30.招かれざる客
玄関の土間には、大柄な男性がぞろぞろと集まっていた。
見たところ五人……いや、もう一人、ガタイのいい男性たちに囲まれ小柄な男性がいる。
一人が私に気付くと、ニヤッと嘲笑の笑みを浮かべた。
「おお? やっとお出ましか?」
「へぇ……かわいい嬢ちゃんがいるじゃねぇか」
まるで品定めをするような卑しげな視線に、ぞくりと全身に悪寒が走る。
――……なに……? この人たち……。
無造作に結われた髪、手入れのされていない無精ひげ。
胸元が大きく開いたシャツは無造作に乱れ、泥のような汚れや赤黒いものがあちこちに飛散している。
腰に帯びた短刀も、どこか物々しい。
そして玄関を充満させているのは鼻を突くようなお酒の香り。
まるで無法者とも思える彼らを前にして、緊張感が走る。
下手に近付いてはいけないと、本能が警告する。
けれど、今は公爵様もジニー君も不在で、ここに居るのは私とアキさんだけ。
いくらなんでも、こんな柄の悪い人たちの相手をアキさんにさせる訳にはいかない。
背筋を伸ばし、なるべく自然な態度を装い、
「大変お待たせしました」
丁寧に頭を下げ、形だけでも彼らを出迎える。
すると、男性たちの中に居た小柄な男性が身を乗り出し、私の顔を覗き込んだ。
「あれぇ? 君さぁ、前に僕が来た時には居なかったよねぇ」
「……はい。昨日からここで雇っていただいてまして……」
苦々しく笑いながら、やたらと距離の近いその顔からそぉっと身を引く。
「ふぅん……」
意味深に目を細めて、含みのある笑みを浮かべるその人物は、他の男性たちとは風貌が違った。
気品のある黒い帽子と、そこから覗くブロンズ色の艶やかな髪。
襟元からは真っ白なスカーフをたゆたわせ、黒を基調とした高級感のある正装に身を包む姿はいかにも貴族という印象。
そして周りの男性たちと比べて一回りほど若い。
私と同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない。
見るからに不釣り合いな組み合わせに、どことなく不気味さを感じる。
その後ろでは相変わらず、男性たちがニヤニヤと笑いながら私たちを眺めている。
強張る顔に精一杯の笑みを張り付け、慎重に問いかけた。
「あの……恐れ入りますが、お客様でいらっしゃいますか?」
どうか違いますように――と、心の中で念じる。
けれどその思いもむなしく、貴族の男性は二ヤァッと粘りのある笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、そうだ。僕たちはお客様だから、丁重にもてなしてくれると嬉しいなぁ」
威張るような口ぶりでそう言うと、土足のまま段差を上がって来た。
「あのっ……靴はここで脱いでいただきたいのですが」
咄嗟に呼び止めるも、男性は更にもう一歩こちらへと歩み寄る。
さっきまでは小柄に見えたけれど、こうして並ぶと私よりも背が高く、体格差は圧倒的。
男性は私を見下ろすようにして、ニィッと口を開いた。
「じゃあ、君が靴を脱がせてよ。僕はお客様なんだから、それくらいしてくれるよねぇ」
「……え?」
啞然とする私の反応を面白がるように、男性は気味の悪い笑みを浮かべ、
「ほら、早くしてよ」
片足をブラブラと揺らしながら、威圧的な態度で催促してくる。
「……」
いくら客だとはいえ、これは明らかに悪意のある行為としか思えない。
こんな要求は突っぱねるべきだと思うけれど、体が強張って上手く動けない。
冷汗が頬をつたい、震える両手で服をぎゅっと強く握りしめた。
この状況を打開する術を必死に探りながらも、思い浮かべる人物は一人だけ。
「靴くらい自分で脱げるでしょう。子供じゃあるまいし」
その声の方向を見やると、玄関の入り口にジニー君が佇んでいた。
