書籍3巻予約開始記念SS 新婚旅行最終日、その後 ~アレクシア公爵~
ノベル3巻の予約が本日より開始いたしました!
こちらのSSは新婚旅行編、またはノベル3巻を読了後にお楽しみくださいm(__)m
新婚旅行最終日、マリエーヌとお話した後の公爵様は……?
ベッドで眠るマリエーヌを胸に抱きながら、つい先ほどの彼女の姿を思い出す。
――まさか、マリエーヌがあんなにも情熱的に僕を求めてくれていたなんて……。
その姿を思い出すと、再び歓喜に胸が打ち震える。
僕の秘めていた不安も憂いも、全てを晴らすほどの衝撃だった。
酒により抑制が効かなかったとはいえ、彼女の本音が聞けて良かった。
だが、彼女が望む子供については、今はまだその時ではない。
それについては改めてマリエーヌと話をしなければならないが……。
「んん……」
少し苦しそうなマリエーヌの声が聞こえ、咄嗟に抱いていた腕を解いた。
見ればマリエーヌの額にはうっすらと汗が滲んでいる。
僕がずっと抱きしめていたから、さすがに熱かったのかもしれない。
そぉっとマリエーヌの体をベッドの上に下ろし、体が触れないくらいに少しだけ距離を取る。
触れられないのは残念だが、こうして愛らしい寝顔を眺めているだけでも至福の喜びを感じられる。
それに、これからは毎日一緒に寝られるのだと思うと……だめだな。
口元が緩んでしまう。
その時、マリエーヌの瞳がうっすらと開き、むくりと体を起こした。
――起こしてしまったか……?
もっと慎重に下ろすべきだったな……。
そう反省しながら僕も起き上がり、虚ろげな眼差しのマリエーヌに声を掛ける。
「マリエーヌ、もう少し寝ていた方が……」
「熱い……」
ぼそっと呟くと、マリエーヌは着ていた服を胸元からぐいっと開き――。
「マリエーヌ!」
咄嗟にその手を掴んで脱ぎかけていた服を元の位置に戻す。
――び……びっくりした……。
唐突かつ大胆な彼女の行動に、体中から冷汗が噴き出し心臓が激しく波打っている。
すると、少しだけ目を見開いたマリエーヌが、僕を見てぱちくりと目を瞬かせる。
「……公爵様?」
「その……脱ぐのはやめた方がいい。今は熱いかもしれないが……さすがに裸はよくない」
「どうしてですか?」
――どうして……それはまた回答に困る難題だ……。
答えに詰まる僕に、マリエーヌは悩ましげに視線を伏せ、
「私は公爵様に裸を見られても……大丈夫です」
思わぬ追撃に、「ぐぅっ」と喉の奥から苦渋の声が漏れる。
マリエーヌは知らないだろうが……。
温泉で彼女と鉢合わせた時、僕がどれだけ欲情を掻き立てられたことか……。
彼女を抱きかかえた時も、抱きしめて口づけを交わした時も……たかがタオル一枚隔てたところで、彼女の温もりは直に伝わってくるし、艶めかしい体の輪郭も、その柔らかな感触もはっきりと分かってしまう。
あの時、僕の理性がどれほど擦り減らされていたか……。
正直、あの男が現れなければ危なかった。
ましてや、あの時は外に監視の人間がいたというのに、それすらも忘れて彼女との口づけに夢中になってしまった。
その後も、幾度となく思い出しては、昂る熱を抑え込むのに苦労した。
――というのにも関わらず、マリエーヌは今もまだ服を脱ごうと、僕が掴んでいる手に何度も力を込めてくる。
しかし僕も、今回ばかりは譲れない。
「マリエーヌ。夜は冷え込むから、服だけは着ていた方がいい」
冷静さを装い、落ち着いた口調でマリエーヌに説得を試みる。
すると、マリエーヌは切なげに視線を伏せ、
「公爵様が温めては下さらないのですか?」
――なんて可愛いことを言うんだ……。
危うく思いのままに抱きしめてしまいそうになるのを、ギリギリと折れそうなほどに奥歯を噛みしめ必死に耐えた。
それから荒ぶる鼓動が体中に響き渡る中、浅い呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。
「もちろん、君の体が冷えるようなら僕が温める……が、どちらにしろ服は着ていた方がいい。あらゆる意味で、君を守ってくれるだろうから」
「……分かりました」
しぶしぶながらも、どうやら納得してくれたようで、マリエーヌは掴んでいた服をそっと下ろした。
ホッと安堵し、乱れていた彼女の胸元の服をそっと整える。
「では、代わりに公爵様が脱いでください」
「……は?」
唐突に告げられた要望に、思わず目を見張る。
しかしマリエーヌは至って真剣な眼差しを僕に向け、
「私の代わりに公爵様が服を脱いでください」
もう一度、全く同じ要望を突き付けられる。
「……な、なぜ……?」
「公爵様に、直に温めていただきたいからです」
――……それは、裸で体を温めてほしい……と……?
さっきまで暑がっていたはずだが、もう体が冷え始めたのか……?
「…………わ……分かった」
悩んだところで意味はない。
彼女の真剣な眼差しを前にして、僕に拒否権など存在しない。
言われたとおりに上半身の服を脱ぐと、マリエーヌは僕の体をジッと見つめた後、サイドテーブルの上から何かを持ち上げた。
「では、これをお願いします」
そう言って、マリエーヌから差し出されたのは……お茶を入れる湯呑……?
……なぜ?
「マリエーヌ……これを……どうすればいいんだ……?」
彼女の両手に包み込まれるようにして収まっている湯呑。
見たところ中には何も入っていないから、飲む事もできない。
ならばどうするのか……僕の頭では理解が追い付かない。
すると、マリエーヌは僕の手を取り、
「これをですね……こういう風に……壊さないよう、優しく包み込むようにして……そう、そんな感じです」
説明を添えながら巧みに僕の手と腕を動かし、湯呑を胸元で抱きかかえるような体勢を取らせた。
「私の代わりに、公爵様がこの卵を温めてください」
「た……卵……?」
――どう見てもただの湯呑だが……マリエーヌが言うのなら……いや、どう見ても湯呑だな。
「はい。よくよく考えると、ペンギンは父親がずっと卵を温めると言いますし」
「ペンギン……」
――いつから僕はペンギンの習性を持つようになったのだろうか……。
「では、公爵様はこのままの状態で、割らないよう朝までお願いします。私たちの大切な卵ですので……」
「………………分かった。君がそう言うのなら……そのようにしよう」
「ありがとうございます、公爵様」
ニコッと清楚な笑顔を浮かべると、マリエーヌはすぐにパタリと横になり、すやぁ……と深い眠りについた。
――マリエーヌ……やはり君は……いや、もうどちらでもいい。
たとえ酔っていようがいまいが、僕にとっては愛するマリエーヌに違いない。
彼女がそうしろというのなら、僕はそれに従うまでだ。
それが彼女への愛の証明となるのなら……この湯呑すらも愛おしく思えてくる。
そうして、僕は彼女からの要望に応えるべく、朝まで大事に湯呑を温め続けた。
翌日の朝、自力では起き上がれないほどの頭痛を発症していた彼女は、当然湯呑についても覚えていないようだった。
それでも、女将に一言断りを入れ、僕はその湯呑を割らないよう自分の荷物にそっと忍ばせた。




