06.このモヤモヤの理由は?
「はあぁ⁉」
私の声をかき消すほど驚愕の声を上げたリディアは、ずずいっと身を乗り出して公爵様に迫った。
「なんでですか⁉ これはお二人の新婚旅行ですよね⁉ それなのにレイモンド様も一緒だなんて……明らかに邪魔じゃないですか!」
「邪魔……」
再び聞こえた呟きは、今にも消えてしまいそうで……さすがに可哀想だわ……。
それでも公爵様は気にする事なく腕を組むと、ハァッと控えめな吐息を漏らした。
「邪魔なのはお前も同じだ。だからレイモンドにはこの旅行中、お前の相手をしてもらう」
「……はあああ⁉ なんで私がレイモンド様の相手をしなきゃならないんですか!」
「お前が居るとマリエーヌが僕との時間に集中できないからな。すでにお前のせいでマリエーヌとの時間が削られているんだ。明日からはレイモンドとお前が行動を共にしろ」
「そんな……勝手すぎます! だいたい私を新婚旅行に連れてくって決めたのは公爵様ですよね⁉ なのにどうして……はっ! まさかまだ私とレイモンド様をくっつけようだなんてお考えではないですよね⁉」
――……え? 公爵様……そんな事を考えていたの⁉
思わずレイモンド様へと視線を向けると、顔を真っ赤に染め上げたレイモンド様は白々しく私から目を逸らした。
その反応は……何なの……⁉
「仕方がないだろう。なぜか知らんがレイモンドがお前の事をえらく気に入ったみたいだからな」
「なっ……! ぼ……僕は別に……気になるとは言ったが、気に入ったとは言っていない!」
噛みつくように反論するレイモンド様のお顔はすっかり真っ赤に染まっている。
そんなレイモンド様に、公爵様はため息交じりに言葉を返した。
「同じことだ。リディアに似た令嬢を薦めても全く見向きもしなかっただろうが」
「それは……当たり前だ! 姿だけが似ていたとしても、本人でなければ意味がない!」
「え……? まさか私そっくりな女性を探していたのはそのため……? なんだ……てっきり私の替え玉を探しているのかと……」
「……」
急に黙り込んだ公爵様に、リディアは疑念の眼差しを向ける。
「やっぱり探してましたよね……? 私の替え玉を……!」
「そんな訳ないだろう」
「うわ……嘘だ! ほらマリエーヌ様! やっぱりこの人はこういう人なんですよ!」
「兄さん! 替え玉ってどういう事だ⁉」
再び私に縋りつくリディアと、公爵様に問い詰めるレイモンド様。
その慌ただしい光景を前にしながら、諦めにも似た溜息をこっそりと吐き出す。
――これは……慎ましい旅とは程遠いものになりそうね……。
それでもせっかくの遠出なのだから、人が多いほど楽しい旅になるはず。
そう納得しようとした時――。
モヤッ……。
――……?
ふいに胸の奥底に感じた何か。それが何なのか自分でもよく分からず、胸に手を当て小首を傾げていると、
「マリエーヌ。どうかしたか?」
私の微々たる異変を察してか、公爵様が心配そうにこちらを見つめる。
「いえ……人数が増えて楽しくなりそうだと思って……」
咄嗟に笑って答えてみせると、公爵様は安堵したように表情を和らげた。
「ああ、そうだな。君ならそう言ってくれると思った」
笑顔を交わし合う私たちに、納得いかない様子のリディアが不服そうに申し立てた。
「そうでしょうか? 私はそう思いませんが……。そもそもお二人が愛を育むための新婚旅行に、マリエーヌ様に好意を持っていたレイモンド様を連れて来るなんて公爵様の神経を疑います」
「うぐぅ‼」
リディアの的を射た指摘に、身を屈めたレイモンド様は深刻そうな顔で胸元を手で押さえる。
「なんだ貴様。リディアが気になると言いながら……まさかマリエーヌに未練があるのか……?」
唸り声にも等しき声で問うと、禍々しいオーラのようなものをまとった公爵様の右手が胸ポケットの万年筆へと向かう。
「ち……違う! 僕はもう本当にマリエーヌの事は何とも思っていない!」
「マリエーヌだと……?」
「義 姉 さ ん ‼」
手にした万年筆を握りしめた公爵様は、一歩、また一歩とレイモンド様に歩み寄る。
後ろから見ても分かるほどの殺気立った公爵様の後ろ姿に、私は精一杯の笑顔を浮かべて話し掛けた。
「アレクシア様。それよりも、明日からの事を皆さんでお話しませんか? せっかくの旅行ですから……」
「……マリエーヌ……」
ピタッと足を止め振り返った公爵様は、しゅんとして反省するように告げた。
「すまない。せっかくの君との旅行中に危うくこの手を汚すところだった……。もちろん、万年筆のインクでだが……」
「……」
若干引っ掛かるところはあるけれど、そこは笑顔で受け流して気にしない事にする。
というか、気にしてはいけない気がする。
とりあえず、重々しい場の空気を切り替えるようにパンッと軽く手を叩いた。
「では、これから皆さんと食事をしながら明日からの事を――」
「いや……やはり僕は同行するのをやめよう」
「「……え?」」
ようやく場を納めたかと思いきや、それに待ったをかけたレイモンド様の発言に、私とリディアの声が重なった。
表情に影を忍ばせ、視線を地に落とすレイモンド様は静かな声で続けた。
「リディア嬢の言う通りだ。僕はこの場に相応しくない。一緒に居てもどうせ邪魔になるだけだ」
悲壮感漂うその姿を前にして、いたたまれなくなったらしいリディアがおずおずと声を掛けた。
