15.私も変わりたい
「あの……マリエーヌ様?」
つい物思いに更けていた私を、リディアが心配そうに声を掛けてきた。
「あ……ごめんなさい。スザンナが来ているのよね? すぐに行くわ」
「はい。応接室の方でお待ちです。ですがマリエーヌ様、無理に会う必要は無いと思いますよ? なんというか……私、ああいうタイプ嫌いなんですよね。清純派を装って実は心の中は物凄いドス黒い物を秘めている感じがするというか……私そういうの昔から敏感なんですよ。野生の勘って奴でしょうか」
凄いわリディア……。
誰もがスザンナの演技に騙されると言うのに、それをたった一度会っただけで見抜いてしまうなんて。
あと野生の勘って……一体あなたはどんな生活していたの……?
だけどリディアの言葉のおかげで、少しだけ胸の中のモヤモヤがスカッとした。
正直、スザンナと会いたいかと言われれば、もちろん会いたくはない。
あの辛い日々を思い出すだけで、目の前は暗闇に覆われ、息が詰まりそうになる。
だけど、今の私はあの時とは違う。
あの日、公爵様の様子が変わってからは、私は一度も孤独だと感じた事はない。
公爵様は今も変わらず真っすぐな愛情表現で私を包み込んでくれるし、リディアや他の使用人達、屋敷にいる皆が優しくしてくれる。
公爵様が、私が寂しい思いをしない様にと心地よい居場所を作ってくれた。
だから私も変わりたい。
震えて何も出来なかった、あの頃の私にはもう戻りたくない。
「大丈夫よ、リディア。応接室へは私一人で行くから、あなたは少し休憩していて」
「マリエーヌ様……分かりました。でも何かあればすぐ叫んでくださいね! すぐに助けに参りますから! と言ってもそんな事があれば、公爵様が壁突き破って真っ先に駆け付けると思いますけどね」
「ぶふっ……!」
その光景を想像して、思わず吹き出してしまった。
公爵様は現在、執務室で仕事中ではあるけれど、確かにそれはあり得るわね。
リディアのおかげで、緊張感が一気に和らいだわ。
「ありがとう、リディア」
まるで戦地へ送り出すかの様な眼差しを向けてくるリディアにお礼を告げて、私は一人応接室へと向かった。
スザンナと二人で会うのは怖い。
どんな罵倒を浴びせられるのか想像するだけで、足が竦みそうになる。
だけど、ここで逃げては駄目。
私は公爵様の妻で、公爵夫人なのだから。
ここで私が逃げてしまったら、私を支えてくれてる人達を守る事なんて出来ない。
応接室の扉の前まで来た私は、目を閉じて公爵様が私に向けてくれる笑顔を思い浮かべた。
その姿に勇気を貰って、ドアノブに手をかけゆっくりと扉を開いた。
応接室の中央に置いてあるローテーブルを挟む様に、向かい合わせに置かれているソファーの片側にスザンナが礼儀良く座っていた。
私の姿を見たスザンナは、言葉を発する事なく、控えめに笑みを浮かべて私を見つめている。
私は部屋の中に入り、ゆっくりと扉を閉めた。
その瞬間、
「もう! やっと来たの!? お姉様ったらいつまで待たせるのよ! 本っ当に昔からトロいんだから!」
そう叫びながらスザンナは苛立ちを顔に込めて私を責め立ててきた。
縦ロールに巻かれたブロンズヘアーは真っ赤なリボンでツインテールに纏められており、彼女の声に合わせて大きく揺れ動いている。
胸元が大きく開き、豊かな胸を強調させる様な淡いピンク色のドレスは、装飾は控えめだけど派手でない分スザンナのお人形さんの様な可愛さが際立っている。
スザンナの胸元には、まるで公爵様の瞳の色に合わせたかの様な真っ赤なルビーのネックレスが煌めいている。
スザンナの見え見えの魂胆に、「やっぱりそういう事ね」と静かに納得した。
彼女は奪いに来たのだ。私の居場所を。
だけど私は臆する事なく口を開いた。
「久しぶりね、スザンナ。元気にしてたかしら?」
「あら、それはこっちの台詞だわ。お姉様はどうなの? ちゃんと公爵夫人として、お役に立っているのかしら?」
スザンナはあくまでも自分の方が優位であるかの様に、上からの立ち位置で私に話しかけている。
ソファーにもたれかかり、面倒臭そうに腕も足も組んでいる姿はとても淑女には見えない。
彼女がそんな姿を見せるのは私とお父様と同じ屋敷に住む使用人の前でのみ。
だからこの応接室の扉を開け放ってしまえば、きっとスザンナはすぐに淑女らしい振る舞いをし始めるだろう。
だけどそれでは意味がない。
二人だけの時に見せる彼女の姿と、私は向き合う必要があったから。
だから私は自分の意思であえて扉を閉めた。
昔の自分――そして目の前の義妹と決別するために。
私は、かつての公爵様の様に冷たく突き刺す様な視線で彼女を睨み、口をゆっくり開いた。
「スザンナ、私が誰か分かっているのなら分をわきまえなさい。貴方の態度は失礼極まりないわ」
「は……?」
私の言葉を聞いたスザンナは信じられない様子で目を見開き言葉を失っている。
まさか私にそんな事を言われるなんて想像もしていなかったのでしょうね。
だけど、私も今までの様に彼女に何もかも奪われるつもりはない。
彼女にあげる物なんて、ここには一つもないのだから。




