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11.人参嫌いではなかったのですか?

 抱き抱えられたままカフェに到着して、私が「もう降ろして下さい」と恥ずかしさに震えながらお願いすると、公爵様は少し物足りなさそうな顔をしながら地面に降ろしてくれた。

 

 決して抱き抱えられた事が嫌だったのではなく、これ以上は恥ずかしくて心臓が持たないと思ったので、とにかく早く解放されたかった。


 店内に入った私達は、なるべく目立たない様に、(かど)の席に座らせてもらった。


 公爵様が貸切にしようと言い出したけど、それは他の人達にも迷惑がかかるのでと、しっかり止めさせて頂いた。

 

 備え付けられているメニューを見ると、品数が多くてとても選びきれなかったので、シェフお勧めの日替わりランチを頼んだ。

 

「楽しいか? マリエーヌ」


 料理を待つ間、私が店内の様子を興味津々に見回していると、公爵様がニコニコしながら声をかけてきた。

 

「あ……はい! とても! ごめんなさい、はしたないですよね」

「いや、いいんだ。君のそんな姿が見れるのは僕にとっても嬉しいからな。とても可愛らしくて目に焼き付けておきたい」

「は……はは……」


 公爵様は時々、反応に困る事をおっしゃる。

 

「他にも気になった店があれば遠慮なく言ってほしい」


 いえ、そこはジェイクさんに遠慮しましょう……。

 だけど公爵様の私を気遣う優しさは素直に嬉しいと思ってしまう。


「大丈夫です。今日は時間も限られてますし、また今度にしましょう」

「いや……マリエーヌが気になるなら店ごと買い取って公爵邸に持って行こうと思ってな」


 ……お店を?


「いえ……それは……やめましょう」


 公爵様の後ろの方では、挨拶に来ようとしていたオーナーっぽい人が今の発言を聞いてか、固まって震え出している。

 

 この一ヶ月間、公爵様と話をしていて分かった事がある。

 公爵様は冗談を言える程、器用な人間では無いという事。

 つまり、公爵様が仰る事は全て本気で言っている事なのだと。


 だから公爵様が「女神の様なマリエーヌの石像を中庭に飾ったら、公爵邸が神の加護により守られるだろうな」と言っていたのを「ふふふ。そうなったら素敵ですね」と、笑いながら受け流してしまってはいけない。


 本当に中庭に羽を生やした私っぽい石像が建てられてしまうから……ていうか、建ってしまったのだ。本当に。

 

 それ以来、私は公爵様の言葉は全て真摯に受け止めて、ハッキリ言わなければいけない所は言う様にしている。


「以前は公爵邸から出られなかったので、こうして街中を歩ける事がとても楽しいです」

 

 だけど、それを言ってしまって私はすぐに後悔した。

 公爵様の表情が一瞬で曇ってしまったから。


「そうだったな。僕がマリエーヌを外に出さないようにしていたんだった……。君には色々と迷惑をかけた。本当に申し訳なかった」


 そう言うと、公爵様は自責の念に駆られる様に私に頭を下げた。

 もちろん公爵様を責めるつもりは無かったのだけど、言い方を間違えてしまった。


「いえ……。当然の事です。公爵夫人が好き勝手に出歩くのもどうかと思いますし――」

「そんな事は無い」


 ハッキリとした口調で、公爵様はきっぱりと断言した。


「誰も人の自由を奪う権利など無い。人は自由であるべきだ。よほどの犯罪者で無い限りはだが……。前の僕は本当に間違えてばかりだった。これからはマリエーヌの自由に暮らして欲しい。ただ、公爵夫人という肩書きはどうしても危険が付き纏う。だから外出する時には護衛を付ける事だけは許可して欲しい。マリエーヌが許してくれるのならば、僕も出来る限りは一緒に居るつもりだから」


 公爵様は真剣な表情で私を見つめながら訴えかけている。


 本当にこの人は……どこまでも真っ直ぐな人。

 不器用なのに、真っ直ぐに愛を伝えてくれる。

 

「はい。また公爵様と二人でお出かけしたいです」


 笑顔でそう伝えると、公爵様の表情が一瞬泣きそうになった気がした。


「ああ。僕もまたマリエーヌと一緒にデートがしたい」


 そう言いながら嬉しそうな笑みを浮かべて公爵様は愛しそうに私を見つめた。


「お待たせ致しました」


 タイミングを見計らった様に、店員さんが料理を持ってきてテーブルの上に並べていく。


 その中で、私はある食材に目が釘付けになった。


 あ……あれは……!

