12.お土産選び
結局、あのまま刺繍体験を続けられるほど心の余裕はなく……速やかに刺繍体験を終え、私たちは作業場を後にした。
工房内の見学を終えると、ここで働く職人さんたちの腕を高く評価した公爵様が、ルドラさんに商取引をしたいと申し出た。
それからルドラさんが連れて来た工房の責任者と公爵様が話をしているあいだ、私はリディアとレイモンド様と共に、工房内にある売店でお土産の品を見て回ることに。
「わぁっ! 可愛い品がたくさんありますね! あ……マリエーヌ様! これとかいかがですか⁉」
声を弾ませながら振り返ったリディアが手にしていたのは、ヘッドドレスのような紐状の髪飾り。
緑色に白を足したような淡い色合いの布地には、ピンク色のお花の刺繍が並んでいる。
「本当、とても可愛いわね。リディアの髪色にピッタリだと思うわ」
「え? あ……いえ……私ではなくマリエーヌ様にと思ったのですが……」
「あら……でもリディアによく似合うと思うわ。試しに着けてみたらどうかしら?」
「あ……じゃ、じゃあ……」
困惑しながらも、嬉しそうに口元を緩め、リディアはそれを頭上に持ち上げる。
「どうですか?」と言わんばかりにチラリと目配せするリディアに、私はにっこりと微笑んだ。
「うん、やっぱり良く似合っているわ」
「えへへ……ありがとうございます」
ふにゃっと目尻を下げて嬉しそうに笑うリディアの姿がまた一層可愛らしい。
いつも着けているホワイトブリムもよく似合っているけれど、それはもはや仕事着の一部。
こうして年相応の女の子らしく、お洒落を楽しむ姿を見られるのはこの旅行中だけかもしれない。
公爵邸に戻れば、また彼女は侍女の制服に身を包み、私たちの関係も女主人と侍女という関係に縛られるのだから。
それを思うと、この時間がとても尊いものに思えて……ふと思い立ち声をかけた。
「ねえ、リディア。それを私が買ってあなたにプレゼントしてもいいかしら?」
「え? マリエーヌ様が……私にですか⁉」
私の提案に、キョトンとしていたリディアの瞳がカッと見開いた。
「ええ。日頃のお礼も兼ねて、あなたに何か贈りたいとずっと思っていたの」
「そんな……とんでもございません! 私はマリエーヌ様の専属侍女ですから、自分の職務を全うしているだけですので!」
胸元に手を当て、真っすぐな瞳で誠意を見せるリディアの姿は専属侍女としてはなんとも誇らしい。
だけど――専属侍女として――その言葉に心の距離を感じずにはいられなくて、少しだけ寂しい気持ちにもなる。
「ええ、そうね。専属侍女として、リディアは本当によくやってくれていると思うわ。だけど時々、あなたが私の友達だったらいいのに……って考える時もあるの」
「え……友達……? 私が……マリエーヌ様の……?」
ぱちくりと瞬きをしながら、リディアは唖然としたまま私を見つめる。
それは私がずっと内に秘めていた想いであり、願いでもあった。
私には友達と呼べる存在がいない。
だからいつも身近に居てくれるリディアの存在を、そんな風に思う事もしばしばあって……。
正直者の彼女だからこその、建前のない率直で素直な言葉も、私には嬉しかった。
こんな事を言うと、余計に困らせてしまうだけなのかもしれないけれど。
「だからね……せめてこの旅行中は専属侍女だからとか、主人だからとか……そういう主従関係は忘れて、友達のような関係でいられたら嬉しい……なんて思っ……て、え……リディア⁉」
気付けば、こちらを見つめるリディアの瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
「ううっ……マリエーヌ様ぁ……うっ……」
ふるふると肩を震わせ、リディアは嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。
「リディア……? どうしたの……?」
やっぱり、ここに来てからのリディアは少し様子がおかしい気がする。
すると、リディアは涙が溢れ出る瞳を大きく見開き、嗚咽を堪えて口を開いた。
「嬉しいです……マリエーヌ様が私の事をそんな風に思っていてくださったなんて……。それと私は……たとえ専属侍女でなかったとしても、マリエーヌ様が大好きです! 公爵様にも負けないくらい、マリエーヌ様を愛しております! だからこの先も、何が起きようとも一生マリエーヌ様のお傍から離れるつもりはございません!」
「リディア……」
今だけでも友達になってほしいと伝えたつもりが、まさかプロポーズのような言葉が返ってくるなんて……。
だけど切実な気持ちを真っすぐ伝えてくれたリディアの姿に、感動で胸が熱くなった。
その言葉が彼女の本心だと明確であるからこそ、より強く胸を打たれた。
「ありがとう。私もリディアが大好きよ。これからもずっと私の傍にいてちょうだい」
「はい! マリエーヌ様ぁぁぁ‼」
叫びと同時に、リディアが私の体に抱きついてきたので、それを受け入れるように抱きしめ返した。
それからむせび泣くリディアの背中をスリスリとさする。
「……これは一体どういう状況だ……?」
その声に振り返ると、怪訝な眼差しをこちらに向けるレイモンド様が佇んでいた。
さっきまで別の場所で品物を見ていたけれど、リディアの声を聞いて様子を見にきたのだろう。
「えっと……ですね……」
腕の中にいるリディアは、今もまだ私にしがみついたまましとしとと泣き続けている。
とりあえず、簡潔に事情を説明すると、レイモンド様はなんとも言えない表情をして頭を抱えた。
「なるほど……タイミングが悪かったな……」
「……タイミング?」
「いや……それよりも義姉さんは土産の品を選べたのか? そろそろ兄さんが戻ってくる頃だろうから、何かしら選んでおいた方がいい。兄さんの事だから、ここの品を全部買うとか言いだすだろうからな」
「……そうですね」
何かをはぐらかされたような気もするけれど、本来の目的を思い出し同意する。
だけどリディアがしがみ付いている現状では、自由に身動きが取れない。
「リディア嬢は僕に任せて、義姉さんは選んでくるといい」
ずいっと一歩踏み出したレイモンド様は、リディアを迎え入れるように両腕を広げた。
その行動にただならぬ圧を感じ、思わずリディアごと一歩後ろへ引いてしまう。
――……これは……お願いして良いのかしら……?
二人の関係性もよく分からないまま、リディアを差し出して良いのかは分からないけれど、レイモンド様があまりにも紳士的なお顔で待ち受けているので……。
「……えっと……じゃあ、リディアをお願いしますね」
と、すすり泣いているリディアの体をなるべく優しく引き離し、そぉっとレイモンド様の体へと預けた。
リディアはそのままレイモンド様の体にしがみつき、ぐすぐすと泣いている。
それはまるで寝ぐずりしている子供のよう。
その愛らしさに母性をくすぐられたのか、レイモンド様ともども見入ってしまった。
なにはともあれ、リディアはレイモンド様にお任せして大丈夫そうなので、私はお土産選びへと戻る。
その時、ピンクブロンドの手袋が目に留まった。
手首にあたる縁部分には、金色の糸でお花の刺繍が施されており、惚れ惚れするほどの美しさと気品を纏っている。
羊毛で織られたと思わしき生地も、フワフワとしていて温かそう。
もう少し間近で見ようと手を伸ばした時――横から伸びてきた手が私の手に触れた。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
狼狽えるような謝罪を言い放つと同時に、その手はヒュンッと引っ込められた。
「いえ、私の方こそごめんなさい」
私も反射的に手を収め、その声の主へと目を向ける。
そこには、森に溶け込むような深緑色の髪をした少女……いや、少年が居た。