「あのぉ……そこまで落ち込まなくても……別にレイモンド様が悪い訳ではありませんし……」
「……だが、邪魔なのは確かなんだろ?」
「……」
グッと縫い合わさったかのように口を閉ざすリディアを見て、レイモンド様は小さく笑った。
「ふっ……意地悪な質問をして悪かったな。君が正直者だという事はよく分かっている。その沈黙も、きっと君にとっての優しさなんだろう」
「……!」
レイモンド様の言葉に、リディアの頬がほのかに紅潮したのを私は見逃さなかった。
それから少し恥ずかしそうにもじもじとするリディアが、なんともいじらしくて可愛い。
急にしおらしくなったリディアの姿に、レイモンド様も惚けるように目を奪われているようで。
――なんだかよく分からないけれど……すごく良い雰囲気じゃない……⁉
二人の間に漂いだした甘酸っぱい雰囲気に、私までドキドキとときめいてしまう。
それに、なによりもレイモンド様がリディアの優しさに気付いてくれたのが嬉しかった。
リディアは嘘がつけない体質上、つい余計な事を言ってしまい相手を傷つけてしまう事があるらしく……それを本人はとても気にしているようで。
反省するように落ち込む姿を何度か見てきた。
なんでもズバズバと言ってみせるから気が強いようにも見えてしまうけれど、本当はとても優しくて繊細で素直な女の子なのよね。
だからこそ、そんな彼女の体質を受け入れ、内に秘めている優しさに気付いたレイモンド様を私は応援したい。
その思いを胸にして、グッと手を握りしめながら二人に熱い眼差しを送る。
すると、ずっと照れくさそうに視線を伏せていたリディアが、意を決したように顔を上げた。
「あの……やっぱり……今から帰るのも大変だと思いますし……」
「大丈夫だ。旅路が長いのには慣れている」
――あっ……せっかくリディアが勇気を出して引き止めようとしたのに、なんで断っちゃうの⁉
じれったく思えるその光景に、握りしめる両手に力が入りつつも、ググッと堪えて二人を見守る。
「……でも……何もしないまま帰るというのも……」
「ああ、適当に土産の品でも買って帰ればいいだけの事だ」
「……」
ぷくっと頬を膨らませ、不服そうに視線を落とすリディアを見て、レイモンド様は首を傾げる。
「……もしかして、引き止めようとしているのか……?」
ようやくその意図に気付いたレイモンド様に、私は小さく頷きを繰り返す。
一方でリディアは照れくさそうに視線を逸らしながら、口を尖らせた。
「そ、それはまあ……さすがにこのまま帰らせるというのは……私も気にしますよ……」
「……! それは……僕の事が気になるという意味か⁉」
「はぁ⁉ いえ、そういう訳では――って急に距離詰めるのやめてくれます⁉」
身を乗り出すレイモンド様に対して、後ずさり距離をとろうとしたリディアの体がフラッと後ろへ傾き――危うく倒れそうになったところを咄嗟にレイモンド様が抱き留めた。
「リディア嬢! ……どうしたんだ⁉」
「リディア⁉」
力なくぐったりとするリディアに、私も慌てて駆け寄る。
どうやら気を失っているらしく、血色の悪い顔を見て私の血の気も引いていく――と、彼女のお腹から「ぐう~~~~」と大きな音が聞こえてきた。
――……そういえば……お腹が空いてフラフラするって言ってたわよね……。
それなのに、あれだけ声を張り上げたのだからさすがに力尽きてしまったのだろう。
「何だ今の音は⁉ やはり心臓が悪いのか⁉ すぐに医者の所へ連れて行こう‼」
彼女を抱きかかえて勢いよく立ち上がったレイモンド様に、咄嗟に声を掛ける。
「いえ、心臓は大丈夫です! それよりもまずは彼女に何か食べ物を……」
「ならばすぐに食堂へ連れて行こう‼」
言い放つと同時に、レイモンド様はリディアを抱きかかえて勢いのままに部屋を飛び出した。
「あっ……最初は胃に優しいものからお願いします!」
開け放たれた扉に呼び掛けたけれど、返事はない。聞こえていればいいのだけど……。
「慌ただしい奴だな」
黙ったまま一連の流れを見届けていた公爵様が呆れ気味に呟く。
「ふふ……リディアの事が心配で仕方がないのですね……」
二人の意外な姿が新鮮でおかしくて、不謹慎ながらもクスクスと笑ってしまった。
「あの二人、上手くいくといいですね」
「……どうだろうな。先は長そうだが……それよりもマリエーヌ。僕たちも食事をしに行こうか」
「そうですね。あの二人だけにさせるのも心配ですし、すぐに参りましょう」
ニコッと笑顔を浮かべる公爵様と手を繋いで、私たちも部屋を後にした。
廊下へと出ると、賑わう人たちのざわめきが聞こえてくる。
聞き慣れない男性たちの大きな話し声や、女性の甲高い笑い声が連なり、それは食堂へ近付くにつれてだんだんと大きくなっていく。
公爵邸の静かな廊下とは違うその雰囲気に、ドキドキとしてなんだか落ち着かない。
それが期待からなのか、不安からなのか……自分でもよく分からなくて。
だけど公爵様と一緒なら――うん、大丈夫。きっと楽しい旅になるはずだわ。
そう自分に言い聞かせ、公爵様に呼び掛けた。
「アレクシア様、思い出に残る楽しい旅にしましょうね」
「ああ、君と一緒なら……たとえ地獄の地であろうとも、良い思い出となるだろう」
――……公爵様。一体、何処へ向かうおつもりですか……?
それでもウキウキと楽しそうな公爵様の姿に、私の不安も和らいでいく。
ほんの少しだけ残った心の靄も……きっとそのうち消えるのだろう。




