表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/188

43.部屋で待っていたのは sideアレクシア公爵

 第四皇子との話を終え、廊下に出た僕の足は、自然とマリエーヌの部屋へと向かっていた。


 その部屋の前に立ち、扉をノックしようと構えるも、


 ――マリエーヌは……もう、寝ているだろうな……。


 そう思い直し、力なく手を降ろした。


 できる事なら、今日のうちにマリエーヌと二人で話がしたかった。

 だが、思いのほか第四皇子との話が長引いてしまった。


 もう夜も更けてしまったし、明日の朝も早い。

 それに、昨日は夜通しここの手伝いに勤しんでいたから、さすがに疲れているだろう。

 今日はゆっくり休んだほうがいい。


 踵を返し、音を立ててマリエーヌが起きてしまわないよう、静かに自室へと向かう。


 ――明日こそは、ちゃんと話をしなければ……。


 公爵家の宿命も、僕と皇帝の関係も。

 そして、これから僕が何をしようとしているかも……。


 本当は、もっと早く話をするべきだった。

 だが――全てを知った彼女が、僕から離れてしまう気がして……言えなかった。

 僕が抱えるこの重荷を、彼女がどう受け止めるのか……。

 こんなはずではなかったと、悲しむ姿を目の当たりにするのが怖かった。


 しかし昨日、女将を救うため、危険を顧みず立ち向かおうとする彼女の姿を見て、僕の考えがいかに浅はかだったかを思い知った。


 ――いや、もうとっくに分かっていたはずだ。


 マリエーヌは、ただ守られているだけのか弱い女性ではない。


 どんな困難に見舞われようとも、大切な人のためならば、勇敢に立ち向かっていく強い女性なのだと。

 

 そういう姿を幾度となく見てきたのに……彼女を失うかもしれないという不安が勝って、信じきれていなかった。


 その思いが迷いを生み、何も告げられず、何も決断できぬまま、あの地を離れた。

 もしも事情を話し、彼女が僕だけを望んでくれるのなら……全てを捨てて、二人だけで遠くへ逃げてしまおうかとも考えた。


 だが、きっと彼女はそれを望まない。あの場所も、そこで暮らす人々の事も、大切だと思う彼女なら……。

 僕が背負う重荷も全て受け入れ、僕の手を取り立ち上がってくれると確信した。


 だから――僕も、覚悟を決めよう。


 やがて自室に着き、その扉を開けようとした時――中から人の気配を感じた。


 微かに残る柑橘系の甘い香り。

 ドキドキと、自然と鼓動が高鳴るこの気配は……間違いない。


 ――マリエーヌだ……。


 その瞬間、重々しかった胸の内が、一瞬で浮き立つように軽くなった。


 僕には分かる。

 この扉の先に、僕の愛するマリエーヌが居るという事が。


 ――もしかして……僕に会いに来てくれたのか……?


 急く気持ちを抑えきれず、すぐに扉を開け足を踏み入れる。


 うっすらと明かりの灯った部屋。

 その中央にあるベッドに、一人の女性がこちらに背を向け座っていた。


「マリエーヌ……」


 名を呼び掛けると、彼女はピクッと肩を揺らし、ゆっくりとした動作で振り返る。


「公爵様」


 僕と目が合うと、マリエーヌは嬉しそうに微笑んだ。


 心なしか、僕を見つめる瞳がいつもより潤んでいる。

 どこか切なげに、それでいて愛おしげに僕を見つめる姿に、ドクドクと脈打つ鼓動が尋常じゃない速さで荒ぶっている。


 今すぐ駆け寄り、その華奢な体を抱きしめたい。

 彼女の唇に口づけをして、その吐息も温もりも全てを感じたい。

 そんな衝動に駆られるも、なんとか自我を保つべく邪念を必死に振り払う。


 ぎくしゃくとした足取りでベッドまで移動し、マリエーヌから少し距離を取り腰を掛けた。

 マリエーヌから漂う色香がいつもより濃い。

 それにあてられたのか、抑えていた欲情が再び暴れ出す。


 ふいにマリエーヌへと視線を移すと、彼女もまた、新緑色の瞳を微かに震わせながら、熱っぽい眼差しで僕を見つめていた。

 何かを求めるような艶めかしい眼差しに、思わずゴクリと生唾を呑む。


「マリエーヌ……」


 縋りつくような、なんとも情けない声を掛け、彼女に手を伸ばす。


 その手を――ぐわしっと乱暴に掴まれた。


「⁉」


 らしくない彼女の行動に、激しい衝撃を受ける。

 途端、マリエーヌは惚けていた瞳をキッと尖らせ、大きく息を吸い込み――。


「こぉんな時間までどこで何をしてらっしゃったんですかぁ⁉」

「……!」


 マリエーヌの口から、耳を突き抜けるような声量が飛び出した。

 更には不満を存分に滲ませたその瞳が、僕を責め立てるように睨み付けている。


 ――ど……どうしたんだ……?


