幕間:宮廷従魔師長モルロ①(王国視点)
『モルロ様。今日からここではレッドドラゴンをはじめとしたAランクの魔物を飼育します。今後はSランクの魔物も入れる予定です。危険ですのでここには近づかないでください』
アルチェア王国の宮廷従魔師長であるモルロはうきうきと歩いていた。
今日は……というか昨日から、宮廷に勤めている人たちの一部はそんな感じだった。
一部とは立場が高い者たちだ。
彼らの共通点、それはクウガに仕事を押し付け、しかし、そういう風に考えていなかったという点だ。
むしろ、彼に仕事を奪われたと思い込んでいた。
モルロもその一人だ。
元々クウガは高ランクの魔物の世話だけをする予定だったのに、そんなことができるものなら他の魔物の世話もしてみろ! と命じて余分な仕事をやらせたにも関わらず、今のモルロは『見る目のない若造に不当に追いやられていた』と自分に非は一切ないと信じ切っている。
だからこそ、人類史でもクウガ以外は成し遂げられなかったSランク……どころかSSランクの魔物のテイムに自信満々に挑もうとしている。
「ククク……。あの生意気な若造が消えてせいせいするな。最後まで無表情だったのは気に食わんかったが」
とはいえ、あの男が少なからずショックを受けたことは確かだろう……と、モルロはひとりでに笑う。
実は、モルロはクウガの教育係の一人だった。だから、彼はある程度はクウガのことを知っている。
当時、Bランクの魔物を同時に一〇匹使役するという破格の力を持っていた彼は、従魔師の適性もあったクウガに日頃の鬱憤をはらすために常軌を逸した教育を行っていたのだ。
神童ともてはやされ、自分のような偉大な人物にも表情を変えずに接する彼を泣かすのは楽しかったと回想する。
魔物の気持ちを理解するためと言って虫系の魔物の群れに放り込んだり、飢えた獣系の魔物の前に立させて怖がらせたり、少しでも失敗したら容赦なく頬を張った。
しかし、その力関係はある時を境に完全に逆転してしまった。
彼が教育に耐えきれずに倒れてから半年後、彼は人類史でも数人しかいないと言われるAランクの魔物のテイムに成功したのだ。
赤色のドラゴンを従者のように従えたクウガに、モルロは腰を抜かし、恐怖を覚えた。
一〇になったばかりの少年が、誇るでも優越感に浸るでもなく、ただただ無機質に、当たり前のように伝説に名を残す偉業を達成した。
モルロは、まるで神か何かと相対している気分になった。
だが、どんな罰が待っているのかとびくびくしていたモルロに、クウガは上記の忠告をして、すぐに別の仕事に移ったのだった。
モルロはそれに助かったと安堵し、そのすぐ後に屈辱で顔をゆがませた。
ちょっと前までは自分が恐れられる側だったのに、自分が恐れる側になってしまった。
そのことを彼は……クウガの教育係たちは許せなかった。認められなかった。
だから、あんな男なんていらないと追放に賛成した。
「……な、なあ。本当に大丈夫なのか? クウガなしで」
「……いや、無理だろ。そもそも仕事は全部あいつに投げてたんだぞ。何をしたらいいのかわかんねえよ」
「……他の部署の奴らも何したらいいかわかってないらしいぜ。上司もロクな指示を出さないんだとよ」
「……さすがにマズいでしょ。国の上層部がそれじゃあ」
「……くそっ! これまではあの不気味な奴にお願いするだけで良かったのに!」
しかし、このどうしようもない状況に王宮勤めの従魔師たちは気が付いていた。
とはいえ、そういった者たちはクウガに仕事を押し付けていたのができなくなったから気づいただけ。国を出る覚悟もなければ力もない。今の王宮はそんな人間でいっぱいだった。
「……まずはクウガ様が創ったアイテムで時間を稼ぐ……大丈夫。この国を救うと決めたじゃないか……SSランクの魔物も怖くない……」
だが、一人だけ彼らとは違う人物がいた。今年入ったばかりの新人で、クウガに頼りきりだったわけじゃない若い従魔師だ。
彼の目だけは死んでいなかった。
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