00.二度目の初夜
本日7月1日、ノベル2巻&コミックス1巻が発売されました!
そして2人の新たな物語、『新婚旅行編』を7月下旬頃から連載開始します!
その前日談として、2回目の結婚式を挙げてからのお話です
今日、私は公爵様と、二度目となる結婚式を挙げた。
殺伐とした一度目の結婚式とはまるで違い、多くの人々に見守られながら盛大に行われた結婚式は、まるで夢を見ているような至福の時間だった。
聖堂には多くの領民たちがお祝いに駆け付け、私たちの姿を一目見ようと、長蛇の列をつくった。
その光景に圧倒されながらも、公爵様と共に多くの人たちと挨拶を交わし、祝福の言葉を受け、本当に幸せで目まぐるしい一日となった。
その夜――やたらと気合いの入った侍女たちの手により、念入りに身を清められた私は、当然のように夫婦共有の寝室へと案内された。
そこにはすでに寝間着姿の公爵様がベッドに鎮座し、私を待っていた。
しっとりと濡れた白銀色の髪と、確かな熱を携えた赤い瞳が底知れないほどの色気を醸し出し……その姿にとてもドキドキしてしまった。
それから「マリエーヌ」と、柔らかい微笑みを浮かべた公爵様に囁かれ、差し伸べられた手を取ると、そのままベッドの上へと誘われた。
まるで大切な宝物を扱うような手つきで公爵様は私の体を横たわらせ――「あとは僕に任せてほしい」と耳元で囁いた。
そうして私たちはその日、二度目となる初夜を共に過ごした――。
◇◇◇
翌日、優しく包み込まれるような温もりを感じながら、私はゆっくりと目を覚ました。
ぼんやりとする視界の中で、窓から差し込む朝日がいつもより眩しくて。
もしかして寝過ごしてしまったのかも……と、慌てて起きようとした時、
「おはよう、マリエーヌ」
頭上からその声が聞こえ、見上げると柔らかく笑う公爵様と目が合った。
「……おはようございます」
反射的に挨拶を返すと、公爵様のお顔が嬉しそうに綻んだ。
「マリエーヌ。昨日は疲れただろう。まだ眠っていても大丈夫だ」
そう言って、公爵様は私の体を抱きしめる腕に力を込めた。
その腕の中の心地良さたること。いっそこのままもう一度眠ってしまいたい……と、ただただ幸せな気持ちに浸っていた。
ふと気付くと、私のすぐ目の前には、はだけた寝間着の間から覗く公爵様の逞しい胸板が。
それは記憶の中に残る、痩せ細った公爵様の体とは違い、隆々たる胸筋は芸術とも思えるほど美しく、色気すら感じられる。
――公爵様って、意外と筋肉質な体をしているのよね……。
色白だし、いつもの服装だと着痩せして見えるから分かりづらいのだけど……。
そんな事を考えながら、洗練された肉体美を前にして、うっとりと見惚れてしまう。
「マリエーヌ……そんなに僕の体が気に入ったのだろうか」
「‼」
言われてハッと我に返った。
どうやら無意識のうちに公爵様の分厚い胸板をスリスリと手でさすっていたらしい。
咄嗟に手を引っ込め、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「ごめんなさい……つい……その……」
「いや、構わない。僕の体は君のものでもあるのだから……好きなように触ってほしい」
はきはきとした声からして、公爵様がとても嬉しそうにしているのが伝わってくる。
「それよりもマリエーヌ。体の方は大丈夫だろうか? 昨日は君に無理をさせてしまったから……」
遠慮がちに告げられて、私は顔を覆っていた手を解いた。
見上げると、眉尻を下げた公爵様が私を心配そうに見つめていた。
「いえ……私は大丈夫です。公爵様がとてもお上手でしたから……」
言いながら、少し恥ずかしくもあり顔を伏せた。
まだ少しだけ体のだるさは残っているけれど。
それよりも、私の体に触れる公爵様の優しい手つきと、今も耳に残る私を気遣う声。
それを思い出して、私の体が再び熱くなっていく。
一方で、安堵した様子の公爵様は得意げな笑みを浮かべた。
「それなら良かった。これからも君が望むのであれば、僕はいつでも大歓迎だ。なんなら毎日でもしよう」
「それはさすがに……公爵様もお疲れでしょうから……」
「全く問題ない。マリエーヌの顔を見れば疲れなんて塵となり消え失せるからな」
キリッと真剣な表情でそう言う公爵様に、思わず笑みが零れる。
だけど毎日遅くまで仕事をしている公爵様に無理をしてほしくない。
――と、ふいにある考えが頭を過り、それを口にした。
「でしたら、次は私が致しましょう」
私の提案に、公爵様は驚きと期待に目を見開く。
「え……君が僕に……してくれるのか……?」
「はい。上手くできるか分かりませんが……公爵様にご満足いただけるよう、精一杯頑張ります!」
次の瞬間、バァンッッ‼ と勢いよく扉が開き、
「朝からマリエーヌ様になにをさせるおつもりですか⁉」
その声と共に、血相を変えたリディアが寝室に飛び込んできた。
「⁉ え……リ……リディア……?」
