20.思い出話に花を咲かせて
近くに聳え立つ大木の陰になるよう敷物を引き、大きな平皿の上にサンドイッチを並べた。
エマさんが作ったものと私が作ったものの区別が付くようにお皿を分け、私が作ったサンドイッチはアレクシア様とリディアとレイモンド様に。
エマさんの分はマグナス君とランディ君とルディオス君が食べられるよう、それぞれのお皿を囲うようにして座った。
「わあ! お母さんのサンドイッチだ! 僕これが好き!」
さっそくランディ君がエマさんの作ったサンドイッチを一つ掴み上げ、豪快に噛り付いた。
口の周りにケチャップが付くのも構わず、もきゅもきゅと食べる姿がとても可愛らしい。
その隣では、つい先ほど合流したランディ君の兄、マグナス君が呆れるような眼差しでそれを見ている。
「ランディ、詰め込みすぎて喉に詰まらせるなよ」
言いながら、マグナス君もサンドイッチを一つ掴んだ。
漆黒の髪を一つに束ねたマグナス君は、ジェイクさんをそのまま少年にしたような容姿をしている。
十一歳と聞いているけれど、礼儀が正しく落ち着きもあり、とてもしっかりしたお兄さん。
自室で勉強している事が多いけれど、こうしてランディ君と一緒にいる時は、お腹の大きいエマさんの代わりに弟の世話をよく焼いている。
その様子を微笑ましく思いながら眺めていると、私の隣に座るアレクシア様がごくりと喉を鳴らした。
「これは全部、マリエーヌが作ったのか?」
目の前に並ぶサンドイッチを見つめながら、アレクシア様は高揚するように頬を染めている。
「はい。エマさんに教えてもらいながら作りました。いろんな具材があるのでお好きなものを選んでください」
「どれも美味しそうで悩んでしまうな……」
サンドイッチに視線を落としたまま、アレクシア様は顎を撫でる。
真剣にサンドイッチを吟味する姿を見ていると、なぜかこちらまで緊張してしまう。
お皿を挟んで向かい側に座るレイモンド様は、アレクシア様がサンドイッチを選び終えるのをジッと待ち、その隣に座るリディアは待ちきれない様子でソワソワとしている。
「リディア嬢が作ったのはないのか?」
「私は食べる専門なので」
レイモンド様の問いにリディアがきっぱりと答えると、レイモンド様は肩を落とし、「そうか……」と残念そうに呟いた。
――今度はリディアも誘ってみようかしら?
一方で、ランディ君は早くも二つ目のサンドイッチを頬張り、その隣ではルディオス君も同じように大口を開けてサンドイッチを食べている。
マグナス君は、エマさんの分のサンドイッチをお皿に取り手渡していた。
それを受け取りながら、皆の様子を見てエマさんは幸せそうに微笑む。
澄み渡った青空の下、木漏れ日を浴びながら皆で昼食だなんて、本当にピクニックにでも来ているような気分になる。
私たちがここへやって来て、もう三ヶ月が過ぎた。
アレクシア様は事実上、公爵位を剥奪されたと聞いている。
ずっと『公爵様』と呼んでいたけれど、それももう呼ぶ事ができなくなってしまった。
使用人たちも、『公爵様』から『旦那様』へと呼び方を変え、その呼び名を聞く事もできないのが、なんだか不思議な感じがする。
なによりも、急に領主が不在になった事で、公爵領にも影響が及ぶのではと懸念した。
けれど、公爵位の剥奪はアレクシア様も想定しており、大きな混乱に陥らないよう事前に手を打っていたらしい。
だから今のところは大丈夫だとアレクシア様は言っていた。
各地に設けられていた女神像も回収済みだと、特に気に掛けていなかった情報まで教えてくれた。
だけど、今も帝国にはジェイクさんやウィルフォード騎士団の人たちが残っているという。
彼らが危険な目に遭っていないかは心配になる。
それなのに、当事者の一人でもある私が、こんな呑気に過ごしていていいのだろうかと……なんだか後ろめたい。
「マリエーヌ」
アレクシア様に呼び掛けられ、ハッと我に返る。
