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16.この旅の目的は……? sideレイモンド

「遅い……遅すぎます! やっぱり今すぐ戻りましょう!」


 宿の一室で、いつまで経っても到着しない二人に、痺れを切らしたリディア嬢が声を張り上げた。


「いや、もう少しだけ待ってみよう」

「さっきからそればっかりで、もう何時間経ったと思ってるんですか!」

「少し落ち着くんだ。今から向かったところで行き違いに成りかねない。今は下手に動かないのが最善だ」

「それはそうですが……!」


 両手をグッと握りしめ、それでも納得いかない様子でリディア嬢は唇を嚙みしめる。


 苛立つ気持ちも分かるが……残念だが、今の僕たちに出来る事は何もない。

 それにもし、何かしら不測の事態が起きたのだとしても、兄さんがいるなら問題ないだろう。


 だが……ずっと疑念を抱いていた事が、確信へと変わりつつある。


 ――これは本当に、ただの新婚旅行なのか……?


 それは兄さんから、新婚旅行に同行するよう促された時から思っていた。


 リディア嬢の言う通り……以前、僕がマリエーヌに好意を抱いていたのは兄さんも知っている。

 そんな相手を、新婚旅行に同行させようなんて……。

 ――いや、もしそうでなくとも、リディア嬢を同行させている時点ですでにおかしい。

 せっかくの新婚旅行なのだから、邪魔にならない最低限の護衛だけを連れて行けばいいはずだ。

 なのによりによってリディア嬢を連れてくるとは……。

 と言っても、決してリディア嬢が二人の邪魔になると言っているわけではないが。

 ……いや、やはり多少はなっていたかもしれない。


 どちらにしろ、何かあるはずだ。

 僕たちをここへ連れて来た理由が――。


「やっぱり……ただ待ってるだけなんて無理です!」

「待て! リディア嬢!」


 突如、リディア嬢が駆け出し部屋から出ようとしたその時、ガチャッと扉が開いた。


「マリエーヌ様⁉」


 リディア嬢が期待に顔を輝かせるが、現れた人物を見て瞬時に落胆の表情へと沈んだ。


「レイモンド様。少しよろしいでしょうか?」


 護衛騎士の一人が颯爽と部屋の中へ入ってくると、僕に耳打ちをした。


()()からの伝令です。公爵様とマリエーヌ様は工房付近にある宿に泊まる事になりました」

「なに……?」


『カゲ』とは、表に姿を現す事無く極秘任務を遂行する部隊。


 その全貌は明らかにされていないため、人数も、その素性も僕には何も分からない。

 ただ兄さんだけがその部隊を従わせられ、必要に応じて指揮を執っているのは知っていた。


 どうやらこの旅行にもカゲを何人か潜ませていたようだ。


 それはそうとして……。


「どうして急に宿を変更したんだ?」

「それが……何者かが二人の乗って来た馬を逃がしたようで……」

「は……? そんな事態をカゲが見過ごしたというのか?」

「はい。公爵様は、この旅行中は何が起きようとも手を出さず、報告のみするようにと指示を出していたようで」

「……それはつまり、あえて馬を逃がすのを止めなかったと……? しかし誰だ? 馬を逃がすなんて……そいつは何がしたかったんだ?」

「……」


 次々と疑問を口にするも、目の前の騎士は考える素振りすら見せず、無言無表情のまま佇んでいる。


 ――この男は、何か事情を知っているのか……?