 

 ミディアムに焼けたステーキのお皿には、付け合わせで人参のグラッセが添えてあったから。

 

 公爵様は、人参が大の苦手。

 公爵様の唯一の弱点とも言えるのが、この人参なのだ。

 

 公爵様が熱で寝込んでいる時も、使用人が間違えて入荷してしまった人参をバレない様に処分しているのを見た。

 なんでも、人参を見ただけで物凄い不機嫌になるのだとか。

 

 恐らく、このカフェは出来たばかりだから、公爵様の人参嫌いを把握出来ていなかったのだと思う。


 公爵様、きっと食べれないわよね。

 でも公爵様ともあろうお方が、外出先で人参を残すのってどうなのかしら……。


 どうしよう。私が食べてあげた方が良いかしら?


「マリエーヌ、頂こうか」

「あ……はい。頂きます」


 公爵様の言葉に返事はしたものの、やはり気になるのは人参の存在。

 ステーキをナイフとフォークで切り分けながら、チラチラと公爵様のお皿の人参を気にしてしまう。


 その時だった。

 公爵様がおもむろに人参をフォークで付き刺し、パクっと一口で食べたのだ。


「え……?」


 驚きのあまり思わず声が漏れた。


 公爵様が……人参を食べた……?


 何でもないように、もぐもぐと口を動かす姿に呆気に取られている私を見た公爵様が、ゴクリと人参を飲み込み口を開いた。

 

「マリエーヌ、どうかしたか?」

「え……? えっと……。公爵様、人参嫌いなのではなかったのですか?」


 その問いに、公爵様は一瞬キョトンとしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「ああ、確かに前までは食べられなかったがな。でも食べられる様になったんだ。君に少しでも良い所を見せたくてな」


 え……? 私に良い所を見せるため?

 その為に人参を食べられる様になったの……?

 私に良い所を見せるため……人参を……。


「ふっ……ふふっ」

「……? どうかしたか?」

「いえ……だって……良い所を見せる為に人参を食べるって……ふふふふっ」


 まるで親に褒めてもらいたい子供みたいだと言ったらさすがに怒るだろうか。

 なんだか公爵様が凄く可愛く見えてきて、笑いが込み上げてきた。

 

 だけど公爵様は笑う私を、目を細めて切なげな笑みを浮かべながら見つめていた。


「これを食べると、やはり君は笑ってくれるんだな」


 消えそうになる声で公爵様がボソリと呟いた。

 

 公爵様は時々、そんな風に私が知らない私の話をする。


 まるで私ではない誰かを思い出すかの様に、切なく笑うその表情を見ると少しだけ寂しさを感じてしまう。


 その意味を、いつか教えて貰える日が来るのだろうか?


 それにしても……あんなにも嫌っていた人参をこんなにあっさり食べれる様になってしまうなんて……。

 人参を食べる公爵様は、それを嫌っていた食材とは思えない程、むしろ美味しそうに食べていた。


 でも不思議だわ。

 公爵様の人参嫌いは屋敷の皆が把握しているから、人参を使った料理は食卓に並ぶ事も無いし、仕入れる事も無いはず。


 だとしたら、公爵様は一体いつ、どうやって人参を克服する事が出来たのかしら?


読んで頂きありがとうございますm(_ _)m


人参嫌いな方も、人参好きな方も、「先が気になる!」と思って頂けましたら、ブクマや↓の☆☆☆☆☆評価を頂けると人参嫌いな作者も頑張って人参食べます……!

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