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21話:麒麟児、島を発つ

 あの激闘の日から一週間が経った。


 俺はあの激闘の後、一時間ぐらいで普通に起きた。

 ……いや。普通にって言うのは違うか。何故か、トウカに膝枕されていたのだ。彼女の妙に誇らしげな表情と、イズミとミノリの悔し気な表情が印象的だった。カザネは無表情だったけど。


 まあ、どうして彼女がそんな行動に出たのかはわかっている。

 俺が魅力的だったからだ。自惚れでもなんでもなく、普通にそう言われた。


 どうやら、先の一戦で惚れられてしまったらしい。


 といっても、お互いにまだ出会ってそんなに経っていない。

 愛がないと揶揄される王侯貴族の政略結婚ですら、お互いが合うかどうかのすり合わせのためにお見合いしたり、デートしたりするんだ。平民は俺たち貴族以上に感情を重視するらしいし、俺も貴族を追放された以上はそれに合わせるべきだろう。郷に入っては郷に従えというやつだ。ここ、平民すらいない秘境だけど。


 そう思って、一旦告白の返事を保留させてもらった俺は……その日の晩に襲われた。性的な意味で。

 一応、人間界の法律を持ち出して反撃してみたが、彼女たちの野生児っぷりに、俺の理性は負けてしまった。学園や王宮に居た頃からは考えられない程の惰弱ぶりだった。外いいね。はまりそうだ。


 正直、みんな人間界でもトップクラスに可愛いし、スタイルもいいし、肉食系なのもプラスポイントだ。負けても仕方ないと思う。


 そんな言い訳を砂浜に作った木の椅子で考える。背もたれ付きのいい椅子で、横にあるサイドテーブルにはこの島で採れる果実でつくったジュースが置かれている。

 まるで、リゾート地みたいだ。


「ね~え。いつ外に行くの?」


「ん。もう水遊びは飽きた」


「そうかのう。妾はまだビーチバレーで遊びたいんじゃが」


「そ、そうですよ! も、もう少し遊びましょうよ!」


 水着を着た四人がこちらに寄ってくる。トウカは、俺が動物の革でつくったボールを持っている。

 ちなみに水着は全員ビキニだ。なぜなら、俺がビキニが一番好きだから。


「悪いが、もう少し待ってくれ。最後にもう一度だけ見たい景色があるんだ」


 そう言って、海の方を眺める。

 時刻はもう夕方。あと少しだ。


「……この島では色んなものを見た」


 ここ一週間のことを思い出しながら喋る。


「滝、渓流、鍾乳洞……あれだけじっくりと見て、感動したのは初めてだ」


 本当に美しかった。リュカにも見せてあげたいくらいに。


 人間は美しいものを見たら、人生観が変わるという。

 ひねくれていた昔は、「そんな浅い人生送ってるなんて哀れだな」と思っていたが、それは間違いだった。

 変わるわ、人生。


「その中でも、一番感動したのがあれだ」


 そう言って、海の方に指を指す。


 そこでは夕日が海に沈もうとしていた。

 夕日の光によって海が照らされ、どこまでもキラキラと輝いている。


「どこまでも続く水平線はまるで未来のよう。それがあんなに輝いているのは、まさしく栄光の未来を指している。そう思わないか?」


 四人に尋ねる。

 四人はキョトンとした顔でお互いに見合った後、こちらを至極不思議そうな顔で見てきた。


「え? 全然……」


「……ポエミーだね」


「ま、まあ、感じ方は人によって違うのじゃ」


「わ、私はいいと思いますよ……」


「君ら、本当に風情がないな!」


 がっかりだよ!

 初体験がベッドすらない屋外に強行された時点で気づいてたけどさぁ! あと、猪親子のやつでも!