 怪訝の眼差しを目前のそいつに向けるも、僕が問い詰めたところで口を割りはしないだろう。

 兄さんがここまで連れてくるくらいだ。

 それなりの心構えは備わっているはずだ。


 なにはともあれ、今日のうちにどうこうなる話ではなくなった。

 だが、この事態をリディア嬢へどう説明すべきか……。

 素直に納得してくれればいいのだが……。


 扉の前で、凶暴な番犬のような佇まいでこちらを睨むリディア嬢を、これ以上興奮させないよう、なるべく落ち着いた口調で話しかけた。


「とりあえず二人は無事だ。どうやら馬が逃げて帰れなくなったらしい。今日の宿は確保できているようだから、明日の朝、二人を迎えに行くとしよう」


 そう説明すると、二人(というか義姉さん)が無事なのを知って安心したのか、リディア嬢の吊り上がっていた眉が垂れ下がる。


 その姿にこちらも安堵したところを、ずいっと先ほどの騎士が横入りしてきた。


「それはなりません。公爵様のご命令で、レイモンド様とリディア嬢は、ここでしばらく待機するようにとの事です」

「なんだと?」

「はあああ⁉ なんでですか⁉」


 案の定、不満を爆発させたリディア嬢が護衛騎士に掴みかかりそうになったのを、咄嗟に後ろから両腕を掴んで引き止める。

 下手に手を出せば女性であろうと容赦ない反撃をもらいかねない。


「理由はまだお教えできませんが、公爵様のご命令ですので」

「そんな……納得できません! 私はマリエーヌ様をお迎えに行きます!」

「なりません。公爵様のご命令です」

「私が仕えているのはマリエーヌ様です! 公爵様の命令なんて知ったこっちゃありません!」

「待て、リディア嬢。兄さんも何か考えがあって――」

「レイモンド様が言ったんじゃないですか! あの二人の間にはまだ問題が残っているって! それが分からない限り、私は公爵様を信用できません!」

「それは……」


 二人の間にある問題――それは公爵家の後継者に課せられる宿命であり、僕たち家族の関係を酷く歪ませる要因となったものだ。

 

 二人の間に跡継ぎとなる息子が生まれた場合、公爵家のならわしに従い、二歳を迎えると同時に母親とは引き離される。

 そして死と隣り合わせと言っても過言ではない、過酷な教育を強いられる。


 今でこそ、人が変わったように義姉さんを愛してやまない兄さんだが……その昔は非情で冷酷な人間だった。

 兄さんをそのような人間に仕立て上げたのも、その教育だ。


 その影響を受けるのは子供だけじゃない。

 義姉さんにとっても過酷な試練となるだろう。

 かつて僕の母親が深い悲しみに暮れたように……愛する息子と引き離され、会いたくても会うことも叶わず、扉の向こうから聞こえる息子の苦痛な声を聞くだけの耐え難い日々を過ごす事になるのだから……。


 だが……今の兄さんが、そんな悲しみを義姉さんに背負わせるとは到底思えない。

 兄さんが子供をつくろうとしない理由も、きっとそれだろう。


 しかしどちらにしろ、このままいつまでも跡継ぎをつくらないわけにもいかない。

 そもそも、兄さんが結婚するに至った理由も、皇帝から跡継ぎの催促があってのはずだ。

 でなければ、あれほど人を嫌っていた人間が、他人を邸に招き入れるなんてしなかっただろう。


 ――皇帝の命令は絶対だ。それに背く事は死に直結する。


 このまま世継ぎが生まれないとなれば……いずれ妾を取れと命ぜられるかもしれない。

 いくら兄さんといえど、皇帝の命令には逆らえない。

 マリエーヌと離れたくないのであれば、世継ぎをつくり、教育を受けさせなければならない。


 それが公爵位を持つ者、それを継ぐ者の宿命なのだから――。


 ふいに、以前兄さんが僕に告げた言葉が脳裏を過った。


『お前が全てを捨てる覚悟で彼女と共に逃げたのなら、お前にも勝算はあったはずだ』


「……まさか……」


 ひんやりとした汗が、頬を伝う。


 ――そんな馬鹿げた事を……? いや……今の兄さんなら……ありえるかもしれない。


「兄さんは本当に……マリエーヌを連れて逃げるつもりなのか……? 何もかもを捨てて……」


ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

新婚旅行編もいよいよと折り返しとなります…が…申し訳ありません…!

誠に勝手ながら、しばらく更新のお休みを頂き、次回8月10日から連載再開いたします…!

何卒よろしくお願いいたしますm(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] レイモンド、ここまでのおさらいと考察ありがとう! 公爵教育は受けてないけど、地頭は良いんだろうなwww アレクシア様が呼んだからには何かしら役目があるはず……きっと……たぶん? とりあえず…
[良い点] いつも楽しく読んでます! 了解です〜 しかし、レイモンド様の思考の沼にハマってる時に、もしかしてだけどマリエーヌ様と公爵様はイチャイチャタイムしてたら可愛いね(笑) しかし、リディア…
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