 初めて見る彼女の姿に圧倒され、思わずたじろいだ。


 しかし……なぜだろう……。

 女神のような彼女が僕を睨み付けている姿に、計り知れない高揚感を覚えてしまう。

 すると、マリエーヌが訝しげに眉根を寄せ、僕の顔を覗き込んだ。


「なぁにニヤニヤしてるんですかぁ? 私は怒ってるんですけどぉ?」

「ああ……すまない……。怒った顔も可愛らしくて……つい……」


 そう言った矢先から、口元が緩みそうになるのを必死に耐えた。

 僕を蔑む視線すらも、愛らしくて仕方がない。

 どう思われてもいいから、もうしばらくこの視線にさらされていたい。


「……ひっく」


 唐突に彼女の口から放たれたしゃっくりにより、ある疑惑が確信へと変わる。


 ――マリエーヌ……やはり……酔っているのか……?


 いつもと様子の違うマリエーヌと、微かに香るアルコールの匂い。

 きっとあの女将の酒の香りが移ったのだろうと思っていたが……。


「マリエーヌ。お酒を飲んだのか?」

「はい。一杯だけいただきました。でも酔っていませんので問題ありません。ひっく」


 腰に手を当て、ツンと鼻を高くしながら得意げに言って見せるも、最後のしゃっくりのせいで説得力が皆無だ。


 ――いや、どう見ても酔っているとしか……


 そんな僕の考えを読み取ったのか、マリエーヌは不満そうにムッと口を尖らせ、僕の顔すぐ近くまで迫った。

 突然の急接近に、ドキリと心臓が高鳴る。


 つぶらな瞳でジッと僕を見据え、


「酔ってい・ま・せ・ん」


 拗ねる口調ではっきり言うと、小動物のように口を膨らませたマリエーヌはプイッとそっぽを向いた。


 ――なんという可愛さだ。


「ああ、そうだな。君は酔っていない」


 流暢な言葉が僕の口から紡がれた。

 彼女がそう言うのならそうなのだろう。彼女は酔ってなんかいない。

 むしろ酔っているのは僕の方だ。

 彼女が可愛すぎてクラクラする。


 ――だが……水は飲ませた方がよさそうだ。


「とりあえず水を持ってくるから、少しだけ待っていてくれ」


 そう言って立ち上がろうとした時――。


「公爵様」


 服の袖を摘まみ、マリエーヌが呼び止める。

 その寂しげな声に、後ろ髪を強く引かれるような感覚になる。

 それからマリエーヌは潤む瞳を僕に向け、


「行かないで」

「……‼」


 切なげに呟かれた言葉に、雷に打たれたような衝撃を受け硬直する。

 刹那、膝の力が抜けるように、ぽすっとベッドに腰を落とした。


 ドコドコと内側から激しく叩かれるように心臓が囃し立てている。

 強気になったかと思えば、急に弱気になったりと……感情の起伏が激しいのも、きっとお酒の影響なのだろう。

 しかし……この緩急の付け方は心臓に悪い。


 尋常じゃなく暴れ出す心臓の鼓動には、生命の危機すら感じる。

 そのうち皮膚を突き破って心臓が飛び出すんじゃないだろうか……。

 そんな思考まで過り、左胸を手でしっかりと押さえた。


 一方で、先ほどまで強気の発言をしていた彼女が、今は泣きそうな顔で僕を見つめている。

 その細い指は、今も僕の服の袖をぎゅっと握りしめている。


「マリエーヌ……」


 ――どうしてそんな悲しげな顔をするんだ……。


 僕を引き止める手を絡め取り、自分の胸元へと押し当てる。


「僕はどこにも行かない。ずっと君の傍にいる。約束しよう」


 向かい合い、その誓いを口にする。


 ――行かないで……か……。それは僕のセリフだというのに……。


 俯くマリエーヌの表情はよく見えない。

 まだ、何か不安があるのだろうか……。


 それなら、僕に全て打ち明けてほしい。

 彼女が内に秘めている本音も、何もかもを。

 彼女が望むものがあるのなら、僕が全てを叶えてあげたい――。


 もう一度、声を掛けようと口を開いた瞬間、マリエーヌが素早く動き、僕の胸元に頭から突進してきた。


「⁉」


胸に強い衝撃を受け、後ろに仰け反った僕の体に、更にマリエーヌが覆いかぶさり――ドサッ……と、そのままベッドに押し倒された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 攻め攻めマリエーヌ可愛い!……と思いつつ、若干アレクシア様が新しい扉を開きかけたようで……いや、それはそれで美味しいですが(酔いが冷めたらマリエーヌが恥ずかタヒしそうwww) (*≧艸≦)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