咄嗟に公爵様の体を引き離すようにして跳び起きると、開け放たれた扉の前でリディアがわなわなと震えながら立ち尽くしていた。
ノックも忘れるほど切羽詰まった様子の彼女に、なんと声を掛けるべきかと悩んでいると、公爵様がのっしりと体を起こした。
それからゾッとするような剣幕でリディアを睨み付ける。
「おい……誰が入っていいと言った……?」
地鳴りするような低い声に、紅潮していたリディアの顔色がサーッと青く染まっていく。
公爵様の視線から逃れるよう、思いっきり目を横に逸らすと、リディアは身を縮めてボソボソと告げた。
「も……申し訳ありません……。部屋の外で待っていたのですが……会話の内容が気になって……」
――リディア……聞き耳を立てていたのね……。
するとリディアは公爵様から逃げるようにサササッと私の傍へと回り込み、
「そ……それよりもマリエーヌ様! 湯浴みの準備ができております! きっとすぐ入られますよね⁉ ね⁉」
「え……?」
上ずる声で訴えかけられ、思わずキョトンとしてしまう。
湯浴みは昨夜済ませているし、いつもならそんな風に言われないのに――と、思った瞬間に気付いた。彼女がなぜそんなにも、私に湯浴みをさせようとしているのかを。
そしてつい今しがた交わしていた公爵様との会話と、リディアが部屋に飛び込んできた時の発言を思い出し……思わずカァッと顔が赤くなる。
――……そう、よね……。普通そう思うわよね……⁉
でも違うの……それは誤解だわ……!
そう否定したいけれど、公爵様の手前、それを私の口から言うのも恥ずかしくて……。
とりあえず平静を装い、告げた。
「あ……ありがとうリディア。でも、湯浴みは今は必要ないかしら……」
「え……? でも……あ、やっぱり今からまた……⁉」
「待ってリディア」
再び顔を真っ赤に染め、更なる誤解を生みだそうとする彼女の言葉を咄嗟に制止すると、
「そうだな、もう一回しようか」
「待ってください公爵様……!」
キリッと顔を引き締め、意気揚々と告げた公爵様を強めに止めさせていただく。
そんな私の反応に、公爵様はキョトンとしながら首を傾げている。
どうやらリディアが盛大な誤解をしている事には全く気づいていないらしい。
「じゃ……じゃあ、私はこれで失礼しますね!」
あたふたとしながらリディアが立ち去ろうとした時、公爵様がいそいそと私に告げた。
「マリエーヌ、そう遠慮する必要はない。さあ、今日はどこからマッサージをしようか」
「………………え? マッサージ……?」
速やかに部屋から退室しようとしていたリディアが、ピタッと足を止め振り返る。
それから何かを確認するように私をジッと見つめる彼女に、私は静かに頷いてみせる。
すると大きく目を見開いたその顔が、見る見るうちに驚愕の表情へと変貌し……。
「まさかお二人とも……昨晩は、ただマッサージだけをして過ごされたという事ですか?」
「ああ、そうだ」
「ええ……そうなの……」
私たちの返答を聞いたリディアは一呼吸置いた後、再びわなわなと震え出し、信じられないという顔で大きく息を吸い込んだ。
「初夜なのに⁉」
腹の底から放たれた叫び声は、開きっぱなしの扉の向こうにも鳴り響き、邸内全体にこだました。
昨晩、身に余るほどの結婚式を終えて、緊張感から解き放たれた私は心身ともに疲れ果ててしまっていた。
そんな私を労うため、公爵様がベッドの上で私の体をほぐしてくれたのだけど、これが本当にお上手で気持ちが良くて……あっという間に眠りに落ちてしまった。
だからリディアが想像するような出来事は起きていない。
二度目の結婚式なので初夜と言ってよいかはさておき……当然、私だってそれを意識しなかったわけではない。
だけど結婚式を挙げ直し、改めて夫婦としての新たなスタートを切った私たちなのだから、その日が訪れるのも時間の問題だと。
そう思っていたのだけど――。
二度目の結婚式以来、私たちが夫婦共有の寝室に足を踏み入れる事はなかった。
公爵様は一度たりとも、私をその場に誘わなかったのだ。
そんなある日、唐突に公爵様から告げられた。
「マリエーヌ。僕たちの新婚旅行は何処へ行こうか」
――と。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
2人の新たな物語、『新婚旅行編』は7月下旬頃から連載開始予定です!
そして本日、きのなま公爵ノベル2巻&コミックス1巻が発売されました!
ノベルはWeb版から大幅に改稿&加筆しております!
コミックス1巻は風見まつり先生が、笑って泣ける2人の物語を素敵に描いて下さっています!
ノベル2巻書影
コミックス1巻書影
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宣伝失礼しました…!
2人の物語はもう少し続きますので、行く末を見守っていただけますと幸いです!




