線の先に見えるのは、大岩により土石流から逃れた公爵様の姿。
フッと笑みが零れる。
――先代。あなたが私を助けたことに、ちゃんと意味はあったようです……。
読んでいただきありがとうございました!
ひっそりと内に秘めていたお話を、この機会に書かせていただきました。
公爵様は頭を強打した事により、この時の記憶があやふやになりジェイクに助けられた事には気付いておりません。
いつの日か、ふとした時に思い出すといいですね…!
そして本日(7月1日)ノベル4巻&コミックス2巻が発売となりました…!
この日を迎えられたのも、いつも応援して下さる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます…!
ノベル4巻も、イラストをwhimhalooo先生がご担当してくださいました!
こちらは電子書籍のみとなっております。
本編の改稿版に加え、書き下ろしSSが2本収録されております!
コミカライズは風見まつり先生が作画をご担当されております!
こちらも原作者書き下ろしSSと風見まつり先生の描き下ろし漫画が収録されております。
また、TOブックスオンラインストア、応援書店様でご購入された場合、風見まつり先生描き下ろしイラストが特典として付いてきます!
何卒、よろしくお願いいたします。




