11話:麒麟児、カザネと空を眺める
現在、俺たちは休憩中だ。
ずっと歩くだけではなく、止まって自然を眺める。それもまた乙なものだ
ちなみに、カザネ以外の三人は魔物形態になっている。イズミとトウカは空を飛び、ミノリは日光浴をしていた。
カザネは俺と一緒に地面で働いている蟻の魔物を見つめている。こいつは昼寝していたので、休憩の必要があまりないらしい。
「何してるの?」
「蟻の観察」
「楽しい?」
「くそつまんねえ」
楽しいかな? と思ったけど、ただ群れるだけの蟻を見つめるのはつまらなかった。
今の俺なら楽しさがわかると思ったんだけどなぁ……。
自然が好きと言っても、俺は景観が好きなだけで生物の営みとかには興味がないみたいだ。
「やっぱり、空を見つめておくか。そっちの方が楽しそうだ」
「私にはどっちもつまらないように思えるけど……」
どうやら、カザネはどちらにも興味がないらしい。
「じゃあ、カザネは何が楽しいと思うんだ?」
ちょっと気になったことを聞いてみる。
他の三人はわりと表情を変えるけど、カザネは全然変えないからな。
「……わからない」
「わからない?」
「うん。今まで何かを楽しいとか嬉しいって思ったことがないから」
「……中二病?」
初対面の時も思ったけど、やっぱりちょっと痛い子なのかもしれない。
でも、楽しいも嬉しいも感じたことないねぇ……。
「趣味は?」
「ない」
「欲しいものは?」
「ない」
「やりたいことは?」
「ない」
「感動したことは?」
「ない」
「笑ったことは?」
「ない。私という存在は何も変わらない」
……これは強敵だな。
「でも、俺を食おうとしてた時は楽しそうだったぞ」
笑ってはなかったけどな。
「……本当?」
しかし、カザネは無自覚だったのか首をかしげていた。
「でも、私は笑ってない」
「まあ、そうだけど」
この子にとって、感情が動いたかどうかの基準は表情なのか。
……それは間違っている。
「……俺は小さい頃から笑わない忌み子だって言われていた」
「いきなりどうしたの?」
「まあ聞けよ。それで、俺は笑わない忌み子だって言われてきたけど、べつに感情がないわけじゃなかった。嫌なことは嫌だったし、むかつくことにはむかついたし、楽しいことはちゃんと楽しいと思ってた。顔に出なかっただけだ。お前のようにな。お前は感情というのがどんなものなのかを知らないだけだ」
「知らない……だけ……?」
「ああ。顔に出にくいから感情がないと勘違いしているだけで、本当はあるよ」
視線を落として蟻たちを見る。
彼らは、必死になんかの塊を運んでいた。
「そもそも、生物である以上感情は誰にでもある。この蟻たちだって、餌を巣に運んで種族を存続させたいという感情で働いているんだ……たぶん」
彼女ほどじゃないとはいえ、俺も無表情の子どもだった。
でも、俺は感受性は高い方だった。十歳くらいからは何も感じなくなったとはいえ。
「そもそも、笑顔なんてこうすれば簡単に作れるんだぜ」
彼女の頬を横に引っ張る。
俺の言葉の通り、彼女の口角が上がって笑顔みたいになった。
「『クリエイトウォーター』。な?」
水面に彼女の顔が映るように水を生み出す。
カザネは、そこに映った自分の顔を見て少しだけ目を見開いた。なんだ、変化が少ないとはいえ表情筋動くじゃん。
「これが笑顔?」
「ああ。可愛いだろ?」
「…………ふふ」
少し間が空くと、彼女の口から確かな笑い声が聞こえた。相変わらず無表情だけど。
「ほら、今笑った」
「……うん。私も笑えるんだね」
彼女は表情こそ無だったが、瞳は楽しそうに輝いていた。
「クウガは何でも知ってるんだね」
「まあな。なんせ、俺の二つ名は麒麟児だからな。頭もいい」
「全然そう見えないのにね」
「その言葉は余計だ」
そんな会話をしながら、再び空を眺めていた俺は一つの雲を見つけた。
「ほら、見てみろ」
「どうしたの?」
「あの雲、ウサギに見えないか?」
「……言われてみたらそうかも。美味しそう」
カザネがじゅるりと涎をすすった。そういう感想になるんだ……。
「俺も朝気づいたんだけどな。雲の形が動物とかと似てると面白くないか?」
「……うん」
カザネは、しばらく考えてから、やがてゆっくりとうなづいた。
「ぼちぼちミノリを起こしに行くか」
「うん。でも、ミノリはお寝坊さん。起こすのは大変」
「確かにめちゃくちゃ気持ちよさそうに寝てるな」
立ち上がって、すやすやと寝ているミノリの方に行く。
にしてもよく寝てるな。というか、尻尾の蛇も寝るのか。
「ねえ」
カザネが服の裾をちょこっと引っ張って、声をかけてきた。
「私、ちょっとだけ楽しみ。クウガと湖まで行くの」
そう言ったカザネはやはり無表情で、でも、本当に楽しそうだった。
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