「もういいよ。俺一人で見るよ」


「い、いや。い、いいと思うよ! ボ、ボクたちは見慣れてるからね!」


 挙句の果てに、イズミに気を遣われてしまった。


 ……ま、まあ? 彼女の言う通り、みんなには見慣れたものなのだろう。


 あれ? でも、俺もここ一週間毎日見てるな。空飛んだりして。


「……そう言われれば、そんなにすごいものじゃないかも……」


「意志が弱すぎる!?」


 い、いや! この光景は綺麗で感動的だ……うん……。


 自分の感性に自信を失いつつあると、トウカがゴホンと咳払いをした。


「で、そろそろ出発かの?」


「ああ」


「で、でも、もう夜になりますよ! あ、明日の方がいいのでは?」


「いや。アルチェアの奴らにこの島から出たのを知られると面倒だから、夕方の内に出よう。今なら、ここから半径五〇キロ以内に船はないからな」


 この辺は危険地帯に認定されている。地じゃないけど。

 だから、ここに近づくとしたら俺を流したような処刑船しかない。

 で、その処刑船は明るい時にしか出発しない。なぜなら、見えない状況で魔物に襲われたくないから。


 というわけで、王国一の頭脳の持ち主である俺は、この時間帯にここを発つことにした。

 さすがは俺! 完璧な作戦だ!


「よし! 出発だ!」


「はーい! ボク、楽しみだよー!」


「ところで、このいかだは魔術で動かすのか?」


「馬鹿野郎! 自然に……いや、この場合は波に任せるんだ! 帆を張っているし大丈夫だ!」


「ん。さすがはクウガ。考えなし」


「それ褒めてるの!?」


「ひゃあ! う、渦潮です~」


「なんで!? さっきまでなかったじゃん!」


 みんなで食料を持っていかだに乗り込み、さっそく帆を張る。


 すると、何故かいきなり渦潮ができあがって、いかだを呑み込み始めた。


「い、いきなり沈没は嫌だ! 『ブリーズキャリー』!」


 いかだをそよ風で運ぶ。

 渦潮を超えた俺たちの目の前には、無数の渦潮があった。


「あれ!? さっきまでなかったよね!?」


「ああ! 突然、竜巻が起こって渦潮を巻き上げ始めたよ!」


「だからなんで!? なんで、島終盤で異常気象が起こるの!?」


 俺、神様に嫌われているのかな?

 嫌われるようなことなんて……ちょっとしか心当たりがないぞ!


「くっそ! ああもう――」


 悪態をつきながらも……俺は笑っていた。

 誰かに言われなくても、鏡を見なくてもわかる。

 なんせ、こんなにも楽しい気持ちなのだから!


「――楽しいなぁ! 自然は美しいだけじゃなくて好奇心まで煽りやがる! はは! 世界ってこんなにもわからないことだらけなんだな!! 『ブリーズキャリー』!!」


 王宮に居た頃では考えられないことだった。


 俺は“麒麟児”。

 なんでもできたし、なんでも知ってた。


 だけど、一度巣から出ればただの子どもだ。

 井の中の蛙大海を知らず。

 俺は今、(王宮)を飛び出て、大海(世界)に行く!


「待ってろよ! まだ見ぬ自然たちよ!!」


 かくしていかだは発った。

 俺に希望と……一抹の不安を抱かせて。


 ――邪神イヴィルカーンの封印を解こうとする不埒物がいます。


 ――あれらは過去、多くの人間を殺しました。それも罪のない善良な者たちを。そんな魔物を島から出したらどうなるか……わかりますよね?


「…………」


 聖剣を鞘から取り出す。

 その黄金の刀身は、最初の錆びていた頃からは考えられない程、荘厳で美しく……そして、頼もしく輝いていた。


 聖剣を鞘に戻し、四人の方を見る。

 四人は、後ろにある渦潮+竜巻の異常気象をキャッキャッと楽しそうに眺めていた。

 その瞳に映し出される感情は……期待だ。悪感情は見当たらない。


 不安はある。

 されど、俺は人類最強(俺調べ)。

 問題はない。


 そんなことを考えていると、豊かな木々の香りと野鳥のさえずり、水が流れる音が風に運ばれてくるのを感じた。

 王宮では吹いていない、心地良い風だった。

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次話から、王宮視点がいくつか続きます

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