顔を上げると、心配そうに私を見つめるアレクシア様のお顔が目前にあった。
――いけない……つい暗い顔をしてしまったわ……。
咄嗟に、なんでもありませんというように笑って見せると、アレクシア様もニコッと笑みを返す。
それから並んだサンドイッチに手を差し出し、口を開いた。
「僕ではとても選びきれないから、君に選んでほしい」
「え? あ……はい」
どうやらアレクシア様は今までずっと、どれを食べるか悩み続けていたらしい。
選択を託された私はサンドイッチに視線を走らせる。
「これはどうでしょうか?」
より多くの具材を詰め込んだサンドイッチを手に取り、アレクシア様に差し出す。
「ああ、いただこう」
アレクシア様はそれを受け取ると、そのままサンドイッチをジッと見つめだした。
食べるのを惜しんでいるのか、じっくりとそれを観察するように眺めながら、どこか楽しそうに口許を綻ばせる。
いつになったら食べるのだろうかとしばらく様子を伺っていると、ふいにその口がゆっくりと開かれた。
パクッとサンドイッチの端をかじり取り、しっかりと味わうように何度も噛みしめる。
私が想像していたような大口を開けて噛り付く姿ではないけれど、気品を崩さず上品にサンドイッチを口に運ぶ姿は、高貴な血筋のアレクシア様らしいと思った。
こくっと嚥下し、アレクシア様は満足そうに微笑む。
「とても美味しいよ。マリエーヌも一緒に食べよう」
「……はい」
美味しそうに食べるアレクシア様の姿に、つい釘付けになってしまっていた。
私は一番最初に作った具材控えめのサンドイッチを手に取る。
それを見て、アレクシア様は首を傾げた。
「マリエーヌ。それはあまり中身が入っていないようだが」
「はい。これは初めて作ったサンドイッチなので、あまりうまく作れなくて……」
「マリエーヌが……初めて作った……?」
途端、アレクシア様の瞳がギラりと光り、私が手にするサンドイッチへと向けられる。獲物を狙うような気迫のアレクシア様の視線に、私はサンドイッチを口に運ぼうとした手を止めた。
「マリエーヌ。そのサンドイッチは僕がもらってもいいだろうか?」
「……え? ですが、具材が少なめなので他と比べて味気ないと思うのですが……」
「君がサンドイッチを初めて作る姿を想像しながら食べるから問題ない」
「……そうですか?」
何が問題ないのかよく分からず、首を傾げている間にアレクシア様は私が手にしていたサンドイッチをそっと手に取り、代わりに別のサンドイッチを持たせてくれた。
食べかけのサンドイッチを自分のお皿に置き、新たに手にしたサンドイッチを愛おしげな眼差しで見つめる。
――もしかして、今までも私がサンドイッチを作る姿を想像していたの……?
楽しげに笑うその姿は、いったいどんな私を想像してなのだろうか。
すると、深刻な顔をしたリディアが声を潜めて私に告げた。
「マリエーヌ様。使用済みのタオルとか、絶対に旦那様に与えては駄目ですよ。どんな妄想を繰り広げられるか分からないですからね……。一時期はマリエーヌ様の髪の毛とか洗う前のシーツとかも収集していたお方ですから、本当に気を付けましょう」
――え……? 待って……それは初耳だわ……!
それを聞いていたらしいルディオス君が「マジかよ……」と、あからさまに引いている。
今も幸せそうにサンドイッチを食べているアレクシア様から視線を逸らし、声を潜めてリディアに相談する。
「どうしよう、リディア。今はアレクシア様と同じ寝室だから、シーツも髪の毛も守れないわ」
「大丈夫です。その点については旦那様と話はついております。マリエーヌ様の髪の毛は自然に還す事で合意しておりますし、シーツの収集に関しても、旦那様としては自室をマリエーヌ様の香りで満たしたいとお考えのようでしたが、『マリエーヌ様から変態扱いされたいのですか?』の一言でとりあえずは諦めてくださいましたから」
――自然に還す……? か、香りを……?
