00.プロローグ:アレクシア公爵の後悔
灼熱の炎に包まれ、真っ赤に揺らめく部屋の中――。
「思ったよりも火の回りが早い。そろそろ行くぞ」
「へいへーい」
僕達を襲った、賊と思われる男達が部屋から去って行く。
力無く地面に横たわる僕の目の前には、透き通る様な白い肌を真っ赤に染めた、一人の女性が倒れている。
誰よりも大切で、守りたかった……僕が唯一愛した女性。
僕を殺そうとした男の前に立ち塞がり、身を挺して僕を守った彼女の後ろ姿を、僕はただ見ている事しか出来なかった。
マリエーヌ……。
僕はまだ、その名前を一度も呼んであげた事が無い。
この胸に秘めたままの彼女への愛も……何一つ伝える事が出来なかった。
誰よりも近くに居たのに……僕は彼女に何もしてあげられなかった。
今も彼女の傍に近付き、寄り添いたいのに……まだ温もりを残しているであろうその手に触れたいのに……僕の体は少しも動いてくれない。
僕も間もなく、死を迎えるだろう。
身を焼かれる様な熱の痛み、息をする事もままならない程の苦しみ……だが、それよりも僕の胸を埋め尽くすのは、無尽蔵に膨れ上がる激しい後悔の念。
叫び出したい程の悔しさは涙に変わり、僕の瞳から溢れ出す。
僕は本当に馬鹿な男だ。
こんな状態になるまで、彼女の優しさに気付けなかったなんて――。
どうして僕はもっと早く、彼女を知ろうとしなかったのだろう。
もっと早く、気付けていたのなら……彼女を幸せにする事が出来たのかもしれないのに――。
神様。
どうかもう一度だけ……僕にチャンスを与えてください。
今度こそ、彼女を幸せにするチャンスを――。
もしもそんな奇跡が起きたなら。
一度も呼んであげられなかったその名を呼んで、伝える事が出来なかった君への愛を――。
今度こそ、惜しむ事なく君に伝えよう。