その足元では、ロキ君が低い唸り声を上げながら、臨戦態勢を取っている。
「ジニー君……」
その姿を見て、それまでの心細さが少しだけ和らぎ、泣きそうになるのをグッと堪えた。
ロキ君の散歩から戻って来たジニー君は、この状況に動じることなく落ち着いている。
もしかして、こういう場合の対処法も分かっているのかもしれない――と、期待を寄せた時、ジニー君を見た貴族の男性が憤怒の表情へと変貌した。
「お前は……! あん時はよくもやってくれたなぁ! 貴族に喧嘩を売るとどうなるか、お前とあのババアにも思い知らせてやるよ!」
まるで積年の恨みでも晴らすかのように、男性は怒りのままに声を荒げる。
それを聞いて、ふと思い出した。
アキさんが以前、ここに別荘を建てたいと言ってきた貴族を追い払ったという話を。
――その貴族がこの男性だとしたら……この人たちの目的は、アキさんとジニー君への復讐⁉
それを決定付けるように、貴族の男性が呼び掛ける。
「おい! こいつが例のガキだ! 死んでも構わないから、ぞんぶんに痛めつけてやれ!」
それを合図に、男性たちは次々と踵を返し、標的をジニー君へと定める。
「冗談だろ? こんなひょろっちいガキに旦那はやられたのか? こんなガキ一人で十分じゃねえか。俺がやるから、報酬は多めに頂くぜ」
「おいおい、抜け駆けすんなよなぁ。ここは平等に一発ずつ入れてこうぜ? 最後までまわる前に死んじまうかもしれねぇけどなぁ!」
「お……こいつ結構可愛い顔してんじゃん。顔を殴るのは勿体ねぇなぁ」
物騒な言葉が往来する中、ジニー君はその場に佇んだまま動こうともしない。
その口から呆れるような溜息を吐き出した。
「それよりも、早く逃げた方がいいと思うよ。死にたくなければだけど」
――ジニー君、なんで煽るような事を言っちゃうの……⁉
「ああ? 何言ってんだコイツ?」
「怖くておかしくなったのか? 逃げた方がいいのはてめぇだろうが!」
案の定、男性たちは不快に顔を歪ませ、更に不穏な空気を漂わせる。
「ジニー君! 逃げて!」
懸命に呼びかけるも、それを遮るように貴族の男性が私の前に立ち塞がった。
「おっと……向こうは向こうで楽しんでもらうから、君には僕の相手をしてほしいなぁ。ねぇ、こんな宿で働くより、僕のとこの侍女にならない? 君くらいに可愛かったら特別に待遇も良くしてあげるからさぁ」
「いえ、結構です」
きっぱりと拒絶するも、それすらも面白がるように男性は冷笑を浮かべる。
「それは残念。じゃあ、ここで少し可愛がってあげようかなぁ」
その卑しい目つきに、ぞっと身震いが走る。
だけどここから逃げる訳にはいかない。
男性が狙う相手にアキさんも含まれているのなら尚更、ここで引き止めないと……!
その決意を胸に、しっかりと目を見開き男性と対峙する。
「へぇ……いいねぇ……。必死に強がっちゃって。そそられるなぁ」
楽しげに言うと、男性の手がゆっくりとこちらへ伸びてくる。
それを振り払おうとした時、ふいに手首を掴み上げられた。
「……‼」
振りほどこうにも、とても力では敵わない。
身動きを封じられ、男性のもう片方の手がこちらへと伸びてくる。
まるで悪魔のような悍ましい手。
それが目前まで迫り、ぎゅっと目を瞑った。
――公爵様……!
脳裏に過ったその姿に助けを求める。
その時――。
「ほら、来たみたいだよ」
あっさりとしたジニー君の声が聞こえた直後、
ドゴォッッ‼
という轟音が鳴り響いた。
突風と共に玄関の扉が吹き飛び、私の手を掴んでいた男性の体に直撃する。
「ぐぉっ‼」
扉共々勢いよく吹き飛ばされた男性は壁に激突し、ずるずるとずり落ち扉の下敷きになる。
扉が外れて開放的になった玄関の入口には、一人の男性が佇んでいた。




