16話:麒麟児、女神と取引をする
今日も一話しか投稿できませんでした。申し訳ございません。
「な、ぜ……?」
「知る必要はありません。貴方がやるべきことは二つ。邪神教団の壊滅とあの四匹の魔物の討伐だけ。それが貴方の存在理由です」
“救世の女神”であるアウラ様が言う。
この方の瞳は俺を捉えてなんかいなかった。まるで道具を見る目だ。
だが、それが神という存在なのかもしれない。
人間も所詮は下僕の一つで、ただただ神命のために行動させる。合理主義の塊。
そして、人間はそれに抗えない。なぜなら、それは人間という種の存亡を左右するものだから……って、ダメだダメだ! 呑まれるな! 弱気になるな!
「……邪神教団の壊滅は承りました。しかし、彼女たちの討伐は受け入れられな……ぐあああ!!!!」
断ろうとした瞬間、心臓が握りつぶされたかのような痛みが全身を襲った。
い、息がッ……!
「いいでしょう。ならば、どうして彼女たちの討伐を依頼するかを教えてあげましょう」
あまりの痛みに倒れてしまった俺を一発蹴って、アウラ様が首を締めてきた。そして、そのまま持ち上げられ、その琥珀色の瞳が直に映る。
「あれらは過去、多くの人間を殺しました。それも罪のない善良な者たちを。そんな魔物を島から出したらどうなるか……わかりますよね?」
「……ッ!?」
人を……殺した? あいつらが?
「わかりましたか?」
アウラ様がさらに力を込める。
その細い腕からは想像ができない程の怪力で絞められ、俺の脳は酸素不足で働きが鈍くなっていった。
「ぐ……くっ!」
必死に解放されようと暴れるが、一切の抵抗を許されない。
くそ……もう……意識、が……。
……そもそも、俺はこれまで多くの魔物を倒してきただろう。それと何が違うのか……それも、あいつらは何の罪もない人を殺したんだぞ。
アウラ様の命令に従おうと頷けば解放され――
――人も捨てたものじゃないや。
――私、ちょっとだけ楽しみ。
――ああ……信じるのじゃ。
――わ、私、勇気を出してみます!!
だが、四人の言葉が俺を引き留める。
そうだ。あいつらとはたった一日の付き合いだが……それでも、彼女たちがただの悪人じゃないということは知っている。
イズミは人間への偏見を緩めてくれた。
カザネは楽しみだと言ってくれた。
トウカは俺を信じてくれた。
ミノリは勇気を出してくれた。
そんな彼女たちを裏切るなんてできない。
彼女たちに応えたいと、そう思う。
「ぐ……ガアアアア!!! 『フレイムバースト』!!!!」
「なッ!?」
俺を中心に大爆発を起こす。
炎の爆発は空間を揺るがし、俺と女神様を引き離した。
「ガハッゴホッ!!」
「くっ!」
魔術は俺を中心に発動した。
つまり、炎が俺も燃やし、爆発は俺も吹き飛ばした。
間違いなく死ぬだろうという大怪我だが、それはアウラ様がすぐに治してくれた。
……やっぱり。この方にとって、俺は道具でも失くしてはいけないものだ。
だったら、交渉の余地がある。
「と、取引をしましょう」
「……取引ぃ? 貴方、自分の立場がわかっているんですか?」
「ええ。わかっていますよ。唯一、邪神教団を殲滅できる存在です。逆に言えば、俺がいなくなれば邪神教団を止められなくなるわけだ」
「……話くらいなら聞きましょう」
よし。話し合いに応じてくれた。
ここまで来たら、俺の勝ちだ。
「邪神教団は俺が倒します」
「当然です」
「だけど、それは彼女たちの旅のついでです」
「――はあ?」
「ですから、俺が邪神教団を倒す代わりに、彼女たちの自由を認めてください。俺は、彼女たちが人を襲ったというのがどうしても信じられません」
毅然とした態度で神に対峙する。
殺されようが関係ない。
俺はあの美しくて大きな自然で、それと匹敵するほど美しい絆を知った。そして、それは死への恐怖すらも超えることも知った。あの時は親の愛情だったが、それ以外の情もあるはずだ。
ならば、俺もその美しい絆という感情に従おう。死も……神すらも乗り越えてみせよう。
「……もしも、あれらが善良な者を襲ったらどうするつもりですか?」
「その時は残念ですが……」
アウラ様の目をしっかりと見る。
俺の意思が伝わるように。
「俺が殺しましょう。彼女たちが人を襲うよりも先に。そして、俺も邪神教団を滅ぼした暁には、自害いたします」
これは最低限受け入れなければならない条件であり責任だろう。
だが、俺はそんなことにならないと確信している。
「……いいでしょう」
「ありがとうございます」
アウラ様に礼をする。
話が通じじる神様でよかった。
「しかし、よく私に交渉などと無礼なマネを働けましたね。器如きが」
アウラ様が心底疑問そうに問うてくる。
……やっぱり神様。俺がこの方のことをどう思っているのか理解していないみたいだ。
「……簡単ですよ。俺は貴方様のことが嫌いなんです」
ああ。本当に。心底嫌いだ。
「初対面なのに高圧的だし、少しでも拒否すれば暴力に訴えかけてくる。そんな貴方様のことが大嫌いなのです」
この方は、俺を追放した人たちと同じことをしている。
なんともまぁ……人間味のある神様だ。
俺がそう言うと、アウラ様はすごく驚いた顔をした後、納得したようにうなづいた。怒られなくてよかった。
「成程。確かに貴女が私を嫌うのも当然でしょう」
その言葉は、さっきまでの同一神とは思えないほど慈しみと申し訳なさにあふれていて……けれども、俺に言ったわけではなさそうだった。まるで、俺を超えた向こう側にいる人に話しかけている感じだ。
「さて。では、貴方には勇者の力について教えましょう」
アウラ様の視線が俺に戻る。
顔も目も動かしていないのに、さっきまでとは違って視線と意識が俺に向いているのがわかった。
「勇者の力……?」
「ええ。貴方は彼女の代わりにそれを行使できる……といっても一部だけですが」
彼女とは“勇者”ヒナノのことだろう。この文脈で違ったら驚きだ。
「それでも、あの紛い物には勝てるでしょう」
アウラ様が忌々しげに言う。過去にあの魔物と何かあったのかもしれない。
「貴方こそが本物の勇者の器なのだから」
そして、アウラ様の手が俺の額に当たった……。
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