ちょっとよく分からない内容が節々にあるけれど、深く掘り下げるのはやめた。
「……そ……そう……じゃあ、もう安心していいのね」
「はい。ご安心ください」
頼もしい笑みでそう言い切られ、ようやく私もホッと胸を撫でおろす。
――やっぱり私の専属侍女は本当に優秀だわ。
「いや……今の安心するところか……? 兄さんの行動、明らかにやばいだろ……」
そう呟いたレイモンド様の声は、風に掻き消されて私には届かなかった。
「さってと……ランディ、やろうぜ」
私たちがまだサンドイッチを食べている中、いち早く昼食を終えたルディオス君が立ち上がり、木剣を肩に担いだ。
「よぉし! 勝負だ!」
ランディ君も立ち上がると、立て掛けていた木剣を手にしてルディオス君の後を追いかける。
それを見届けて、マグナス君はエマさんに声を掛けた。
「母さん、座りっぱなしでしんどいんじゃない? そろそろ戻ろう」
「そうね。そうさせてもらおうかしら」
マグナス君が差し出した手に掴まり、エマさんがゆっくりと立ち上がった。敷物の上にある食器類を気にするエマさんに、片付けはこちらでする旨を伝える。
エマさんは申し訳なさそうに笑いながらも、「では、私たちはこれで失礼いたします」と丁寧に頭を下げ、マグナス君と共に屋敷へと戻った。
身重のエマさんを気遣いながら歩くマグナス君は、なんとも頼もしくて男らしい。
それが父親を見て学んだ姿なのだと思うと、エマさんの隣にいる時のジェイクさんはとても紳士的なのだろう。
二人の姿を見送って、私は正面へと向き直った。
その先では、ルディオス君とランディ君が木剣で打ち合いを始めていた。
ランディ君が振るう木剣を軽く受け流すルディオス君は、アレクシア様が認めるほどの剣の腕前。
それを武器に、今までジーニアス君を守ってきたのだから、ルディオス君もとても頼もしいお兄さんだと思う。
――兄弟っていいわね……。
私も母親が再婚して妹ができると知った時は嬉しかった。
けれど、結局、義妹とは上手く関係を築けなかった。
だからジーニアス君やランディ君が兄を慕う姿を見ていると、少し羨ましくなる。
アレクシア様とレイモンド様も、以前は互いに思うところがあったようだけれど、今の二人を見る限りでは前のような険悪なムードは感じられない。
私はさりげなく二人の姿を見比べた。
あと一口ほど残ったサンドイッチを名残惜しそうに見つめるアレクシア様と、美味しそうにサンドイッチを頬張るリディアを愛おしそうに見つめるレイモンド様。
旅行中は二人とも髪の色を染めていたけれど、今は髪の色を落として本来の白銀色へと戻っている。
こうして見比べてみると、二人はとてもよく似ていると思う。
性格は正反対ではあるけれど。
アレクシア様は最後の一口を食べ終えると、ナフキンで上品に口元を拭い、ご満悦な様子で吐息を漏らす。それから何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ、マリエーヌ。近いうちに一人来客の予定があるんだ。三日ほどここに滞在する事になりそうだ」
「来客……ですか?」
唐突に告げられて、思わず首を傾げた。
ここに私たちが滞在していると知っているのは、極一部の信頼できる身内の人間だけ。
――それなのに来客だなんて……いったい誰が……?
