16.公爵夫人として
私はスザンナと向かい合わせになる様にソファーに腰を落とすと、背筋を伸ばして胸を張り、堂々とした姿を見せつけた。
わざとらしく一つ溜息を漏らして私が睨みつけると、スザンナは怪訝そうな顔で私と目を合わせた。
いつもなら、スザンナと目が合った瞬間に私の方が目を逸らしてしまっていたけれど、私は視線をぶつけ合ったままゆっくりと口を開いた。
「スザンナ、ここへは何しに来たの? 事前に連絡もよこさずに突然訪ねて来るなんて、礼儀知らずにも程があるわ」
私が素っ気なくそう言い放つと、スザンナはカァッと頭に血が上ったかの様に一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。
「はぁ!? なんなのその態度は!? なんであんたに会いに来るのにいちいち連絡しないといけないのよ!?」
「口を慎みなさい。ただの男爵令嬢が、誰に向かって口を利いてると思っているの?」
冷たい視線を向けながら私がそう告げると、スザンナはギリッと歯をきしませて鬼の形相で私を睨みつけた。
「誰って……何よ……公爵夫人になったからって、何偉そうにしてんのよ!? 調子に乗ってんじゃないわよ!」
再三の忠告にも関わらず、スザンナは声を張り上げ一向に横柄な態度を改めようとしない。
そんな彼女に、私は落胆の溜息をついてみせた。
「相変わらずね。二十二になって少しは大人になったかと思ってたけど……スザンナ、あなたは何も分かっていないのね」
「なんですって!? さっきからあんた一体なんなのよ!? もっとはっきり物を言いなさいよ!」
威嚇する様に大声を上げるスザンナだが、彼女の家であり、私の実家に関する事は公爵様から聞いている。
私はスザンナが着ている真新しいドレスに視線を移す。
それは私が実家にいた時には見た事がない。恐らく私が結婚して家を出た後に購入した物だろう。
「スザンナ 、あなたが今着ているドレスは誰のお金で買った物なのか分かっているのかしら?」
私の問いに、少しだけ彼女の肩がピクッと小さく反応した。
「これは……お父様から買ってもらった物で……」
「そう。じゃあ、お父様はそのお金をどうやって手に入れたのかしら?」
「それは……お父様が経営しているレストランの――」
「だからあなたは何も分かっていないと言っているの」
だんだんと後ろめたい事でもあるかの様に声の力を失っていくスザンナの言葉を遮り、ピシャリと言って見せると、スザンナは悔しそうにぐっと口を噤んだ。
どうやら彼女も家の事情は把握している様ね。
私と公爵様が結婚した事により、私の実家には毎月公爵家から十分すぎる額の補助金を支給されている。
それなのに、欲深いお父様は懲りずに新しいレストランの経営に手を出した。
はっきり言って、お父様には経営の才能なんて全く無いのに、ただ見栄を張りたいだけで無計画に始めてしまうのは悪い癖だと思う。
「お父様の経営するレストランについては話を聞いているわ。毎月の採算が取れずに、公爵家の補助金でなんとか凌いでいる様だけど。もしもあなたが無礼を働いて私の機嫌を損ねてしまった場合、その補助金が断たれる可能性がある事を考えないのかしら?」
「……な……!?」
さすがのスザンナも、この言葉には顔色を変えた。
さっきまでの真っ赤なお顔が今は真っ青に染まって見える。
こうして見ると本当に分かりやすい子ね。
あんなに怖い存在でしかなかったのに、今は力ない子供の様にも見える。
「そんな脅し通用しないわよ……あんたにそんな権限無いくせに!」
「あら、本当にそう思う? 私が一言公爵様に言えば、すぐにでもお父様への補助金は打ち切られるでしょうね」
……今の公爵様なら私が不快な思いをしたと言えば補助金どころか、全財産没収くらいしそうな気もするけれど。
スザンナはフルフルと体を震わせながら、再び目をギラつかせて私を睨みつけた。
「なによ……そんな事で私が怯むとでも思ってんの……? 私はあんたが公爵夫人だなんて認めないわよ……私よりも容姿も中身も劣るあんたが、私よりも上に立つなんて……あんたにお似合いなのはこんな立派なお屋敷じゃなくて、あの狭くて暗い物置小屋だわ!」
「あなたに認められなくても、私は公爵様と結婚しているの。それは紛れもない事実なのよ」
「そんなの私がすぐに奪ってやるわよ! 公爵様はあんたなんかより、私を選ぶはずだわ! どうなのよ!? そんな事言って、公爵様は根暗で可愛げもないあんたの事をちゃんと妻として愛してくれているの? どうせ冷たくあしらわれてるんじゃないの? 人間の血が流れていない『冷血公爵』なんて呼び名があるくらいだものね」
その言葉に、私の頭がカチンと音を立てた。
私の事はどう言われても構わないけれど、公爵様の事をとやかく言われるのはさすがに腹が立つ。
それに公爵様は私を愛してくれている。
真っすぐに私に愛を伝えてくれる。
自分に自信が持てない私だけど、「公爵様に愛されている」それだけは何よりも自信を持てる。
「公爵様は私の事をあ……」
だけどそこで私の言葉が詰まった。
「あ……?」
口を開けたまま、その先が言えずに固まってしまった私に、スザンナが訝しげに睨むと、すぐにフンッと鼻で笑った。
「何よ……やっぱり愛されてるって自信が持てないんじゃない!」
嬉しそうに言うスザンナの言葉に反論する様に、私は声を振り絞ってなんとかその先の言葉を絞り出した。
「あ……あ……愛してくれてる……わ……それはもう、凄く……! 凄いのよ!」
公爵様が私に愛を囁く姿を思い出してしまった私は、しどろもどろになりながら言葉を発した直後、急上昇した顔面の熱を隠す様に両手で顔を覆った。
……なんて事なの。
言葉にするのがこんなに恥ずかしい事だったなんて……!
さっきまで堂々とした態度を貫こうと思っていたのに、これでは台無しだわ。
だって最近の公爵様は、愛を囁いてくるバリエーションが豊富になってきていて、毎回異様にドキドキさせられてしまうんだもの。
前まではひっきりなしに愛を伝えてきてくれていたけれど、最近は少しだけそれも落ち着いてきて……と思ったら急に不意打ちで囁かれるのよね。しかも急に距離が近くなるし……確かに今までも距離感は近かったけど、常にべったりくっついているよりも、油断してる時に急に攻められると心臓に悪いのよね……!
それに前までは優しく見つめられる事が多かったのだけど、最近はそれに加えて真剣な表情を見せたり、時には少し意地悪そうな笑みを浮かべたり……なんていうか……ギャップ? というのかしら。
辛い物を食べた後に甘い物を食べたら余計甘く感じる様に、公爵様の言葉がやたらと甘ったるく感じて……でもそれが嫌じゃなくて――。
「は………………? 何? なんでそんな嬉しそうな顔しちゃってるの? あなた本当にあのお姉様なの……?」
すっかり一人の世界に入り浸っていた私を、スザンナは拍子抜けした様子でポカンと口を開けて固まっていた。
……スザンナの存在をすっかり忘れていたわ。
ていうか、私、そんなに顔に出ちゃっていたのかしら……?