困惑する私を安心させるように、アレクシア様は穏やかな笑みを浮かべて私の髪を撫でる。
「そう心配しなくても大丈夫だ。僕が危険ではないと判断した人物だから」
人一倍警戒心の強いアレクシア様がそう言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
「分かりました。心得ておきます」
私が頷くと、アレクシア様も同調するように頷いた。
サンドイッチを食べ終え、満足げにお茶を飲んでいたリディアがしみじみと告げる。
「それにしても、敷物を広げてお外で昼食なんて童心に帰りますね。私も小さい頃に、母親が作ってくれたお弁当を持ってよく森の中を散策していました」
それを聞いたレイモンド様が、訝しげに眉を寄せた。
「森に……? 危険じゃないのか?」
「森と言っても、私が住んでいた村に隣接した小さな森だったので、庭みたいなものでしたよ。ああ、でも木登りしてる時に蜂の巣を掴んで大変な目に遭いました。あれは確かに危険です」
「なっ……大丈夫だったのか⁉」
「顔がパンパンに腫れましたけど、よくある事です」
「よくある事なのか⁉」
平然と告げるリディアに、レイモンド様は何度も目を剥いている。
「凄いわね……リディアは木登りができるの?」
「はい! 木登りは得意です! この大木くらいなら余裕で登れますよ。実はさっきから登りたくてうずうずしているんです。許可を頂ければ今からでも――」
「やめてくれ!」
立ち上がろうとしたリディアを、レイモンド様が悲鳴のような声で呼び止める。
――それはさすがに私も許可は出せないわ……。
言葉通り、すっかり童心に帰っているようだけれど、スカート姿の年頃の女性の木登りを容認するわけにはいかない。
ふと、私の脳裏にある記憶が過った。
「そういえば、私も……小さい頃、お母様とお弁当を持ってピクニックへ行ったのを思い出したわ」
何歳の誕生日だったかは忘れたけれど、その日は馬車に乗って少し遠くまで足を延ばした。
見晴らしの良い草原で、広大な自然を感じながら寝転んで大空を流れる雲を眺めたりして……。
あの時の昼食もサンドイッチで、澄んだ空気の中で食べたサンドイッチはいつも以上に美味しかった。
すると、レイモンド様も何かを思い出すように、フッと笑った。
「ああ……僕もあったな。母親と――」
しかし、すぐにハッと言葉を呑み込み、しまった……という表情でアレクシア様の様子を横目で伺う。
アレクシア様の前で母親との思い出話をするのを躊躇ったのだろう。
けれど、アレクシア様は特に表情を変えず、
「構わない。先を話せ」
と、レイモンド様を促す。
「……いや」
それでも話すのを躊躇するレイモンド様に、アレクシア様は小さく息を吐く。
「普通はどのように幼少期を過ごすものなのか、経験した事のない僕には分からない。だから今後の参考にする。さっさと話せ」
「……兄さん……」
アレクシア様の言葉に、レイモンド様は目を見開いて唖然とする。
けれど、しばらくして緊張を解いたように控えめに微笑み、「分かった」と頷いた。
少し照れくさそうに笑いながら、レイモンド様は語り始めた。
レイモンド様が小さい頃、父親が遠征で不在の日に母親がサンドイッチを作ってくれた事があったらしい。
その日は天気が良く、せっかくなので中庭へ持って行って食べようという流れになり、中庭にあるガゼボで、レイモンド様は母親と一緒にサンドイッチを食べたという。
自分の好きな具材で作られたサンドイッチを堪能し、母親と片付けをしていたところに、ちょうど遠征から戻ってきたお義父様が現れた。
お義母様の手作りサンドイッチを中庭で二人が食べていたのを知ると、お義父様はあからさまに不機嫌な顔つきとなったらしい。
「父さんは普段から不機嫌そうに見えていたが、あんな顰めっ面を見るのは初めてだった。だが、僕は父さんが怒る理由が分からなくて、ただ恐怖に慄いていた。すると、母さんがいつもと変わらない様子で父さんに言ったんだ。『今度はアレクセイ様も一緒に食べましょう』と。その瞬間、父さんの眉間に深く刻まれていた皺が消えたんだ。もともと口数が少ない人で、僕には父さんが何を考えているのかよく分からなかったから、まさか二人だけで母さんのサンドイッチを食べた事を羨んでいたなんて思いもしなかった。母さんは本当に父さんの事をよく理解していたと思う」
懐かしげに微笑みながら、レイモンド様は感慨深く告げる。
すると、アレクシア様が嘲笑するように鼻で笑った。
「そんな事で機嫌を損ねるとは……公爵としてあるまじき醜態だな」
それを聞いて、レイモンド様はあからさまに呆れ顔となった。
「兄さん……父さんと自分を置き換えて考えてみるといい。母さんを義姉さんとして置き換えるのも忘れずにだ」
「……」
数秒の沈黙後、アレクシア様の眉間に深い皺が刻まれた。
昼下がり、カンッカンッと木剣が奏でる音が鳴り響く中、胸の奥にひっそりと潜むざわめきをかき消すように……温かな木漏れ日の下で、私たちは他愛のない話を続けた――。




